第366話 再認識

 第九週三日目キュウ・サン午前一時十五分。

 王都リンゴ王宮内に、一人のエルフが降り立った。


 深夜だろうと警備に隙は無い。侵入者を即座に取り囲むは、分厚き鎧をまとった王族親衛隊――


「緊急事態じゃ。シキを呼べ」


 種族を引き立てる高貴な装いは、闇夜で見えずとも美しい。

 女王サリアは楚々とした立ち姿で堂々と待ち始める。親衛隊らはしばし傍観戦――強者特有の様子見の応酬を行った後、攻撃の手を下ろしていく。


「わらわの訪問を読んでおったか。食えぬ男じゃ」


 本来なら戦闘が始まってもおかしくはないし、サリア程度であれば親衛隊でも防戦はできる。

 それでも取り下げたのは、事前に聞かされていたからだ。

 にしては傍観戦が長かったが、寄生スライムによる偽装を警戒していたのだろう。


 間もなくやってきたのは近衛だ。

 無詠唱でムーバブルゲート――動かせるゲートを展開し、それを振り下ろしてサリアの頭上で止める。


「器用な真似を」


 微かな魔子線の流れを感じれば、術者が目の前の幼女ではないことはわかる。なのに、この近衛はあたかも自分が無詠唱しているかのような素振りを見せている。

 どこまでも食えない国王らしい。「相変わらず気持ち悪いのう」親衛隊の印象を下げる意味はないが、呟かずにはいられなかった。


「構わぬ」


 ゲートで連れていきますとする近衛の意図には肯定する。

 直後、くぐらされた先は、王族としての権威をちらつかせた平凡な応接間――


 シキは絨毯の上であぐらをかき、栄養しか考えてなさそうなモンスターの生肉にかじりついていた。

 そばには筆頭執事ゴルゴキスタが控えており、もてなしの有無を目で問うてくる。「要らぬ」サリアはひとっ飛びでシキの目の前に移動し、正座で腰を下ろした。


「ご苦労。さすがはヤンデ殿じゃ」

「シキ殿。私の目を見てください」


 サリアはノータイムで女王モードに移っている。


「こちとら寝不足でのう。今のワシにおぬしはキツいんじゃ。もう少し距離を空けてくれると嬉しいんじゃが……」


 不衛生でマズい生肉を食べているのもそのためだろう。気を逸らすためだ。

 もっとも、この男がどこまで真実を述べているかは怪しい。

 あるいは、見惚みとれたのを誤魔化す速さを誤魔化したいのかもしれない。つまり自らがレベルアップしたことを隠すための心理戦を仕掛けている。

 要職者のレベルは重要な政治材料だ。同格以下相手では実力検知ビジュアライズ・オーラでも見えないからといって油断していいものではない。


「知ったことではありません。それで、どうするのですか」


 今はそんなことなどどうでも良い。


 サリアはシキの意図に気付いている。

 それは種族エルフとしても妥協できるものであるため、こうして乗ったのだ。


「まだ思いついておらぬわ」

「……私にも考えろ、と」

「ゴルと五号ライムもおる」


 エルフの目で見ても恥じない会釈を寄越す執事と、友人のように片手を上げることで挨拶してみせる裸の幼女。

 それはともかく、重職者の議論の中に他国の女王を放り込むなど、前代未聞もいいところだ。


 しかし既にシニ・タイヨウによって国や種族の垣根を超えた策がいくつも生み出されているし、今も多くの人員によって進行している。


「麻痺してしまいますね」

「変化は若者の特権でもある。おばあさんにはきついかのう」

「誰がおばあさんですか」


 サリア達はしばしアイデアを出し合うことになった――


「――公開処刑、というのはいかがでしょう」


 収束には一分もかからなかった。

 ふとゴルゴが呟いた、その案は、明らかに賛成多数であった。


 まだ理解が追いついていないライムが小首を傾げる。


「タイヨウ殿を、我らの一段上の存在に祭り上げるということじゃ」


 シニ・タイヨウは不死身と呼べる存在だろう。

 レベルが高いのか、はたまたレアスキルか――原理はわからないが、そうでなければ皇帝が殺さず生かしていることの説明がつかない。ギガホーンどころではあるまい。

 皇帝でも崩せぬ存在など、もはや人類にどうにかできるものではない。だから大々的に知らしめるのだ。



 シニ・タイヨウは人類には殺せない、と。



 そうとわかれば、種族エルフの面目も立つ。


「タイヨウ殿改めシニ・タイヨウ様じゃの。がはは」


 祭り上げた後はどうするつもりなのか。竜人はどう絡んでくるのか、あるいは絡ませるのか。

 何かを企んでいるであろうガートンの犬ファインディへの注視も忘れてはならない。

 何より大罪人シッコク・コクシビョウは、タイヨウを深く知ると思われる人物の一人だ。皇帝を出し抜いてタイヨウの獲得に動く可能性もあるし、その実力もあろう。


 王の立場はそういうものだが、相変わらず課題は山積みであった。楽観的に笑い飛ばせる精神性は見習うべきだろう。


 ともあれ用件は済んだ。

 サリアは立ち上がり、スリットから素足を覗かせるいやがらせを仕掛けつつも、もう一つだけ議題を落とす。


「ブーガ殿とはまだ関係があると思いますか?」


 ナナジュウ事件を素直に見れば、将軍を一掃するためにシニ・タイヨウを使ったと考えるのが妥当だ。

 配下にもそう唱える者が多いし、サリア自身もそう考えている。


 一方で、混合区域ミクションを提案してきたときの彼らからは、ある種の懐かしさ――この立場とは無縁の、知己なる絆を感じた。


「あるどころか、誰よりも深いじゃろうな」


 シキの目も狂いは無い。むしろ匿ってきた密度で言えば、サリアより詳しいまであろう。


「この件にはどう絡むと思いますか?」

「強引な真似はすまい。タイヨウ殿が要職者になる前で良かったわい」


 もしタイヨウがダグリン共和国の要人であれば、誰も手出しできなくなる。要人に手を出したとして皇帝が直々に報復できるためだ。

 まだその段階には無く、現状ダグリンとの関係は明示されていない。であれば体裁上、あるいは竜人協定のもと、タイヨウの誘拐といった強引な行動は取れない。


「ヤンデ殿の功績じゃな。あと三週間、いや二週間遅ければ要人にされていた」


 ダグリン共和国では全将軍の喪失に伴い、体制の立て直しが提案されている。具体的には『皇帝補佐』の立場を正式に立ち上げることと、その席を複数増やすことだ。

 ブーガはここにタイヨウを据えるつもりだったはずだ。


 本来なら皇帝の一存で採用して終わりだが、重席の増減はブーガの竜人協定にも絡んでいる。皇帝の一存では変えられず、竜人の承認を待たねばならない。ここに救われた形だ。


「本件が上手くいけば、あほんだらもタイヨウ様の下に組み込める。アルフレッドとダグリンの結びつきを正式なものにできよう」


 ミックスガバメントに含まれるのはエルフだけだったが、ここにダグリン全体を含めることができる。二国の合併に等しい。


「そうなると黙ってないでしょうね。ギルドも。オーブルーも」

「廃戦協定があるぞい」


 竜人は絶対的な存在である――。

 ジャースの不文律の一つだが、


「協定も不変ではありません。下界の在り方次第では変わり得ます」


 サリアはあえて破ってみせる。


 もう事態は超常的な段階に入っているのだ。

 竜人という超常の代表をいかに活用するかを考えることは、王ほどの立場であれば何らおかしくはない。不文律であることを除けば。


 シキもわかっているはずだ。何なら既に干渉もしていよう。

 おそらくは廃戦協定も――。


「……」


 乗る気はないらしく、その無言が破られることもなく。


 サリアもこれ以上の言及は控えた。

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