第369話 契約2
「ちびすけ。それはルール違反だ」
ギガホーンは少し屈んで、構えてみせる。その誰よりも頑丈であろう四本の角をルナに向けている。
キュウニ契約は早速有効だ。今の俺は五人全員の了承がなければ面会できない状態にあり、侵入者は排除することになっている。警備の一人が連れてきたとはいえ、ルナも例外ではないし、もちろん王女という肩書きなど何の意味もない。
黙っているユズではない。割って入るが、それを主は自ら制した。
「私はシニ・タイヨウの妻です」
「ではなくジーサ・ツシタ・イーゼだろう」
「同一人物であることは周知の事実となりました」
獣傑相手に物怖じしないルナは大したもので、
「ウヌも厄介な女と出会ったものだな」
全くそのとおりだと思うが、同情してないでもうちょっと頑張れよギガホーン。
「ルナ・ジーク・アルフレッド。場所は変えられぬ。機会もこの一度限りである。時間は問わぬが、いたずらに粘ることは容認せぬ」
ブーガがはっきりと口にしたことで場の総意が決まってしまった。まあヤンデでさえ反対する様子は無かったので覆ることは無かったのだろうが。
そう、ルナは俺のたった二人の妻だ。言い換えると家族でもある。
ならば最後に一度くらい面会しても良い、というのが人の義だろう。この強者達にもそういう心があるのは意外だったが、嫌な予感しかしないので正直反対してほしかったわ。
ほら、ヤンデもさ、睨むくらいなら反対してくれて良かったんだぜ。
俺はヤンデを一番愛してるぞ。ほらほら、まだ間に合「タイヨウさんこっちを向いて下さい」はいすいません。
向いた途端、ルナは下着が見えるのも構わず俺の顎を蹴り上げた。
吹き飛ぶ前に、両の頬をがっしりと固定してくる。俺の首から下が浮き上がるのも気にせず、ルナの顔が近づいてきて――
案の定、キスだった。
せめてもの抵抗として唇を閉じてみるが、ゼロ距離ルナの半眼が痛い。
白夜の森の頃とは比較にならんなぁ。あの狼狽えまくったお前はまだまだ鮮明に思い出せるんだけど。
仕方ないので受け入れる。
ビッグファイブにガン見されながらの口づけとは中々シュールだ。
もちろん、これがただの情愛でないことは明らかで、冷やかしの文句など出てこない。あ、ユズが
んで、この独特の舌遣いだ。俺はこれをよく知っている。
口と口で隙間無く連結すれば、冒険者の身体で包みきる格好となり盗み聞きを完璧に封じることができる。
もっとも人間には多数の穴があるし、ミクロレベルでは無数の穴さえあるが、なぜか体内の空間は極めて認識しづらいのである。たぶん
俺一人でも相棒達と喋るのに使ってきたし、ヤンデやジンカも使える。
で、これなんだけど、舌の動かし方が独特になるんだよな。上手く言葉にできんが、食事とも前戯とも歯磨きとも違った、普段は全くやらない動かし方をする。ちなみに一般人だと普通に
俺が口内発話と呼ぶ技術である。
『ユズと練習しました』
喋れない俺の内心を見抜いてくる。
にしても無慈悲な瞳だ。
目の前にいるのはサバイバル女子でも、冒険者でもなく――王女であった。
……まだだ。まだ俺の方が有利だぜ。というわけで、唇から隙間をつくろうとしてみせる。レベル89の、俺の速度を発揮して。
要はこの内緒話はいつでも切れるんだぜという脅しだ。
話している最中に口内発話を解除すれば、その音波も晒される。今いるメンツなら拾うなど造作もない。断片的ではあるが、聞かれるのは間違いない。
『ユズが止めます』
まあそうだよな。俺はルナよりも格上だが、ユズは俺よりも格上である。フェイントすら通用しないほどの、どうしようもない性能差があった。
『そもそも漏らしていいんですか? この話はユズも知らないものです。誰かに知られるとタイヨウさんも、いえタイヨウさんだからこそマズいと思います』
でまかせなのだろうか。思い当たりは全くねえな。
乗る気はないので無反応を決め込もうとしたが、その前にルナがジト目を向けてくる。
『舌遣い、ずいぶんとお上手なんですね』
やっぱわかるものなんだろうか。昨日までヤンデと淫らな生活してたからかな。
それはいいけど、歯列舐めるのはやめてくんない? 激しすぎるんだが。何、ここでおっ始めんの?
結局。俺は男で、単純なのだ。
『魔王――知ってますよね?』
いちゃいちゃで俺の気を誘っておいてからの、この不意打ち。
ルナでも認知できる程度には、舌を止めてしまった。ここまで密着してることもあって、知ってることに気付かれたってのが肌でわかった。
ああ、よく知ってるよ。
こっちに来て一番最初に会った奴だからな。
んで、よくわかったよ。
ルナが敬愛してた『お師匠様』って魔王のことだったんだな。
(直接会ってるんだよな。サバイバル暮らしの時も言ってたけど)
魔王はおとぎ話寄りの存在だが、ブーガなど強者であれば実在すると勘づけるらしい。それでも直接接した経験は無いそうで。他の強者も同様だろう。
なのにルナは会えている?
俺を無条件に突っぱねるほどの男が、人間の女一人に干渉する理由なんてあんのか?
(……あるわ)
ルナのレアスキルだ。
そうだった、第一級冒険者でさえ危ないとされる白夜の森でサバイバルしてた女だったわ。
魔王だってダンゴとクロを見て驚いていた。いくら強くとも人でしかない。知らないことだってあるし、知らなければ興味が湧く。
ルナほどのレアスキルにもなると、その対象になったとしてもおかしくはない。
ルナにくちゅくちゅと激しく攻められながら、俺は観念した。
(コイツの優先順位が爆上がりしたわ)
俺の大望――二つのバグを潰してこの世界からさよならすることはさすがに知らないはずだが、何かしら抱いていることには確信を持ってるっぽい。加えて、それが魔王なる存在に頼ることも考えるほどの難問であることも悟っている。
だからこそ切ってきたのだ。
魔王について色々知ってそうな、ただ一人の人物という。
ユズにすら言ってない切り札を。
ぷはぁといやらしく離れるルナ。
舌なめずりも、ショートボブをかき分ける仕草も――いや鍛えてるだろこれ。ガーナの顔が浮かんだわ。
わかってるのに、目が離せない俺も情けない。
俺に性欲は無いが、興味や好奇はあるわけで、こうして攻めてやれば俺の意識を誘える。さすがは妻だ。よくわかってる。
いや俺が男として単純なだけだな。ああ、ヤンデの圧も重い。
「また来ますね」
ゲートの先に消える背中はとても楽しそうで。
完全に閉じるまで、俺は眺めることしかできなかった。
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