第三章 虚無

「ねぇねぇ、玲奈ちゃんね、いっぱいお話して疲れちゃったから、お家行きたいの」


そう言いながら彼女は、僕の腕に抱きついてきた。ああ、都合のいい女だなと思った。彼氏のセックスが下手という相談はこのための伏線だったのかもしれないとか無駄な推理を脳内で繰り広げながら、二人で僕の家へと向かった。


 ……部屋に入るなり彼女は僕を求めてきた。彼女は快感に身を任せ、甘美な時間に浸った。


行為が終わると僕は心の底から込み上げてくる違和感を無視することができなかった。何か満たされないのだ。無論、僕も外面的な快感はある。しかし、何かが欠如している感じがして、しっくりこない。まるで無機質なAIとでも身体を重ねているかのような感覚だ。男は別に好きでもない女でも抱けるという話を耳にしたことがあるが、僕は例外的にそれに当てはまらないのかもしれない。


 僕はイヤホンを装着し、お気に入りの音楽をかけ、ベランダに出て煙草に火をつける。事後とお酒を飲んだ後は、煙草がうまい。今日の外面的な快感の余韻に浸りながら物思いに耽る。今夜は満月だ。太陽の光とはまた違った風情があって良い。僕の吐いた煙が月光と交わって、どろどろした液体になって月が溶ける。


こうして様々なことに考えを巡らせていると、時々自己嫌悪に陥る。自分と相反するもう一人の自分が僕のあらゆる臓器を嬲っているような感覚だ。二重人格? アンビバレンス? どの単語がこの状態を表すのにふさわしいか模索する。


自己嫌悪に陥った時は殆どの場合、吐き気を催し、何故かはわからないが涙が零れる。こういったよくわからない感情に苛まれる時は自分の中に矛盾が生じているのだ。しかし、解消の仕方がわからない。出口のない迷路で彷徨っている感覚を味わいながら、いつもより広く感じるベッドで夜が過ぎるのを待った。

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