第338話 上司2
「これは驚きました。人をここまで完璧に再現できるとは。ちょっと性器を見せてもらってもよろしいですか?」
「ファインディさんっ!?」
「落ち着きなさい。
「いやアンタも落ち着けよ」
俺もバグってなければ冷静ではいられなかっただろう。
寄生スライムの存在はシニ・タイヨウに負けず劣らない爆弾であり、俺の変装を実現する屋台骨でもある。ジーサに、アンラーに、と既にだいぶ見せちゃってるけど、情報屋に取り上げられて全国デビューさせるわけにはいかない。
(寄生スライムを見破る方法が生まれやすくなる)
突拍子の無いヒントや妙案、あるいは見向きもされなかった違和感や事例を出してくるのはいつだってその辺の一般人だ。
王族だの、実力者だの、そういう上層の集団はそれはそれで偏ってるからそんなに怖くない。何にも染まってない一般人の、数の暴力こそが怖いのだ。
それを肌で感じているからこそ権力者は民を警戒し、遮断して孤立させる。インターネットを前提としたあり方にも否定的になる。
「アンタの用事は俺だけのはずだ。これも取り上げちゃうと世間の関心がブレるぞ」
幼女と化した相棒の頭をぽんぽんと撫でながら言うと、「これはこれは」ファインディから無難な微笑が消えた。
「私の企みを見抜いているようですね。さすがミックスガバメントの提唱者は違う。そのような者と同じ時代に同座できたことは、私の人生における最大の宝物と言えるでしょう――」
ファインディが動く。
強者なのはわかっている。俺程度ではまだ追い付けない――って狙いはそっちかよ。
幼女の股ぐらに顔を突っ込むおっさん。
前世だと余裕で事案になってしまう構図だった。「匂いの再現も完璧ですねぇ」相棒舐めんなよその程度は造作も無い。つかなんでわかんの?
「すみませんねぇ、彼女に私の指示は届かないようでしたので強行させていただきました」
「満足か?」
「完璧です。これなら人として寮に入れてもいいでしょう」
「え?」
「え?」
俺とスキャーナの声が重なった。
「これを人のまま過ごさせるつもりはない。ダンゴ、クロ、戻れ」
幼女はふるふると首を横に振る。さっきスキャーノが見せたのと全く同じ動かし方で、当然ながら気付かないファインディでもない。実力的にも雑魚ではないことを示したわけだ。
もっと言えば、俺の命令に従う気も無い、と。
「なんで勝手に人になった? チャンスだと思ったからか?」
こくりと頷くだけで、後頭部や心臓へのダメージは発生しない。ついでに言えば発声も無く、喋るつもりはないらしい。
まあコイツの追及は後でいい。今は。
「スキャーナ。ファインディさん。俺達の寮生活のお膳立てと、効率的でわかりやすい説明の仕方を考えておいてくれ。俺はちょっとコイツと話す」
「スキャーナの仕事です」
ファインディはまた壁にもたれた。社交モードの雰囲気もつけておらず、本気で俺達を観察する意気しか感じない。いや帰れよ。
一方で部下のスキャーナは、頭に片手を当てて俯いている。
「ちょ、ちょっと待ってください。理解が追いつかない……」
「ブーガとも打ち解けてたろ。仕事しろ」
「それとこれとは全然違うよ!」
あーもうとテンパりながらも早速ブツブツ言いながら考え始める真面目スキャーナ。優等生の慌てっぷりは見ていて気持ちいいよな。俺の性根は気持ち悪い。
「さてと、まずはお前の名前を決めるぞ。『ジンカ』だ。いいな」
ちなみに深い意味はなく
「ジンカとは、お前がその容姿で過ごしている間の名前だ。あるいはクロとダンゴを相称する名前としても使うことにする。理解したか」
今度は頷いてくれた。
「とりあえず今は、この後の生活上必要なことを固めていくぞ」
性格とか、知性とか知識水準とか、レベルとかステータスとか、あとは緊急時の対応とか。
といってもジンカなら大体何にでもなれるだろうから、俺から決めていくのが良い。
そうして出来たプロフィールを、目を見開いたまま凝視し続けてくるファインディに伝える。
「――性別は女性。レベルは90。年齢と知識水準は君と同程度。生まれつき声を発することができず、君だけに心を許している。大人になりきれず言動は幼い、ですか」
「他にあった方がいい設定とかあるか?」
「兄妹にしましょう」
「似てねえけど。いや俺の顔を似せればいいだけだが」
「異父母など事情のある方は珍しくありません。あとは、そうですねぇ……そのべったり具合を正当化するために、兄狂いということにしましょう」
ブラコンってわけね。「それでいいか?」ジンカも問題無いそうだ。
それはいいんだが、すうっと顔を近付けてきて、そのまま俺の唇を貪ってきた。
「ジーサ君。何してるの?」
俺は何もしてないけど、ただの体液の摂取だ気にするな。
「なんで無視するの」
口塞がれてて喋れないからだが。振動交流も使えねえし。
ジンカのキスはたっぷり二十秒続いた。普通に長いし、唾液の類も自然に再現されている。つまりべとべとだ。
臭いもリアルで、経験なんてあるはずもないが、これが幼女の唾液の臭いなんだろうか。
「舐めるのが性癖というわけですね」
「……ああ」
「その間は何です?」
見破られたことにびっくりしてるだけだよ。
寄生スライムは唾液に限らず血や汗や涙、鼻水から精液まで体液なら何でも好む。何なら細胞から直接吸う。とはいえ対外的には吸うことなどできないから、舐めるのがメインとなる。
キスを一回見ただけなのに、ファインディはそこまで勘付いているのだ。「吸い方が人の体液を好むモンスターのそれですからねぇ」俺ってそんなにわかりやすいんだろうか。
そうかと思えば、ジンカを小突こうと振り上げた部下の手をノータイムで封殺している。隙が無いな。
「ジンカさんも
「ジーサ君次第かな」
「なんでだよ。ジンカも首筋舐めるのやめろ」
スキャーナもそうだが、ジンカの舐め癖も面倒くさそうだ。
(気持ちはわからんでもない)
今までは体内から直接好きなだけ無限に摂取できてたからな。金持ちがいきなり貧乏になるようなものだろう。
生活水準を落とせないのはモンスターも同じなのかもしれない。
「君の名前と容姿はどうしますか? 社員になるからには必要です。もちろん後で変えることはできません」
「ダンゴ。目立たない顔を適当に見繕ってくれ。体は何もしなくていい」
大部分がジンカの方に行っているためカバーしきれない。
俺の素の肉体が晒されることになるが、まあ大丈夫だろ。知ってる奴は限られてるし、寮でも他人の前で裸になる機会は無い。そもそも知ってる奴に接近されただけでアウトだと考えるべきだ。ヤンデとかアウラとかユズとかな。
一応ファインディにも聞いてみたが杞憂とのこと。
ただ、
幸いにも何度か対処してきたから問題は無い。ファインディは「さすがです」などと関心していた。
「クロ。手鏡」
手のひらに映る人畜無害そうな顔も確認できたところで、あとは、
「名前は正直不安なんで決めてもらっていいですか。家名とかは無しでいいです」
「では『ハンティ』で」
「わかった。俺はハンティだ」
「ハンティ?」
スキャーナが上司に上目遣いを投げたが、上司は「まとまりましたね。ではこれで」もたれている壁を肘で小突いて空間ごと破壊した後、飛び去っていった。
衝撃で粉砕された粉塵が俺達に降り注ぐ中、
「なんでハンティなんだろ。ガートンっぽいなとは思うけど」
「俺がわかるかよ。ほらっ」
俺達も移動するぞ俺の手を引いて飛べ、のつもりで差し出してみたが、「え?」怪訝な声が返ってきた。
「舐めろってこと? いいけど」
「待て待て」
普通に違うし、舐めようとするな。
ちょっと力が強くて、振り払うのに二十回くらい振らねばならなかった。俺達のレベルならゼロコンマ秒かからないが。
それで粉塵が晴れて、口を尖らせるスキャーナが改めて目の前に。
ここまで慌ただしすぎて全然意識してなかったけど、コイツはコイツで美人なんだよな。
中性的に妖しい分、妙に様になるから始末に悪い。胸もでかいし。
「ジンカは特殊だから。頼むから感化されないでくれ」
「同格といちゃいちゃするのって楽しいね。訓練にもなる」
「真面目も大概にしてくれ」
そんなこんなで、今度は情報屋ガートンで暮らすことになった。
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