第363話 追跡者たち6

「はぁ、はぁ……生きてる、って……感じが、する」

「わかるわ。やみつきになるよね」


 小瓶から吸引する度に、肉体が修復されていく。その変化は視覚でも体感でも一目瞭然だ。

 マーシィが示唆するとおり、物理的な刺激で言えば性行為など比較にならない。


「ミーシィさんは、あなたが鍛えた、んです、か……?」

「その問いに答えるならイエスだけど、些細なことよ。あなたもよく知るように、才能があるだけ」

「……次は負けません」


 スキャーナは今現在、マーシィの膝枕で寝返りを打っている。

 肉体は回復しても、急激な変化に脳が追いつかない。マーシィもそれをわかっているから、こうして視線を介抱――勝者の様子を見えるようにしてやっている。

 あれだけ瀕死だったわけで、普通ならまだ視覚を使う余裕も無い。なのに平然と眺めているし、何なら闘志も再起しているし、呼吸と発話の感覚も戻っている。


 何より表情も穏やかそのもので。


「楽しそうね」

「ライバルができたようで」


 殺し合いをすれば、マーシィでももう少しはぎすぎすするというのに。


「……わかるわ」


 殺し合える仲ライバルなど早々巡り会えるものではない。まず実力が均衡する相手が稀少だし、出会えたとしても殺し合うモチベーションが無い。命を担保にし続けた冒険者だからこそ、命にはケチなのだから。


「良いお姉さんですね。ぼくは一人だから、ちょっと羨ましい」

「妹を犯すのに?」


 人間の女も守備範囲だぞ、と尻を揉むことで伝えるマーシィ。そうだとわかる不思議な揉み方で、疑う余地は無い。しかしスキャーナは「あはは」自然と笑みがこぼれた。


「それでもです。シニ・タイヨウを殺そうとしてますよね。妹思いだ」


 前者がバレるのはまだわかる。殺意のオーラはまだ出しているし、マーシィはオーラの制御が上手くないことを自覚している。自分ではわからないが、漏れや揺らぎはあるだろう。この有望な若者ならキャッチできてもおかしくはない。


「ただの妹狂いよ。妹が愛する男を、気に入らないから殺したいと考えているだけの変態。姉失格の色欲魔」

「シニ・タイヨウとつるめばリスクに晒されます。人生設計もねじ曲げられてしまう。冒険者としては刺激的でも、人としては賢い生き方じゃない。だから根元を絶とうとしているし、さっきも命がけで仕掛けてた」

「……」

「十年、二十年以上をかけてでもやってやろうという気概すら感じます。尊敬しま――って、え? どうしてですかっ」


 スキャーナはマーシィを突き飛ばし、口元を拭う。

 どうしてキスしたのかと聞いている。


「私がお姉ちゃんになってあげる」

「絶対に嫌です」

「知らないの? 妹のライバルも妹なのよ」


 まだ飛行して逃げるほどは適応できておらず、スキャーナは立ち上がるもふらついてしまう。

 頭から倒れた。ちょうど抉れた地面の、尖った部分に突き刺さる形だが、無論この程度ではダメージにもならない。むしろ地面の方が折れた。


 折れたと言えば、スキャーナの逃走心もだろう。

 間もなく大の字になって放心した。


「潔いね。気に入った」

「見届けなくていいんですか」


 仰向けのまま、気怠そうに指だけで示すスキャーナ。

 その先には、今日の勝者と戦利品――


 嬉しすぎて涙を流すマーシィと、もう下腹部を膨張させているタイヨウ。

 熱烈な口づけを交わしている。


 ミーシィは純潔だと聞いている。性格的にも受身だと思われるし、今も「めちゃくちゃにして」などと言っている。

 その程度で理性を失うタイヨウではないが、スキャーナと交わった後、勃たないのはまずいということで早速ジンカと話し合っていたのをリアルタイムで見た。男性器にも寄生スライムを搭載させて、自由に制御できるようにしてあるはずだ。

 いつもの優しさで自分が導いてやると決めたのだろう。同時に擬似性器のテストも兼ねているに違いない。


「現実逃避も時には必要よね」


 ドレスアップで着直していた制服が切り刻まれる。

 剥き出しになったへそを、爪の先端でつつかれる。


「ぼくは観察したいんですけど」

「頭も回復してるわね。強すぎない? もちろん却下ね」


 格上のマーシィから逃げる術などないため、受け入れるしかない。


「優しくしてくださいね」

「興奮するわぁ」


 二組の激しいバサバサが開幕するのだった。






 間もなく第九週二日目キュウ・ニを迎えようとしている。

 主に妹の刃風によってガタガタになった闘技場の中央で、姉妹は寝そべっていた。


 ライトボールは既に切られている。

 見慣れた星空は、何度見上げても吸い込まれそうになる。

 あの煌めきに近づいてみたい、と無謀なことを考えて飛んでみた経験は鳥人あるあるだろう。絶対に行くなと念を押されていても、覗きたくなるのが冒険者の性というものだ。


 今では近づこうとも思わない。

 上空のさらに上層にはサンダーボルトが充満している。サンダーボルトは必殺だ。防ぐことも避けることも、近接を認識することさえできやしない。冒険者と言えど、人外の存在は受け入れるしかない。


 そんなものが一体この世にいくつあるだろうか。


 シニ・タイヨウは、そういう次元に寄った怪物ではないだろうか。


「今そういう気分じゃない」


 マーシィは妹に抱きついたが、返ってきたのは感無量とでも言わんばかりの雑な返事だけだ。


「わかってる。抱き締めてるだけ」


 もうしばらくは淫らな気持ちも起こらないだろう。

 感無量というなら、自分もそうなのだから。


「ミーシィ。これだけでは守ってね」


 マーシィは馬乗りになり、目の焦点を合わしてくれないミーシィに極めて真剣にぶつける。


「彼のことはいったん忘れる。誰にも言わない」


 タイヨウに繋がるヒントを悟られてしまえば、一体どんな戦力がやってくることか。ミーシィはおろか、マーシィでさえも対処しきれないだろう。


「忘れない。忘れるなんてできないよ。出さなきゃいいんでしょ」

「できるの?」


 機会が来るまでずっと堪え忍ぶか、圧倒的な力や戦略を手に入れて奪還するかでもしない限り、もう二度と会うことはないだろう。

 もちろん欲に負けて会いに行くなど愚の骨頂だ。死んでもいいから会いに行くという捨て身も可能だが、それはマーシィが許さない。


「できないならお姉ちゃん、強引な方法を取っちゃうかも」


 自分でもどうなるかわからないという含意で脅す。

 タイヨウにぶつけていたオーラの奔流もちらつかせるも――。


 眼前の妹は、もう少しも怯んでいない。


「できるよ。だってわたし、決めたもん――彼のお嫁さんになるって。それでいっぱいバサバサする」


 言葉こそ安直だが、その眼は快楽に溺れた依存者のそれではない。

 もっと遠くを見ているものだ。


 そして、その先に自分はいない。


「いやらし」

「いやらしくてもいいもんっ……お姉ちゃん」

「何?」

「ありがと」


 長らく姉妹をやっている。言わずともわかることは多い。


 ミーシィは冒険者としては悪くない水準だが、意志という名の前提が抜けていた。

 それが、非常にありきたりではあるものの、一人の男によって補完された。


 意志無き器を子供という。

 妹はようやく大人になったのだ。


 どさっと妹の上に倒れ込む。

 そのまま抱き締める。いやらしさは微塵もなく、ミーシィも拒まない。


「……え、泣いてるの? どして?」

「お姉ちゃん、嬉しくて」


 涙声の姉など何年ぶりだろう。


 最愛の妹と居続けると決めてから、強く在り続けてきたのに。

 涙なんてもう一生見せないつもりだったのに。


「でも悲しくて」


 過ごしてきた日々が次々と蘇る。

 忍耐なんていくらでもしてきたのに、涙を止められない。


「あのミーシィが……泣き虫で弱虫でバカでアホでマヌケで私が守ってなきゃいけなかったあのミーシィが」

「言いすぎだと思う」

「頑張ったね。うん、頑張った」


 ミーシィもつられて瞳がじわりと滲み。


「……うん。うんっ」


 姉を優しく抱き締め返した。






 そうはいってもマーシィはマーシィで。


 この後めちゃくちゃバサバサした。

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