第368話 契約

 王都リンゴの西方面は交通の要所と言える。

 冒険者はダンジョンが集まる東方面の利用を推奨されており、王都を拠点とした冒険も東門から出入りすることになる。

 対して、西は貴族や商人など政治的経済的な往来が多くを占めた。建造やキャンプも許されておらず、大貴族や有力冒険者であっても土地を手に入れることは叶わない。


(ろくな思い出がねえけどな)


 ナツナに仕えるゴルゴキスタに石にされ、災害蛇ディザスネークに目を舐められ、アウラウルに助けられて疑いを持たれて、ユズと戦争の現場に駆り出されて、ブーガと邂逅して。


(まさかこんなことになるとはなぁ)


 そんな土地に、巨大な会場がリアルタイムで建設されている。

 効率は前世の比ではない。何せレベルと魔法でゴリ押しできる世界だ。マイクラ建築のタイムラプス動画でも見ているかのようだ。


 主催はミックスガバメント――現状はアルフレッドとエルフの協業だが、無闇に権威や畏怖を誇示するつもりは無いらしく豪華絢爛など皆無。

 俺を捕らえ、逃がさず、様子を鑑賞するために。

 あるいは見に来る者や挑む者から金と情報を引き出すために。

 ひたすら実用的なデザインであった。


 さて、俺が放たれることになるフィールドは、半径三十キロメートルの円だ。

 その中心にはストロングローブ製の太く長い丸太が刺さっている。切り株のように露出した部分があり、俺はこの中央であぐらをかいてる。

 フィールド内には何も建造されていないし、領空も含めて既に閉鎖され立入禁止となっている。


 範囲外は打って変わって、王都すら軽く凌駕するほどの人工物が溢れている。報道のためだろう、情報屋ガートンの制服と、整然とした作業環境が目に入る。まるでオフィスのようだ。

 それだけでは済まない。

 緑髪長耳の麗人もいれば、牙と毛が人間離れした奴もいるし、歓楽街から出てきたような妖しい女もいれば、ダンジョン帰りの汚いパーティーもいる。王都冒険者エリアで見たことある顔もちらほらあった。

 皆一様に、己のビジネスや目論みを実現するための立案と構築に追われている。


 もちろん俺に三十キロ先の様子を見る力なんてあるはずもなく、中継を担当するガートン職員のゲート越しに見えているだけだ。


「行事は準備が最も楽しいといいます。こうして眺めているだけの私達は損をしているのでしょうね」


 丸眼鏡をクイッと上げる優男。ギルドの長には全然見えねえ。


「オイは戦闘の方が好みよ。ウルモス――久しぶりにやらないか?」


 相変わらず皮膚からして硬そうなギガホーンである。ウルモスの股間を見てるけど、そういう意図もあるのか。あるいは盤外戦か。


「立場を弁えてください。自国の皇帝にどうぞ」

「私は構わぬぞ。貴殿なら不足無し」


 こちらも相変わらずボロい服だし、錆びも刃こぼれもある年季ものロングソードのブーガである。切っ先をギガホーンの角に向ける。


「オイが構うわ。何が不足だ、ここにいる全員でも勝てまい」

「私を入れるのはやめなさい。あなたも黙ってないで何か言いなさいよ」


 そして好戦的なオーラを隠さない我が妻ヤンデさんに。

 死神装束のお面越しに黙ったまま俺を凝視する近衛。ヘアピンは見えないし、ついてもないので誰かはわからん。


 ギルド長ウルモス。

 獣傑ギガホーン。

 皇帝ブーガ。

 教皇ラーモ――は不参加で、代わりにエルフ王女ヤンデ。

 王族専用護衛ガーディアン近衛。


 五傑と呼ばれているらしく、要は人類最強ベストファイブだ。


 この五人が俺の監視およびフィールドの保護を担当する。

 開催後は交替で二十四時間を回すのだろうが、今は顔合わせの段階ゆえに全員集合している。つーか俺はたき火のように囲まれているわけで。


 と、ここで近衛がてくてくと近づいてきた。

 俺の足を少し動かして微調整した後、すとんと収まってくる。ああ、これユズだ。大胆ですね。

 最近刺激が強かった――いやバグってて刺激も何もねえんだけど、それでもなんつーか慌ただしかったからか、妙に落ち着く。抱き締めたい。図に乗られたくないのでやらないけど。


竜人仲介契約ドラコントラクトの開始を所望」

「それもそうですね。ヤンデ様、オリハルコンを」


 ヤンデが膣からオリハルコンの塊を取り出す。

 グミくらいのサイズだ。体液は一切ついてない――女性が膣を収納手段にしてるのって本当だったんだな。誰もツッコまない。


 ウルモスは塊を受け取ると、ぺろりと舐めてみせた。

 気持ち悪さを演出したとわかる、露骨な演技だ。ヤンデはそれをスルーし、なぜかさっきから俺を睨んでいる。ユズに癒やされてるのが気に入らないんだろう。

 だってなぁ……エルフは魅力的だけど、なんつーか重いんだよ。


「盤外戦は通用しませんか。これは手強いですねぇ」


 ウルモスもすぐに諦める。

 あらぬ方向を向いて、何やら投擲の、溜めのモーション――


「【オリハルビーム】」


 一般人でも聞き取れそうな明瞭な詠唱だったが、直後の投擲は普通に見えなかった。動作も。軌道も。

 どうやら塊を射出したようだが。


「遅いわね」

「ふむ。ファインディの方が速かろう」

「怪物と比較しないでください――来ましたね」


 パッと瞬間移動で何かが後方にやって来たが……。


(これが竜人か)


 認識でわかるのは、身の丈二メートル超えという体躯。前世でも珍しいが、こっちでもこの身長はほぼ見たことがない。

 服は来ていないが、肌が露出しているかどうかはわからない。鱗とでも表現した方が近いのだろうか。

 とりあえずアホみたいに硬いのは間違いない。俺はさっき飛ばされたオリハルコンの塊、あるいは今も俺の声帯を封じているこれとの違いを見出せない。こんなことは一度として――ブーガ相手でさえ無かったことだ。


 振り返る。


 全身緑一色の、人型をした何かがいた。


 体型を信じるなら女性なのだろう。俺の記憶から引っ張り出すと胸はハナくらいだな。全く垂れてなくて健康そのもの。美乳と言っていい。

 デリケートな部分は全く見えないな。髪もないし、毛が産毛含めて全く無い。

 よく見ると爪サイズの鱗が綺麗に敷き詰められ、皮膚はその下に存在している。透明感もあって血管が微かに透けているのも見えるし、なんつーか人の生々しさを感じる。


 間違いない。俺達と同じ生き物である。

 それはわかる。わかるんだけど……。


(これは勝てねえな)


 勝機を見出すとかそういう次元じゃない。魔王ほどではないが、グレーターデーモンよりは上だ。俺は神など信じないが、頭を下げたくなってしまう。それくらいの開きを感じる。

 まして、冷酷な女声も悪くないよな責められてえなどといった願望など抱く余地もない。上手く言えないが、彫刻の裸体を見ても興奮しないのにも似ている。


「用件を述べよ」

「ドラコントラクトをお願いします」


 竜人仲介契約ドラコントラクト、か。


 竜人を仲介に立たせて行う契約であり、要は竜人が契約の遂行をフォローしてくれる。

 誰も逆らえない竜人様である。フィクションでよくある、呪いの盟約とか爆発する首輪みたいなものだろう。絶対に逃げられない。

 先のオリハルビームのように、竜人が住まう竜山に向けて強力な射撃を撃ち込むことで呼び出せるそうだ。


 契約は同時に一つしか有効にできず、開始には三国以上の元首または元首が定めた代理人の承認を必要とする。代理人は事前に定めておく必要があり、この事は竜人協定によって規定されている。

 今のメンツで言えばギルドはウルモス、アルフレッドは代理人ユズ、ダグリンはブーガ。これで三国分。


「――受理する。続いて契約の内容を述べよ」


 引き続きウルモスが説明する。


 端的に言えば、企みや裏切りはやめましょう、責務を全うしましょうというものだ。元首レベルが揃う機会なんてそうはないからなぁ。戦闘はもちろんのこと、私的な交渉や脅迫さえも許されない。

 脅迫がさりげなく入ってるところが怖いんだわ。大人の政治の世界。

 ともかく、そういう不正を許さないために、契約として盛り込むわけだ。もちろん俺の声帯を封じる件も盛り込んであるし、違反時の罰則も規定されている。ほぼ死罪だった。


 しっかしまあ、誰も竜人など見向きもしないな……。

 さすが強者だけあって、実力の算定にも優れている。あのヤンデでさえ一瞬たりとも戦意を見せてない。

 だよなぁ、そうなるよな。俺でもそうだもん。自然現象として受け入れるしかないレベル。


 さて、そんな存在まで持ち出されたわけだ。

 この件は、もう誰にも止められない。


「――最後に名前を決めよ。なければ『キュウニ契約』とする」


 第九週二日目キュウ・ニだからか。安直すぎるが、被るものでもないし十分か。

 誰も口を動かす様子は無く、十秒ほどの静寂の後、


「契約を開始する」


 そう言い残した竜人はもう消えていた。


「では私達も仕事に戻りましょうか。サバチャの開催――待ち遠しいですねぇ」


 ウルモスが締めくくったことで散会となった。


 といっても、もうキュウニ契約は始まっている。サバチャが始まるまでは五人全員がこのフィールド内に居続ける決まりなので帰ることはできない。ウルモスは俺達と距離も置かずにゲートを開いて、もう打ち合わせを始めている。



 参加型公開処刑『サンドバッグ・チャレンジ』。

 通称サバチャ――



 それが俺を迎えるイベントの名前である。

 ちなみにユズのネーミングなのだが、その当の本人も何やらゲートを開いている。


 すっと跨いできた生足も。

 それを包むスカートも、その丈の長さや着崩しの無い真面目さも。

 全部見覚えのあるもので。


「久しぶりですね。タイヨウさん」


 学園の制服を着たルナが、俺を見下ろしてくる。

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