第367話 再認識2
俺の体内時計が正しければ、今は
(暇だ)
場所が屋外であれば、まだ深森林の絶景やエルフ達の日常を見て癒やされただろうが、そんなに甘くはない。
おそらくはストロングローブの内部だろう。大気の流れから察するに、入り組んだ最奧にいる。これでは多少のリリースでは壊せないだろう。
(そもそも撃てないしなぁ)
俺の声帯には
もちろんサリアによる仕業だった。無慈悲に無表情をまとった女王に喉を弄られる体験は、後にも先にも一回だけだろう。
顔面の寄生スライムも既に処分されている。ジンカは置いてきて正解だったな。
本来なら全滅のはずだが、幸か不幸か免れている。ソイツらは俺の股間に集まっていて、今ちょう剥き出しで隆起しているところだ。
「人が夢中になるのも頷けるわね」
とか言いつつ俺に跨がって腰を振るのはヤンデさん。
俺を絶対に逃がさない監視役として、もう三日間つきっきりでいる。
俺は喋れないし、読み書きもできなければ、そもそも発言を許された立場でもない。しかし即座に処刑や封印に走ってないあたり、何かの準備をしていると思われる。ヤンデから情報共有されることもないので何もわからない。
サンドバッグにでもしてくれればチャージ的には美味しいが、その様子もない。本当に、ただの軟禁であった。
さて、退屈は万人の敵だ。ヤンデとて例外ではない。
そんな彼女が咄嗟に選んだのが、
――お母様。ジーサって勃たないのよ。
寄生スライムを一部生かして性器として使うことだった。
サリアもその場で許可を出している。経験がどうだのともっともらしい理由をこねていたが、嫌がらせに違いない。もちろんヤンデであれば寄生スライムの逃亡を阻止できるとの前提ありきだ。
(どうなるんだろうな俺)
俺を殺せないことは理解しているはず。だからこそ封印ルートになると思っていたが、その様子も無い。
封印できる手段など無いということだろうか。あるいは魔法やスキルとはいえ人力だから下準備、おそらくは人材の手配や体制の構築がいるということか。
仮に封印ではないとしたら。
竜人に差し出すのだろうか。でもなあ、魔王や綿人長老はその線を避けてたから、シキやサリアも同じ思考を辿る気はする。なんつーか人々を束ねる立場が自然とたどり着く結論、みたいなものがあるんじゃないか。俺にはさっぱりだが。
(封印、ねぇ)
久しく恐れていた、飼い殺しの恐怖が蘇ってくる。
(
バグってて何も感じないのが幸いだが、それでも退屈からは逃げられない。
そして退屈こそ俺が最も嫌ってきたものの一つだ。自殺の主因と言ってもいい。もう二度と味わいたくはない。
だというのに、びっくりするくらい何もする気が起きない。
恐れも焦りも無い。知識や経験として知っているのを思い出しているだからな。想像によるしょぼい追体験でしかない。こんなのすぐ飽きる。同じマンガを何十回と読み返してるようなものだ。
これでモチベーションを起こす方が無理というもの。
……結局、これで潰すしかないんだろうか。
目と耳に意識を配分させる。
エルフが騎乗の姿勢で揺れている。
俺の他には誰もいないし、俺は夫だ。深く晒し合った仲でもある。ここはプライベートにも等しい空間なわけで、何も隠さなくてもいい。美しい嬌声と、それに見合った淫らな表情は実に生き生きとしていた。
貧乳なんて好きじゃないのに。
揺れの乏しい上下運動なんて見向きもしないのに。
そんな些細な次元ではない。ミーシィとのあれこれももう彼方だ。
ああ、ヤンデ……。
とまあ溺れるふりを意識しても何も変わらないけどな。
笑うふりをするだけでも愉快になるという。いやらしさも同様だし、だからこそセックスはムードが大事なのだが、俺には無縁の話だ。そもそも今の俺は喋ることもできないし、性器をつくるクロとも交わせない。
でも身体は拘束されてなくて。
どこまでも冷静で淡白な俺は。
それでも彼女に襲いかかった。
手が重なる。唇も触れ合う。
体が交わって、肌と肌も、粘膜も交錯して――
どれくらいそうしていただろう。
ふと、また唇と唇が繋がって。
『同居人さん。私の体内に来れないかしら』
瞬間、俺は悟った。
純粋に性欲や好奇心もあったのだろうが、メインはこれか。
早い話が色仕掛けだ。それも数日に渡る長期的な。
そうだよな、何事も受け付けない俺であっても記憶は変わる。なら刷り込める余地はある。
単純接触効果は感情抜きでも成立するらしい。思えば記憶からして直近使ったものを重視するものだからな。そのせいで俺は、無自覚のまま判断を鈍らせてしまうかもしれない。性交が来たらとりあえず受け入れようとか。ヤンデと離れたくないとか。
コイツにならコーディアル・オーラをぶつけてもいいんじゃないか、とか。
『ジーサ。私もあなたを背負うわ。あなたの全てを知る必要がある』
嘘つくなよ。お前はもう王女のメンタリティだよな。
俺を愛するだの救うだのどうこうは最悪切ってもいい程度の、付随的なものでしかないはずだ。
『あなたと寄生スライムは切っても切り離せないわよね。でなくてもシッコクの件もある。深く知るべきだし、私にしかできないことよ』
『でもお母様は――ううん、種族は許してはくれない。もう討伐の対象になってしまっているもの。だからこっそりやるのよ。あとで有意義を示して黙らせればいい』
許可を求めるな、謝罪せよってやつだな。良い心がけだが、それとこれとは別だ。
寄生スライムは俺の屋台骨。
たとえお前であって、誰であっても渡したくはない。単純に相棒との仲に入り込まれたくないし、細かい生態や性質を知られるのも嫌だし、何より。
(相棒を強くしたくない)
体内というゼロ距離、いやマイナス距離で向き合い続けてきたからこそわかる。
俺の最優先がダンゴやクロでないように、コイツらの最優先も俺ではない。必要なら俺を見限ったり封じたりもするだろう。
レベルでいえばたかが40、たかが90だが、俺は決して見くびらない。むしろラスボス候補ですらある。それだけの知能を持ってんだよ。
コイツらは現状、すでに俺とシッコクの二人について深く知ってしまっている。といってもシッコクには
婚約者認定されてるコイツは俺と同様、相棒と意思疎通を交わすことができる……。
言わばコイツらは、エルフ最強の冒険者というパートナーを得てしまうのだ。
(利害も衝突するだろうしな)
俺は死を望む。
一方で、寄生スライムは生きることを選ぶだろう。ヤンデもそうだ。
もし相棒達とヤンデが手を組んだとしたら。
死んで全てを終わらせようとする俺を、本格的に封じ込めに来たとしたら?
(ふざけるな)
ようやく良いところまで来たんだ。
俺はブーガと歩むんだよ。
滅亡バグを探して、潰して、それから殺してもらうんだ。あるいはリリースぶっ放して世界を丸ごと壊してもいい。ブーガもそんな俺をわかってて、全力で殺しにくる。
いいか、これは俺とブーガの戦いなんだ。
邪魔するんじゃねえ。
(そのブーガはどうしてる。助けに来いよ)
来る気配がねえし、この様子だとたぶん止められてるな。
人類最強とはいえ一国の主だ。制約も多ければ敵も手強い。実力行使ができずとも、止める方法などいくつかはあるだろ。
と、頭を働かせることしかできない俺はどうすることもできず。
性器をつくっていたクロが、ヤンデの身体を登っていく。
『お利口さんね』
ヤンデの口も離れた。
子供を諭すかのような言い方と柔らかい顔つきは彼女にしてはレアで、いわゆる脳内SSDに保存の心境だ。そんなみっともない俺にも気付いているはずなのに、スルーして黙り込む。
喉がかすかに動いている。口内発話してるな。
俺のフルチンが晒された。
相棒達は全員、ヤンデの体内に行ってしまった。
(そうか、だからわざわざ口内発話で)
自分なら扱える能力がある、とのデモンストレーションだったのだろう。
結果は見ての通り、お眼鏡に叶った。残ってる奴は一ミリもいない。
ヤンデが相棒を使いこなす日も近いだろう。下手すれば今日中に終わる。
その後も迎えが来るまでは付きっきりで喋るだろうな。ルナもそうだけど、王女は意識が高い。
(そして俺はお預け、と)
もうヤンデとのイチャイチャはあるまい。
名残惜しいと考えてしまう自分が情けない。
とりあえず頬を殴ってみることにした。
ツッコミの一つでも期待したが、ヤンデは無反応で。
残念だと思ってしまった自分に苦笑する。
ああ、そうだな、負けたよ。
恐ろしい存在が誰かっつーことはよーくわかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます