第九部 社員とか舐めてんのか?

第335話 盟友

 第七週十日目ナナ・ジュウの午後。

 大陸から遠く離れた海の、そのまた高く離れた上空にて。俺達三人は向かい合っている。


 皇帝ブーガによる透明な足場は頑丈で、俺やコイツではヒビを入れることすらできまい。

 いやリリースぶっ放せば壊せるけど。何ならコイツにだけぶっ放したいけども。


 俺は人差し指でコイツを――隣の女を指す。


「なんでスキャーノを連れてきた? 今すぐ殺してくれ」

「ふむ」


 ブーガの視線が俺の指先を追う。

 皇帝お手製の水を行儀度外視で貪る女がいる。没個性的な黒スーツ――ガートンの制服を着ているが、出るところは出ていてスタイルも引き締まっている。ルナと良い勝負だ。


「今はできぬ」

「なんでだよ」

「貴殿のためでもあるからだ。私は当面の間、ろくに動けぬ」


 将軍全員死んだわけだからな。

 会社で言えば社長以外の重役役員経営層が一気にいなくなるようなものだ。まして国である。本来ならこうして呑気にくっちゃべっていることさえ許されない。


 なのにこうしてくつろげているのは、それだけダグリン共和国というシステムがよく出来ているからだろう。


「貴殿をそばで隠し続ける要領も大して持ち合わせていない。ゆえに我らは別行動となるが、貴殿一人では生き抜けまい。匿う先が必要であった」


 軽くリットルは飲んでるぞコイツ……っていつまで飲んでんだよ。ぱしゃぱしゃうるせえし、飛沫も飛び散ってうぜえ。「ジーサ君も飲む?」要らないです。「飲ませてあげるね」魔法でねじ込んでくんなヤンデかよ。「美味しいよね」味覚も丸め込まれるのでよくわかんねえ。

 そのスキャーノは、ようやく口元を拭うと、振動交流バイブケーションではなく肉声を出して、


「ガートンで匿うってことですよね? 上司に頼れと」

「ふむ。理解が早いな。見込みがある」

「よく言われます」


 お前は馴染みすぎだしくつろぎすぎなんだよ。その胆力は見上げたものだが。ああ、たしかに見込みあるわ。

 それはともかく、


「俺にわかるように説明しろ」

「ジーサ君。ぼくはスキャーノじゃなくてスキャーナといいます。よろしくね」

「よろしくねじゃねえ。ちょっと黙っててくれ。ブーガ、コイツを黙らせてくれ」

「できぬ。説明は二人の方が捗ろう」


 俺とブーガだけの関係かと思いきや、スキャーノいやスキャーナに、その上司に、と少なくともあと二人が関わってしまっている。

 秘密の上限は三人までだ。四人以上になると漏れる可能性が急激に高くなることは、歴史を見ればわかること。


 だがブーガの本心と実力も知っている。

 そのアンタが採用したからにはそれなりの考えがあるんだろう。


 俺はおとなしく傾聴に徹した――


 程なくしてわかったのは、スキャーナの上司ことファインディの恐ろしさだった。


「――なるほどな。ファインディは報道のネタとして俺に注目していた、と」


 平民向け情報紙『ニューデリー』を立ち上げた人物だと聞いている。

 ニューデリーと言えば、俺がアンラーとしてダグリンに転がり込んだ時にも見たもので、普通に普及してたなぁ。

 最近立ち上げたばかりなのに、もう末端の貧民にまで届いている。情報屋ガートンの組織力は凄まじい。

 いや、そんなことは些細で。


(言わば新聞を実現して、そこでシニ・タイヨウというゴシップネタを立ち上げようとしている……)


 前世の現代的価値観と知識は俺の数少ないチートの一つで、実際に実験村テスティング・ビレッジだの混合区域ミクションだのミックスガバメントといった程度のことでも革新の扱いだった。

 その程度の時代水準のはずだったのに。


 ジャーナリズムやゴシップといった概念を、ゼロから立ち上げようとしている奴がいるのだ。


「ファインディは会場にも来ていた。誰にも悟られぬようずいぶんと離れてはいたがな」

「……」


 ブーガにしか気付けなかったということか。

 よほどの離れ業なのだろう、部下のスキャーナも言葉を失っている。要は実力も折り紙付きですよと。


 俺も一度だけ会ったことがある。ガートンインタビューの時に、突如グレーターデーモンについて聞いてきた職員だ。

 あの時から思っていたが、前々から目をつけられてたようだな。


「皇帝としての私の無慈悲も、あの御仁はよく理解している。命懸けであったはずだ」

「ファインディさんも一勝負打っていたのですね」

「――つまり、さっきの暗殺劇は、ファインディにとっても一勝負を打つ価値のある場面だったわけか」


 この件は間もなく紙面を大々的に飾るだろう。

 シニ・タイヨウ、ジーサ・ツシタ・イーゼ、アンラー――すべてが同一人物であるという衝撃的事実を添えられた上で。


「で、俺をおもちゃにしようとしてるそいつに保護を求めようとしてるわけだ。なんだ、そいつの言いなりになれってか?」


 灯台もと暗しにも程があるというか、自作自演マッチポンプの臭いがするんだが、「そんなに甘くないよ」スキャーナの声音は至って冷たかった。


「ジーサ君というおもちゃに手を加える真似はしない。でも決して近づいてこないほど融通が利かないわけでもない。匿う対応は淡々としてくれると思う。まずぼくを降格処分にして寮にぶち込む。ジーサ君は新人か、隠密社員ステルフの扱いで、ぼくのルームメイトにでもするのかな。ジーサ君には当然別人を演じさせる。ファインディさんはその別人の応対をしただけ。その正体がジーサ君だったと後で判明しても、知らなかった見抜けなかったで済む。実際ジーサ君の演技は誰にも見破れない――」


 だから俺にもわかるように説明を、と言いたいのだが。

 ガートンの用語が色々出てきて長引きそうだし、この展開も変わらないだろうし、スキャーナもオーラぎらつかせて思案顔だし、なので放置。


 そんな俺の心持ちを悟ったのだろう。

 ブーガと自然に顔を見合わす。


「私は貴殿の手足であり頭である。なれどこの後、当面は時間を取れぬ。密談の形でたまに会う程度となろう」

「この後って具体的に何時間くらい残ってる?」

「ふむ。三時間といったところか」

「長くね? そんなのんびりしてていいのかよ」


 ブーガの片手が動く。

 スキャーナを少し引き寄せて我に返した後、俺も含めて振動交流を放ったようだ。

 あまり読み取れなかったが、「話が終わるまで待っていよ」的なことを一言言ったんだと思う。

 その間、ゼロコンマ一秒。


「そんな伝え方もできるのか」


 音声を何十の一にまで圧縮した上で、音速より速く届けているわけだ。


「長文は厳しいがな。送り手の技術と受け手の処理能力の双方が要求される。彼女は一字一句認識できているぞ」

「処理能力がへぼくて悪かったな」


 遠回しのからかいに俺が苦笑している間に、ブーガは次の魔法を放つ――お馴染みの防音障壁サウンドバリアだ。

 魔法が使えない俺でも、そうだなぁ、近衛くらいの練度はありそうだとわかる。

 スキャーナは除け者にされたのを抵抗する気も起きないらしく、俺にだけジト目を向けていた。


「タイヨウ殿――いや、タイヨウよ。まずは何を話す?」


 色々あったけど。

 ようやく。ようやくだ。


 人類最強を使うことができる。

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