エピローグ3

 三人目すなわちアンラーの詠唱も不発に終わると誰もが思っただろう。

 最前列から五列目を陣取るフレアもそうだった。


 一瞬にして視界が、空が、白銀の壁に覆われた。

 それは巨大な鉢とも言うべき形状で、皇帝、将軍、アンラー含む十人の代表者が呑み込まれている。同時に、膨大な熱気が空へと膨張していて、昔、遠目に見た自然現象――ライオットの言葉を借りると『噴火』を思い起こした。


 壁はすぐに取っ払われたが、その過程もやはり一瞬で。

 ぶわっと爆音と風圧が生じて、居合わせている特区民達が耳を塞ぎ地に伏せる。フレアは一足早くそうしていた。

 幸いにも一般人でも耐えられる程度の威力ではあったが、体勢が崩れたり耳をやられたりした人も見受けられる。屋台を回っているはずの姉や妹は無事だろうか。


「死傷者は捨て置け!」

「負傷者を一カ所に集めろっ!」

「増援を頼む。レベルは最大でいい」


 思っているほど阿鼻叫喚ではなく、地上にいた懲罰隊達の指示伝達の方がうるさいくらいだ。

 まだ伏せたままの観覧者が多い中、フレアは身を起こす。隣のカレンも特に取り乱すことなく続く。


 と、その時。

 ぼとっ、どすっ、と。


 地面に何かが落ちる音が目立ち始める。


「おい、これって……」

「空にいた人、達……」


 熱気に巻き込まれた外部の観覧者だ。

 損傷具合にはばらつきがあるが、良くても性別や種族もわからないほど焦げている。悪ければ骨寄りの物体だった。


「うそ……死んで、る……」

「将軍達は?」

「イリーナ、さま……」

「皇帝はどうなった?」


 ポールを囲んでいた将軍達も悲惨なもので、原型と肉塊の境界を彷徨っている。吹き飛ぶのではなく焼かれて溶けるのだとフレアは知った。

 装備品の厚い将軍もいたはずだが、それらしきものは見当たらない。


 そんな戦場のような光景を、立ったまま黙って見ていた。

 やがて「くくくっ」フレアはおかしそうに肩を揺らす。


「……なんで笑ってるの?」

「お兄さんの本当の顔――ようやく見えました」

「何も見えなかったけど」


 この悽愴せいそうな現場を見ても動じない二人は、やはり普通ではあるまい。

 カレンはガーナという友人の力もあって本格的に鍛えられているため違和感はないのだが、フレアはライオット老師の下で鍛えている程度の少女である。


 元々身体能力や勘も化け物で、これ以上驚くことはないと思っていたカレンだが、取り繕っても顔が引きつってしまう。

 年下に苦手意識はつくりたくなく、見られたくないところだが、幸か不幸か、フレアの視線は目の前を見据えたままで。


「うちの目標が一つ増えました。お兄さんを追いかけたいです」

「いやいや、それどころじゃないよね。国はどうなんのさ?」


 将軍がおそらく全滅していること。

 もしかすると皇帝も死んでいるかもしれないこと。

 そもそもユレアやクレアやライオットの安否も気になるだろう。


 カレンでもわかるのだから、フレアも理解しているはずだ。

 なのに、見慣れた少女の横顔はこれまでになく輝いていて。


「皇帝の姿は見えないので大丈夫だと思います」


 経験があるわけでもないのに、この凄惨な光景からそこまで読み取る観察力に。

 確信をもって断定に至らせている直感――


 そんな怪物少女に火がついた。


「想像以上でびっくりなんだけど」


 カレンは苦笑してみせた後、「私はパスで」興味を失った子供のように投げやりに呟いた。




      ◆  ◆  ◆




 この世界ジャースの空は一体どれだけ広いのだろう。

 一口に上空と言っても高度一万メートルと十万メートルは違う。


 ただ、ブーガに連れてこられたここが後者寄りであることや、下界の空とは別世界であることはわかる。二度目だしな。

 相変わらず上下左右どこを見ても青々としていて、陸地も宇宙も見えなくて、重力がなければ方向感覚を失ってしまうだろう。


「すごくかたいねこれ。どれだけ練り込めばこうなるんだろ……」


 ブーガ製の透明な足場を、情報屋ガートンの制服を着た女がドゴドゴと叩いている。風圧エグいんで加減してもらってもいいですかね。

 そんな女を不躾に眺めている俺に、皇帝の視線が刺さる。


「貴殿も飲むか?」


 重ねた両手から絞った水だ。見えない容器に貯まっており、ブーガが自ら掬ってこちらに掲げる。

 上空でつくると美味いんだっけか。味もわからん俺には興味無い。「飲みたいです」お前はもうちょっと遠慮しろよ。


 位置取りとしては、手を伸ばしきればギリギリ握手できるくらいの間隔で三角に向かい合っている。のんびりするつもりもないので、


「とりあえず二つ聞かせてくれ」

「ふむ」


 俺は早速話を進める。「うわっ!? 美味しいよこれ」とかほざきつつ、腰を上げつつ、ばしゃばしゃと掬いまくる女はいったん放置。


「任務成功でいいよな?」

「良かろう。デミトト以外は死んだ」

「死んでねえのかよ。大丈夫なのかそれ」


 ブーガはブーガで透明なストローみたいなのをつくっていて、ちゅるちゅると呑気に吸ってやがるし。

 人類最強といわれる男の喉がこくこくと動いている。


「――問題無い。あれは私欲を満たすだけの俗物で、将軍位や国への執着は持たない。死んだことにしても何の文句も言わぬ」

「裏社会を牛耳る存在でもあるとの認識ですが」


 水を飲む手と喉を止めずに振動交流バイブケーションで割り込む女。


「その点も心配は要らぬ。あれで裏社会の秩序を保つ存在でもある。無くすのは惜しい。今回の件で、唯一残った元将軍として名を馳せることとなろう。引き続き君臨させておけばよい」


 現将軍は全員自分を脅かしうる実力者だから漏れなく殺すっつってたよな。

 そんなぬるい対応で良いんだろうか。


「アンタが良いのならそれでいい。約束は忘れてないよな」


 ちなみに俺はぬるくねえぞ。


「無論。私は貴殿の手足となろう。頭にもなろう」

「じゃあ早速リクエストだ」


 俺は親指で隣の女を指し、


「なんでスキャーノを連れてきた? 今すぐ殺してくれ」

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