第337話 上司

 上空は鳥人がうようよしていて危ない。ブーガが去ったということは、鳥人避けの威圧も無くなったことを意味する。いつ襲われてもおかしくはない。

 というわけで、俺はすぐにダンゴとクロの力を借りて、ジーサでもアンラーでもない第四の容姿をつくった後、スキャーナが出したゲートをくぐって移動する。


「マンメール?」


 このドアも窓も無い殺風景な空間を踏みながら尋ねた。


 広さは小学校の教室一室分くらいで、前世だと重機を使わないと出せないほど壁も地面も天井も滑らかだ。

 酸素は無いらしく、一般人なら窒息必至だな。


「人を使った手紙みたいなものかな。ここはファインディさんの投函箱で、用事がある人はここに来て所定の動作をする」


 スキャーナは部屋の中央であぐらをかく。

 不自然に美しく見えるのは、姿勢ポーズ相称シンメトリーを意図的につくってるからだろう。まるで銅像だ。

 しかし眼だけはしっかりと俺を見ていて、というか、その色のついた視線には何度も覚えがあって、ああ、お前もなのかと思うと頭痛が痛い。


 まだ一線は引いてくれているようだが、この先も一緒に暮らすだろうし、どうなることやら。


「ここはゲートで監視されていて、所定の動作を検出したらファインディさんに伝える仕組みになってるんだ」

「ああ、それでか」


 さっき小さなゲート穴が一瞬生成された気がしたが、気のせいじゃなかったんだな。ポーリングともいうが、いわば一定時間ごと――かどうかは知らんが、こまめにチェックしているわけだ。


「伝えるっつったな。ファインディが直接ゲートを使えばいいんじゃねえのか」

「ファインディさんはゲートは使えないよ」


 ブーガも似たこと言ってたな。もう盗聴されてもおかしくない環境なので口には出さないが。


「あ、来た」


 楕円形のゲートが出現すると、同じく没個性的な黒スーツを着こなした壮年の男が出てきた。


「場所を変えます。連れてきなさい」

「わかりました」


 コイツがファインディで間違いないだろう。

 良くも悪くも平凡な顔立ちと体型で、量産型サラリーマンとして電車に容易に溶け込めそうではあるものの、日常的な発揮デフォルト・パフォーマンスが上手い。

 一方、ゲート役の女はまばたきをしたり乾燥した唇を舐めたりといった動作に一般人超えの速度が出ている。弱者に鈍いジャースの冒険者としてはこれが普通だよなぁ。


 ファインディの後ろをスキャーナが、そのまた後ろを俺がついていく。

 ゲートをくぐると、周囲は鬱蒼とした森。ここは屋根の無い洋館のようである。廃墟と呼ぶには掃除が行き届いているが、家具や道具は無い。

 他の職員も数十は行き来しており、ゲートの出現や消滅もあちこちに見られた。


 廊下の突き当たりまで歩くと、ファインディがこちらを振り向く。


「今回は私は運びましょう」


 片手ずつ差し出してきたので、部下がそうするように俺も握った。

 瞬間、ふわりと全身が浮いて、某衛星写真サービスのズームアウトのように滑らかに高度が上がっていく。

 風圧の類は完璧に抑えられていて、俺は眼でスキャーナにこれできるか? と聞いてみたが、ふるふるされた。固定してるのか胸は揺れなかった。「そのうちできますよ」とはファインディの言。やっぱ買われてるのなコイツ。


「話が話ですので、着いてから始めましょう」

「ですね」


 その後は一言も無く数分くらい飛んだが、ファインディの雰囲気は不思議と気まずさを生まなかった。


「あれにしましょう」


 大きな崖を見つけたファインディは飛行を維持したまま丸ごとくり抜き、丸ごと運びながら何やら加工している。

 一分を待たずに直径五十メートルほどの岩盤製の球が出来上がった。

 それを綺麗に真っ二つに割った後、中心を長方形型にくり抜いて、俺達ごとそこに移動してから球を閉じた。


 普通に真っ暗だが、窪みが何カ所かあるのが空間認識で分かる。「ファイア・ランプ」スキャーナが火球を配置していくことで、一気に明るくなる。


防音障壁サウンドバリア


 ファインディによる上品な防護壁が空間内を包む。窪みは含めていないようで、燃えさかる音もシャットアウトされた。


「炎の揺らぎを見ておけば干渉に気付ける」

「用心だな」

「ジーサ君のせいでしょ」


 俺は足を伸ばして手も後ろについて怠けているが、スキャーナはうつ伏せで肘をついて寝っ転がっている。ふわぁとあくびを隠しもしない。口内は芸能人レベルで綺麗なのに、言動はがさつだ。


「着きました。それでは話を始めましょうか」


 ファインディは窪みのそばの壁際にもたれており、座る気は無いらしい。


「自己紹介をしておきましょう。ファインディと申します。そこのだらしがない女の上司で、仕事はシニ・タイヨウを担当しています。そんな私がシニ・タイヨウであり、ジーサ・ツシタ・イーゼであり、アンラーでもある君を匿うことになるとは不思議な縁ですね」

「そうか? 形を変えた取材とも取れるが」

「取材ではありませんよ。私は取材対象ターゲットと接触せず、外から観察するのが好きでしてねぇ」


 スキャーナが趣味悪いよねなどと言ってくるが、同意を求められても困る。


「君がシニ・タイヨウだとは知らなかったという体裁になります。この体裁周りについて、詳しくお話しておきましょう」


 ファインディは無詠唱で空中板書ならぬ空中ノートをその場につくりだし、すらすらと写真のように精密な顔写真や施設外観を描き込みながら喋り続ける。


「まずスキャーナは降格処分にして寮に送ります。寮については後で彼女から聞いてください。シニ君、君は新人社員として迎え入れます。新人は寮生活ですが、指導役としてスキャーナをつけます」


 ファインディからスキャーナに伸びていた矢印がなくなり、スキャーナから俺への矢印が追加された。さらに寮からスキャーナにも矢印が伸びているが、俺の顔には来ていない。


「シニ君は隠密社員ステルフの扱いにします。君の存在は私と社長以外には誰にも知られません。社長には上手く伏せますので事実上、君は誰からもコントロールされません。スキャーナに世話される新人として、寮で静かに暮らすことになります」

「これが先輩か……」

「よろしくね。ぼく、聞きたいこともやりたいこともたくさんあるから」


 俺に刺さる矢印にハートマークを上書きするスキャーナ。


「ちゃんと言っておくけど、ぼく、ジーサ君のことが好きだから」

「俺はどう答えればいいんだ? 結婚でもするのか?」

「どうもしないよ。先輩後輩の関係で、単に恋人関係にあるというだけ」

「どうもするだろ面倒くせえ」

「せっかくジーサ君と二人きりになれたんだもん。絶対に逃がさない。絶対に」


 いちいち体を起こして、こちらに前のめりになって、透明な好意と執着を眼にもオーラにも載せてぶつけてくるスキャーナ。


「ファインディさん。あなたの部下が鬱陶しいんですけど、何とかなりませんか」

「なりませんね。これで良い子なので、仲良くしてあげてください」

「面白がってるだろアンタ」

「わかりますか」


 くくくと微笑むファインディを見ていると、気を許してしまいそうになる。天然なのか計算なのかわからないが、身構える気を起こさせてくれない。

 この人はどう見ても崩せないだろう。そもそも決定事項だし。


 あとはこっちとの付き合い方を調整するしかない。


「目立ったら危ないだろ。静かに割り切った関係で付き合うべきだ」

「ぼくも表立ってイチャイチャはしないよ。二人きりのときだけ」

「わかってると思うが、俺は二国の王女の婿ダブルロイヤルだ。冗談でも後が怖いぜ」


 ルナとかユズとかヤンデとか。特にヤンデはマジで容赦ねえからなぁ。


「構わないよ。冒険者たるもの、命を賭けることだってある」

「俺はダンジョンか何かか?」

「ダンジョン以上に魅力的ですよ」

「アンタも何言ってんだ。なんか和まされてるけど、アンタのやってることが一番鬼畜だからな」

「くれぐれも正体を悟られませぬよう。では――」


 話は終わりとばかりに、ファインディが地面に掌底を叩き込もうとした、まさにその時。


 第四の容姿を形成する俺のマスクがどろっと溶け始めた。

 顔だけじゃない。体内も、全身も、水銀顔負けの濃密な液体が滝汗のように流れていく。


 間もなくそれは一カ所に固まって、人の形になった。


 小学校低学年くらいの幼女体型で、裸で、男の象徴はついていないのに、貧民エリアのガキどもを想起させる筋肉質の蕾が宿っている。胸と尻も女性らしさが出始めている塩梅で、総じて運動神経抜群の早熟な女の子って感じ。

 髪はこっちでは前世以上にありふれてる金髪で、セミロングのぱっつん。


 それはぺたん座りで目をぱちぱちさせていたが、俺と目が合った途端、なぜか顔を紅潮させながら寄ってくる。

 嬉しそうに俺の腕に抱きついた。

 表情がまだぎこちないな。あと服と、それから――


「いやなんでだよ」


 スキャーナは冷静に臨戦体勢取ってるし、あのファインディも目を見開いていらっしゃる。

 もう誤魔化しようが無い。


 相棒が勝手に擬人化しやがった。

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