第362話 追跡者たち5
意外なことに、二人とも初手は後退だった。
ミーシィは真上に。
スキャーナは俺達とは反対側のふちに。
すぐに詠唱が走る。この距離だと聞き取れないが、攻撃でも防御でもないことはわかった。
何ならミリ秒くらいの隙がある。コイツらだと近接して何発も叩き込めるほどの、明らかな隙だ。なのに二人ともその場から動かない。
「ミーシィは青黄青、スキャーナは赤赤黄ね」
……なあ、俺ってそんなにわかりやすいんだろうか。
解説は助かるけど、この見透かされてる感じは不快だ。
それはともかく、そうか、ステータス強化魔法を掛けたのか。
ミーシィはディフェンスアップ二回にアジリティアップが一回、スキャーナはディフェンスじゃなくてアタック。
「お互いに相手の実力はわかってるから、強化して差をつけようとしたみたいだけど――振り出しね」
相殺されたって言いたいんだろうけど、そうだろうか。
「攻撃力と防御力が同じ倍率だけ増えたからといって相殺とは限らないだろ」
ステータス強化魔法は一定時間だけ当該ステータスを1.5倍にする。二人とも二回重ねてるから2.25倍。だが相殺にはならなくね?
ジャースにおけるダメージの計算式がどうなっているかは知らないが、一般的に両者にかかる係数は違う。攻撃の方が有利になるか、あるいは防御の方が有利になるか。どちらかに偏るはずだ。
「さすがシニ・タイヨウ。ちぐはぐで掴みきれない」
「探ってないでおとなしく観戦してろよ」
戦闘中の二人は俺達の見解とは違うようで、相殺されたとみなしている。強化には深さという才能があるわけだが、二人とも3なのだろう。これ以上は掛けられない――だから戦闘に移るしかない。
なぜか魔法度外視の、接近戦っぽいけど。
「最愛の妹を盗られた気持ち、わかる?」
ドオン、ズドオンと殴り合いの音が激しい。
まるでこのシスコンの感情を代弁しているかのようだ。
「気が狂いそうになるのを抑えられないの。あなたには付き合う義務がある」
「――無茶苦茶だ」
恐ろしい姉の小言も、この光景を前にすれば些細である。俺のつぶやきは殴り合ってる二人に向けたものであったが、どうやらマーシィも乗ってくれるらしい。もう口を開かなかった。
俺達は肩を並べて、空を見上げている。
目映い光球の隙間には見目麗しい乙女が二人。
魔力はひたすら飛行と吹き飛び防止に費やされており、口元だけ見ればラップバトルでもしているかのようだが、それさえも存在感は皆無に等しい。
スキャーナの拳が、ミーシィの顎を撃つ。
打つなんてレベルじゃない。ピストル、ライフル、いやそれ以上の速度を伴ったパンチは、もはやパンチと呼べるのだろうか。よく意識失わねえな。
ミーシィの翼に隠された肘が、スキャーナの側頭部を捉える。
鳥人だからなのか、ミーシィなのか知らないが衝撃波が鋭くて、地面の鉄に亀裂が入っている。二人ともずっと飛んでるし、これ闘技場意味なくね?
「芸が無い。華も無ければ技巧もない。一般人の喧嘩みたい」
「殺意はあるな。アンタもそろそろ取り下げてくれないか?」
「誰に影響されたんだろうね」
俺の要望はスルーされて、しかし芸達者な横目を寄越してくる。
体操座りで爆乳を押し潰してる綺麗なお姉さんが、微笑までつくって俺を凝視している。
水着レベルの露出から覗く肌は、十代の少女にも負けないきめ細かさで。
柔らかく温かそうな羽は、どんな男でも受け入れてくれそうな魅力を絡ませていて。
しかし鼻の下を伸ばしている場合ではない。
コイツもまた冒険者であり。
実力で言えば、俺達以上なのだから。
(こんな状況なのに俺を探ってやがる)
器用に隠されていて、純粋に好意を持たれていると勘違いしてしまいそうになるが、スキャーナと比べると粗い。わずかに漏れているものがある。
執念だ。
雑談一つ一つから骨の髄までしゃぶってやろう、と。
マゾならこれだけで果ててしまいそうな圧がある。
「アンタはどういうタイプが好みだ? 俺は無垢で無邪気なのが好きだ。この中で言えば圧倒的にミーシィ。そのミーシィも俺のことが好きだろ? 両思いなんだよ。争うまでもない」
こんな安い挑発に乗るとは思えないが、「ふっ、ふふ……あはははっ!」まさか盛大に笑われるとは。
「そうよね。魔女を打ち破るほどの化け物を、私が籠絡できるわけがない」
「籠絡されても構わないが」
その豊満な胸元をいやらしく視姦してみせるが、そんなものなど露ほども気にせず、マーシィは。
「ねぇ」
いやらしい笑みを浮かべて。
「生きてて楽しい?」
出来る女というものは、どうしてこう演技が上手いのだろう。
表情も、挙動も、雰囲気も。
よくもまあ、そんな軽薄で憎たらしい面を浮かべられるものだ。同一人物とは思えない。バグってなければ確実に手のひらを転がされている。
こんな短いやりとりなのに、見事に俺の本質を突いてやがるし。
「……俺は人生観を教えるほどお人好しじゃない」
「別にどうでもいいけどね」
マーシィは両腕を広げて伸びをした後、後ろに両手を置いてくつろぐ姿勢に。
伸ばした手が明らかに俺の顔を抉る角度だったので、一応避けといた。舌打ちされたけど無視する。
ともあれ心理戦は終了だ。
肝心の戦闘も佳境のようである。
俺は見上げながらも、感動をおぼえずにはいられなかった。
マンガやアニメのような手数の応酬が繰り広げられている。
無重力の磁石のように、一定の距離を置きながらもぐるぐるぐるぐる立ち位置が変わる。ミーシィは硬いかぎ爪で目に突くようなデリケートな攻撃が目立つ。短期決戦を狙っているのだろう。逆にスキャーナは防御を優先しつつも、当てられる部分にとにかく当ててじわじわ削っている。
にしてもミーシィ、羽根がだいぶ禿げてて露出してるけど、面白い腕してんな。引きこもりみたいに白いのに、
なのにスキャーナも負けていない。
そう――結局はレベル次第だ。
二人とも拮抗しているのだろう。
どちらが勝ってもおかしくはない。
「彼女も悪くはなかった」
マーシィが同情の色を込めた呟きを漏らす――
直後、スキャーナが視界の外に吹き飛び、ミーシィも追従していく。
轟音の音色が変わったと耳が捉えた頃には、二人は見えなくなっている。
二人とも常に背後に
「タイマンで最も強い人種は鳥人よ。認めない無能は何千人と殺してきたけど、彼女はよくわかってる。その上で不器用な殴り合いを提案して、ミーシィをその気にさせた。空中戦を封じたのよ」
「そういうことだったのか」
睨み合いや小手調べで慎重に戦うイメージなのに、なんで泥臭く殴り合ってるのかと疑問だったが。そんな駆け引きをしていたとは。
「で、見えなくなったけど、いいのか?」
「私は視えてる」
マジで? 見た感じ、十キロメートルくらいは離れたと思うけど。俺の感覚では、かすかになんかでっかいエネルギー反応があるなぁ、くらい。方角くらいしかわからねえ。
「戦況は互角に見えたけどな。ミーシィってそんな強かったのか」
「殴り合いになった時点から賭けを募ったとしたら、1000人中999人がスキャーナに賭ける。ひいき目で見ても、妹は冒険者としては平凡だから」
「じゃあなんで破れたんだ?」
「鋭いのよ」
マーシィは鋭利なかぎ爪の先端で、俺の左目をとんとんと突く。いや俺がバグってて壊れないだけで、正確に表現するならドスドスのグリグリなんだが。悪意しかない。
「ベーサイトもそうだけど、あの子は外界の感知に敏感なの。スキャーナが張った壁の、最も薄いところに吹き飛ぶような攻撃ばかりを仕掛けていた。吹き飛んで空中戦になったら勝ち目はないから厚く張るしかない。それで魔力を激しく消耗した」
「そんな焦りは見えなかったが。いや、見せなかったのか」
「……」
マーシィは沈黙をもって肯定した。
現時点では格下であるはずなのに、畏怖すらも感じる。やっぱスキャーナってそれほどの才能の持ち主なのか。そんな女にアプローチされてるのが俺なんだけどな。重い。
それはそうと、ガチ恋距離のまま固まるのはやめてくれない? 爪にかかる力も少しずつ増えてんだけど。
乱暴に
「平凡と言ったが、そうだろうか。ひいき目じゃねえけど、スキャーナに勝つって相当だぞ」
「だからこそ怖いのよ。平凡にしか見えないのに、その実、強い」
「姉としては喜ばしいな」
「実力の算定を誤るほど怖いことはない。シニ・タイヨウの脅威もそこにある。『爆散』に気を取られがちだけどね」
せっかく話振ってやったのにスルーするな。心理戦を蒸し返すな。
「――決まりね」
音速程度の速度で飛来する影が二つ。鳥人が人間を背負っている格好だ。
「お姉ちゃん。勝ったから」
ふわりと俺達の目の前に着地した、裸体でぼろぼろであざだらけのミーシィと。
どさっとその辺に落とされて血まみれになってるスキャーナ。猛獣に襲われた死体か何かか? 爪で抉られた跡とか生々しいんだけど大丈夫? 生きてる?
生きてる、と言えばジンカもか。海からは帰ってきたようだが、退屈なのか、仰向けに突っ伏してから全く動いてない。
とりあえず先輩にガスポーションを吸わせるのが先だ。
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