第336話 盟友2
「何を話す、か……」
目の前の皇帝は、ジャースに来てから初めてできた盟友と言える。
付き合った時間など関係無い。コイツは俺に全てに見せ、また託してきたのだと不思議とわかった。肌でも、直感でも、理性でも、何一つ疑うことなく確信できた。
それでも俺は渋ってしまうのだ。
話したいことなど一つ、いや二つしかない。
俺の自殺を無慈悲に食い止める無敵バグと。
天界の輪廻転生――生の繰り返しを絶つかどうかの分かれ目となる滅亡バグ。
俺はこの二つを潰したいだけだ。
無敵バグの究明も可能なら行いたいが、いったん諦めている。滅亡バグの原因を探して、潰して、それだから百年待ってからジャースごとリリースで滅ぼせばいい。それだけだと俺は結論付けた。
そう、やること自体は単純なんだ。協力なり何なり頼めばいいだけなのだが……。
俺が逡巡している間、ブーガは一言も発さない。
第一級冒険者にもなればまばたきも要らない。俺を映した瞳は鏡のように無機的に浮いていて、ただただ俺の言葉を待つ。
人類最強であり、一国の皇帝ほどの人物が、この三時間を、俺のためだけに割いてくれている。
(いや、皇帝だとかどうとかは関係ないな)
バグっていてもなお、俺に染みついた卑しい色眼鏡はなくなってくれないらしい。思わず苦笑してしまった。
「なあブーガ。俺の本心を完璧に伝えるにはどうしたらいい? お前があの夜、そうしたように」
「コーディアル・オーラであるな」
「オーラなのか」
「言葉では上手く言えぬが、全身全霊をぶつけるつもりで本心を吐露すれば良い。打算も、警戒も、好意も嫌悪も、あらゆる感情を介在させず、誠に全てをぶつける――そうすれば生じさせることができる」
早速デモしてくれたようで助かる。
シッコクの振動交流以上に、ぬるっと全身に入ってくるような感覚がある。そうそう、これだよ。気持ち悪いとか、気持ちいいとかそういう次元じゃなくて、ただただコイツの発言は真意なのだとわかる。
「そのコーディアル・オーラとやらは偶発的に起こりえるのか」
「ありえぬ。人は真に打ち明けることができぬ生き物だ。私が発したのも、あの時が初めてなのだ。以前から仮説はしていたが、貴殿相手なら試す価値があると考えたのでな」
「俺も同じだ。お前になら話してもいい。だからこそコーディアル・オーラとして、ちゃんと伝えたい」
「ふむ。私の体感では孤独を深く味わってきたというある種の境地と、レベル110程度の分解能は欲しいところであるが……貴殿ならば可能かもしれぬ」
「やってみるか」
俺は早速二つのバグについて打ち明け始めた。
無論、そのためには異世界という概念から説明しなければならない。
慌てず、焦らず。
常人相手なら気が苦しそうになるほどに、俺は漏れなく隙なく、くどく、ただただひたすらに話し続けた。
二十分とかからなかったのは相手がブーガだからか、それとも俺がバグってるからか。何にせよ助かった。
「――ふむ」
さすがのブーガにも思うところがあったらしく、珍しく目を閉じて俯いている。ちらりとスキャーナが見えたが今それどころじゃない。彼女が何をしているかという認識さえ俺はカットした。
さっきから集中しまくってるからか、意識の配分が思い通りで面白い。
と思ったら、煙のように消えてしまった。集中を終わらせるのはいつだって意識だよな。
「私と貴殿は敵対することになるな」
「……そうだな」
やはりそうなるよなぁ。
俺が本音の吐露を渋っていた最大の理由だ。ブーガがあくまでも恒久的に人類を維持したいのに対し、俺は世界を丸ごと消したい――相容れるはずがない。
「だからこそ私は、貴殿を殺さねばならぬ」
「殺せたら苦労しねえけどなぁ」
「それでも殺さねばならぬ」
盟友の殺意がコーディアル・オーラとして伝わってくる。バグってなかったらチビるどころでは無かっただろうな……いや、待て。
「ちょっと待て、待て待て。いや、そうか、そういうこと、か?」
どうしてこんな単純なことに気付けなかった?
いや気付いたところで本当にできるかはわからないのだが、それでもだ、綺麗な対応にはなる。
「そうだよな。滅亡バグを潰した後、お前に殺されればいいだけなんだ」
「その通りである。貴殿の殺し方など全く思いつかぬが、それでも私は貴殿を殺すしかない」
「半永久的に封印するのが一番楽じゃないか?」
「疲労にとらわれず世界の破壊を狙い続ける貴殿をか? 私とて人間。抱え続けるのは面倒である」
コイツから面倒という言葉が出るのがおかしくて。はははと声に出して笑っておく。「無理せずとも良い」してねえよ。別に感情が無くたって、記憶と連想はある。ああ、これは俺だと笑うなとわかったら、実質笑ってるようなものだ。
「頑張って殺してくれよ」
「言うまでもない。貴殿も私に任せきりにならず追求せよ」
「もちろんそのつもりだが、現状はお前の方がはるかに強いしジャースの知識も豊富だからなぁ」
既に異世界はおろか、現代日本や天界といった概念も含めて説明しているが、全く興味を示さないのはコイツらしい。
通じてはいるんだよ。
ブーガが意外と創作にも明るいのが良かった。こっちの世界の創作物を舐めすぎてたな。日本はともかく、異世界と天界は難なく通じたので本当に助かっている。
文明がしょぼくても、人の想像力は凄まじいということか。
ともかく、俺の人生目標は修正された。
「シニ・タイヨウとブーガ・バスタードの二人で滅亡バグを探して潰す。その後、二人で俺を殺す――」
コーディアル・オーラを交わし合った俺達には、もはや握手も何も要らなかった。
と、思ってたより早く終わっちまったな……。
あと二時間は余っている。空気読み民族出身の俺は皇帝としてのコイツのスケジュールを心配してしまうが、コイツ自身が三時間と言ったんだ。遠慮は要らないし、遠慮する時間さえもったいない。
というわけで、ダメージのチャージに費やすことに。
ここまで貯まってたナッツは635だ。
休憩無しでブーガのサンドバッグにされ続けて――
「685か。意外としょぼいな……」
「グレーターデーモンやバーモンの群れと比べるのは酷であろう」
当然ながら俺に寄生スライムの相棒がいることや、
「もうちょっと頑張れよ人類最強」
「彼女がいなければ、加減など要らぬのだがな」
貴重な皇帝の戦闘シーンを少しでも見ようと目を見開いて血眼になってたスキャーナだったが、ブーガのチラ見を受けて露骨にびくっと全身を揺らした。
加減も何も無い動作ゆえに衝撃波が起きて、俺を撫でる。
サンドバッグの後だと誤差でしかない。とはいえ身体が浮いて落ちそうなので、透明足場を掴んで堪える必要はあった。
「殺気を抑え忘れていた。失礼」
息するように防音障壁を消してるので、もう声も届く。
「い、いえ……、勉強になり、ました……なりました。ありがとうございます」
コイツもコイツでもう立ち直ってるし、「ふむ」とブーガも満足気に頷いている。
そうかと思うと、足場を消してそのまま去って行きやがった。俺は浮けないので、とっさにスキャーナの足を掴みつつ。
「いや何か言えよ」
挨拶の一言も無く。
もう見えなくなった盟友。
その虚空を見ながら、俺は苦笑するのだった。
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