エピローグ2

 王国専用護衛ガーディアン『近衛』の真骨頂は守備、そして防衛にある。

 いずれにせよ守りであり受身であるが、だからこそ光る資質があった。



 ――『反応』であろう?



 タイヨウを庇っていた時にブーガに看過されたである。実際ブーガ相手でも遅れを取ることはないし、今回シニ・タイヨウ扮するアンラーの奇襲にも問題無く反応ができた。


 タイヨウを盾に取ろうとしたブーガ。

 それに追従したアウラウル。

 磨かれた直感なのだろう、国民を守るための障壁の展開に走ったイリーナ。

 そして将軍デミトトを救出しようとゲートを開いた大罪人シッコク・コクシビョウ――


 ユズはシッコクの追跡を即決した。


 まず王宮の空に繋いだゲートをつくってルナを放り込んだ後、シッコクの、ギリギリまで小さく絞られたゲートに自らを強引にねじ込む。

 移動先は名も無きダンジョンだったが、さらに別の空間に飛ぼうとしていたシッコクを追いかけ続ける。巻くことはできないのだと思い知らせる。


 何度も各地を転々とした後、最後に辿り着いたのは――海底。


 水深はおおよそ二万メートル。

 天灯スカイライトの光など届くはずもないが、海底にも光源はあり周囲は湖のように澄んでいる。


 神殿のなれの果てが無残に散らばっていた。

 海底神殿と呼ばれるもので、かつてオーブルー法国が建造した空中神殿が撃墜され沈没したものである。

 海底も空と同様、瞬間移動先として認識するのが難しい場所だが、残骸があれば話は別だ。言い方を変えれば、こんな場所にまでテレポートスポットを開拓しにくるほどの訳ありとも言えた。


「王国専用護衛やないか。早よ何とかせえ」


 横に倒れた円柱の上であぐらを組むのは将軍デミトト。

 この水圧をものともせず、大音量の発声も平然としてみせるところから実力の程はうかがえる。それでもユズにとっては取るに足らない相手だ。


 問題はその前方で、微塵も揺れることなく停止している件の男エルフ。


「――おい、聞いとんのかシッコク」

「わかってるから黙れ」


 向き合ってみて、改めてわかった。

 少なく見積もって第一級冒険者だろう。


 それも冒険ではなく戦闘と駆け引きに慣れている。

 モンスターよりも人を相手にしてきたということであり、こんなスポットを開拓していることや裏社会を牛耳るデミトトとつるんでいることも踏まえれば、大罪人の名は過言ではない。


「デミトト。しばらく一人で逃げろ。これはお前には用は無い」

「冗談言うなアホッ! ブーガに殺されるだけやぞ!?」

「ここにいても死ぬぞ」


 即座に命のやりとりに踏み切れるシッコクとは対称的に、デミトトの生への執着の、何と情けないことか。命を賭けねばならない場面はある。それを見誤る者こそ早死にする。

 将軍は実力者の集団だというが、怪しいものだった。


 既に他の将軍は壊滅しただろうし、ついでに消しておくのも悪くはない――


「テレポートで逃げようや。速度が自慢やろ」

「この距離でこれ相手だと勝てねえよ。オレはもう言ったぞ。これを撃退するために一切の加減を捨てる」


 しかしシッコクが寄り道を許さない。

 肌でわかる。この大罪人はユズを殺すことも、自分が逃げることも、現在のパートナーであろうデミトトを盾にすることも、あらゆる可能性を探っている。

 ユズを出し抜きうる速度も持っている。


 逃げられる可能性も考えれば、皇帝ブーガよりもたちが悪い。


「……しゃあないのう。死ぬなよ」

「自分の心配をしろよ」

「そうやな――【ゲート】」


 デミトトが消えて、神殿には二人だけが残った。


「……用件は何でやんすか」


 この二人は既に深森林にて居合わせたことがある。当時ユズは隠密ステルスで自らを消しており、直接シッコクと話したわけではないが、それでも居合わせたことでわかることは多い。


 近衛ユズに、他国の大罪人を追求する動機は無い。

 シッコクもまた、王国の護衛になど興味は無い。


 それでもあえてユズが追いかけた――それも護衛対象の王女を置いてきてまでそうしてきたのには、明確な意図がある。


「我々の目的はシニ・タイヨウ。知っている情報を洗いざらい教えてもらう。否定すれば戦闘」

「幼子のなりしてえげつない迫力でやんす」


 シッコクは下半身を脱ぐと、性器を露出させて。

 むくりと膨張させる。


「入れたらどんな風に喘ぐでやんすか?」

「これはタイヨウのもの」


 ユズは自らの体をかき抱く。

 隙を見せる姿勢でもあるが、誘いでもあり、ユズにはこの程度の不利をまかなえる自信があった。「くふふっ」シッコクが乗ってくる様子はない。


「厄介な女に目をつけられたな」


 かつてのクラスメイトを思ったのだろう、気の毒そうな苦笑を浮かべるシッコク。


「シニ・タイヨウは隠れ蓑になる。その話、受けてやる」


 ユズの思惑通り、シッコクは乗ってきた。


 タイヨウとシッコクの仲を割いておくだけでも価値はあった。

 無論、この程度で生涯仲違いできるはずもないし、今もお互いに隙を探り合っていて一切油断はできない。

 なのに、シッコクは普段の変態性が疑わしくなるほど表情が豊かで、エルフの美貌も最大限生かしている。耐性や経験がなければ意識をもっていかれてしまう。


「オレが持つ情報はすべて教えてやる。その代わり、オレとデミトトを積極的に追いかけることはやめろ。もし破った場合は、アルフレッドの国民達が陵辱されると思え」

「無問題。無関心。国に害を成さない限りは動かないし、動きようがない」

「だろうな。オレもてめえらを怒らせないよう気を付けてやる。もちろんデミトトにも言っといてやるよ。生きてればの話だけどな」


 ここでデミトトの生死――将軍達の生死や皇帝ブーガの思惑などを考え出すと判断が鈍る。

 シッコクも、それをわかっていて差し込んでくるのだ。


「タイヨウの話を所望」

「ただ話すだけじゃ味気ねえ。股を広げろよ」


 シッコクの隆起したそれがピクピクと動く。果てる前に微量出てくる液まで見えるように出していて芸が細かい。

 性交への耐性がなければ、この生理的嫌悪感で集中を削がれるだろう。あるいは眉目秀麗のそれだと認識して口や手が伸びてしまうだろう。

 チャームとは違ったエルフの魔性。それは超常現象にも近い誘惑の作用と言って良い。この点だけでも厄介である。


「刺したら戦争」

「冗談キツいぜ。幼子のそれはとうに飽きてる。構造は単調だし狭くて浅いだけでつまんねえんだよ――自慰行為するだけさ」


 自らのそれをしごき始め、あふぅと嬌声も発するシッコク。


「想像以上の変態」

「世間知らずだな。女体の本体なんてすぐに飽きんだよ。目で見て、気配を舐めて、オーラでも舐め回して、でもこれをこするのは誰よりもわかってる自分の手だ。このスタンスに落ち着く」


 見た目も声もエルフ相応に麗しく、並の女なら、いや男でも一瞬は怯んでしまう危うさが充満している。


「男はそういう風にできている。タイヨウだって例外じゃねえぜ」

「早く話を所望」


 言葉の真意はどうであれ、盤外戦は続いている。

 ユズは言われたとおり性器を見せつつも、秀麗なエルフの醜悪な行為に気を張り続けた。




      ◆  ◆  ◆




 ヤンデは見ていた。


 皇帝ブーガが三番目の男に飛び込むところを。同時にガートン社員を一人引き寄せてから強力な棺状の魔法で保護するところを。男の保護はすぐには行わずタイミングをうかがっていたことを――つまりあの攻撃は男自身による自爆であり、ブーガも最初からわかっていたのだということを。

 対してアウラウルが盾に飛び込むので精一杯だったことや、ユズがなぜかシッコクを追いかけに行ったことも見えていた。


 ヤンデの選択肢は豊富だった。


 アウラウルについていっても良かった。ブーガに追いつけるとは思えないが、逃走戦の戦力の足しにはなれたはずだ。

 ユズを追いかけて二対一でシッコクと渡り合っても良かった。ユズと二人ならたぶん勝てた。

 九人の国民をイリーナの障壁の外に逃がすこともできた。逃がす時の荷重で死ぬ可能性は高かったが、数人くらいなら救えただろう。


 一方で、自分の限界もよくわかった。

 見ていたというのはほとんど比喩である。ヤンデもレベル自体は62しかなく、視力など使い物にならない。頼れるのはもっぱら魔力だ。



 ――貴方はレベルで言えば60程度ですが、魔力に限っては少なくとも120、多ければ180くらいのポテンシャルがあるということです。


 ――私の体感として、120はないわね。そうね、140……いえ、150もあるかも。



 母曰く、自分は混合種――魔人と森人エルフの血が混ざっているのだという。

 この魔力は鍛錬で身につけたものではなく、生来から備わっているものだ。

 非常に感覚的なものであり、呼吸のように無詠唱で数多の魔法を撃ち続けて補うことができる。手足にも、鎧にも、触手にもセンサーにもなる。日常生活でも戦闘でも移動でも困ることはまずなかった。母の無魔子マトムレスで魔法ごと封じられない限り、第一級冒険者以上のパフォーマンス程度も難なくつくれた。

 理屈を介在させるのは難しい。だからこそわかる。


 今の自分が、もし他の選択肢を取っていたなら。

 ブーガの挙動は細かく追えなかっただろう。


 ヤンデはそれを是としなかった。

 シニ・タイヨウと皇帝ブーガが協調しているからこそ、ブーガ自身に最も注視するべきだとひらめいたのだ。

 ユニオンの中で最も高い位置に陣取っていたのも功を奏した。そういう意味では、潜在意識では既に注視を決めていたのかもしれない。


「……」


 テレポートしたヤンデが降り立ったのは、北ダグリンエルフ領のグリーンスクール跡地――グレンがやられたと思しき爆心地であった。

 特に深い意味はない。

 さすがに自爆まで観察するわけにはいかなかったし、テレポート先に爆風を持ち込むわけにもいかなかったから、無意識で素早く避難しただけだ。それで選ばれたがここだった。


 学校自体はもう再開されている。

 生徒の鍛錬だろう、拙い魔法の気配があちこちにある。


「とりあえずガートンの方の容姿と気配は覚えたわよ」


 ヤンデの眼が宿す戦意は全く喪失していなかった。

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