第339話 各勢力

 第七週十日目ナナ・ジュウの午後五時十三分。

 北ダグリン人間領の会議棟を、五キロメートル離れた高山から見やる人物がいた。


 特区一般人のようなラフな格好をした老人――デミトトである。

 いつもは全身金色装備を固めて派手にしているが、今は誰にも気付かれたくない、というわけで申し訳程度に外見を諦めている。ピクニックに来ている裕福な集団も点在しているが、ただの老人と見ているのか気にも留められていない。


 デミトトは悩んでいた。


 午後の将軍会議で起きた大規模暗殺に関する緊急会議は、もういつ開催されてもおかしくはない。

 その場で将軍が全員死んだと発表されれば、将軍デミトトの地位は無くなる。便利なステータスシンボルを失ってしまうのだ。

 ならばと自らも出席してしまえば唯一の生き残りとなるが、それをブーガが許すかどうかがわからない。


 ブーガの思想は何となくわかっている。

 武力的に反乱しうる因子を潰したいのだ。


 セキュリティとして機能していた崇拝者イリーナもいないため、今ブーガがこっそり残党を始末することは難しくはない。ここは人目があるから安全だが、棟内の、当該の会議室に行くまでには人目の無い場所も通る。魔子を抜いた層もあるためゲートも使えない。


 安全を優先するならば、将軍位など諦めてさっさと逃げるべきだろう。

 しかし、もしブーガに強い殺意があるならば、デミトトは今後も怯えながら逃げ続けることになる。

 そんなのはまっぴらごめんだった。デミトトは危険に生を見出す冒険狂ではない。


(早よ来いや)


 そんなデミトトが目下目論んでいるのは、会議開催直後に遅れて参加することだ。

 つまり参加者の監視の下、自分の生存を自ら示すことで将軍位を維持できる。ブーガも口頭でデミトトを失脚させる策は持ってないだろうから、参加できれば勝ったにも等しい。


 そのためには会議開催のタイミングを知らねばならず、こうして数時間前から全神経を凝らして注視している。

 幸いにも『情報網』を仕掛けるのは得意であり、この程度の距離なら朝飯前。


 それでも相手はブーガである。

 自分が今ここにいることくらいは悟れるだろうし、自分の作戦も見抜いている可能性もある。どんな妨害を仕掛けてくるかも予想できない。一方で、全くの杞憂であることも考えられる。

 だからといって楽観視していい状況ではなく、デミトトは久しぶりに全力を出し続けることとなった。


 それも唐突に終わりを迎える。


 ピクニックの集団から、一人の老婦がこちらへと向かってきている。

 変装して紛れ込んでいたのだろう。今が誰からも疑われないタイミングであることも理解しており、集団の機微を読み取る時間分は過ごしていたことを意味する。


「用心ではないか」


 腰を曲げ、杖をついてはいるものの、声はブーガそのものであった。


「……降参や。好きにせい」

「私の意図はわかっていよう。将軍デミトトおよびを根絶やしにしたいのである」

「具体的には?」


 ブーガが挙げた名前は四つだが、いずれも第一級冒険者のポテンシャルを持ち、デミトトを強く支持する実力者だ。

 放置すれば必ず次世代の将軍となる。そして純粋に国を、民を管理し続けたいブーガとは相反した私利私欲や大儀に走るだろう。


 とはいえ思想だけなら大したことはない。問題はこの四人が実力的にもブーガを脅かしうるところにある。

 他ならぬデミトト自身が手塩にかけて育ててきたのだ。

 自分を強くすることよりも、自分に心酔する同格を増やす――これは『クローニング』と呼ばれ、冒険者には珍しい志向だが、オーブルー法国の教皇補佐部隊カーディナルが採用している。

 デミトトはその上を行っている自負すらあった。この四人は、現時点で将軍からは離れたポジションであり、他将軍なら存在すら知らなかっただろう。実際悟られないように細心の注意を払ってきたのだ。


 それでもブーガには通じなかった。

 こうして部下の始末にも手を入れられているのは、状況から見てデミトトのみ。全将軍の中で唯一、デミトトだけが抱えているのだと知られていたことになる。

 一年や二年どころではあるまい。何年も、ひょっとすると十数年以上も前から静かな殺意を向けられていたのかもしれない。


(ワシのように見逃してもらえる余地もないんや……)


 デミトト一人であれば裏社会で生きていくと割り切れる。将軍位を捨てて、もう二度と表に、国に顔を見せないことを保証できる。裏社会を牛耳ってきたからこそ、その顔を信用してもらえている。

 しかし、寵愛している四人にはそれが無い。デミトト自身にフルタイムで強要し続けられるだけの力が無いこともわかっていよう。


 ブーガの命令は至ってシンプルだ。



 芽を摘め、と。



 そう言っている。


 だからこそデミトトも命乞いなどせず、即行で摘み方の算段に入る他は無かった。


「ワシがやるんか? お前もついてきて、お前がやるのはどうや?」

「手段は問わぬ。あと五分で完遂させよ」

「無茶言うなや」


 文句を垂れつつも、できねば自分が死ぬだけだ。

 こうして接触してしまった以上、もう出し抜くこともできない。生殺与奪は完全にブーガに握られている。


 自分の価値は、裏社会の手綱を引いておくストッパーでしかない。今日の大事件から生き延びた元将軍となれば、ますます誰も逆らえなくなろう。

 ブーガはそこまで読んだ上で、お前なら見逃してやってもいいと提案してきている。


 生きるためには、やるしかないのだ。

 それがたとえ長年連れ添ってきた可愛い部下達との別れであっても。


(判断を見誤った者は死ぬんや)


 冒険者の資質は何かといわれれば、デミトトは精神だと答える。見誤らないための精神力を。


 この後、デミトトはすぐに彼らを招集し。


 隠密ステルスで身を隠すブーガのことは欠片も悟らせず、普段通りに会議を始めようとして――四人全員の脳が細断される。

 苦しみは脳が生み出すものであり、物理的に細かく破壊した時点で終わらせることができる。溶かすか潰すのが常套だが、実力者の硬い頭部では難しい。


 せめて苦しませないようにというデミトトの、最後のお願いであり、ブーガも受け入れたのだった。

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