エピローグ1

 俺は3ナッツというエネルギーを過小評価していたらしい。


 それは有り体に言えば、核兵器と呼んでもおかしくない規模で。

 ブーガに運んでもらってるから一瞬しか見えなかったが、3534群――つまり町一つ分くらいは丸々クレーターになるだろうなという熱と閃光、そして爆煙だった。


(キノコ雲ってやつだっけか)


 一瞬でぶわっと広がった光景が目に焼き付いている。

 放射線とか大丈夫なんだろうな。今までそういう話は聞いたことがないし、レベルアップした身体が放射線程度でどうにかなるとも思えないから杞憂なのだろうが。


 最後まで見ていたかったが、ブーガの速度がそれを許さない。

 俺達はもう見覚えのない荒野を眼下に望んでいた。

 高度二千メートルといったところか。速度は正直わからんが、マッハ10、いや20どころでは無さそうだ。


「しかし狭いなこれ……」


 俺は棺桶のような透明な箱に包まれている。うつ伏せ状態だ。

 箱は水平になっていて、足元側の端には取っ手がついており、ブーガが直々に握っている。今も足と口元が忙しなく動いており、水中で浮き輪を引いて泳いでいるかのよう。


 他の将軍を置いてけぼりにしてただ一人生き残るほどの傑物だ。何してるかなんてわかるはずもない。

 そんなことよりも気になるのは。


 なぜ隣に棺桶がもう一つある?

 なぜ自堕落な生活をおくってそうな胸のでかい女が入ってる?


 俺と同様、寝っ転がっているが、肘ついてこっちを見てる格好だ。ガートンの制服を着ている。こんな奴いたか?


「なあ、今話せるか」

「話せぬ」

「話せてるじゃねえか」


 俺も寝返りをして女と同じ体勢になり、俺達を引っ張るアッシーを睨む。

 ブーガの目線は俺に無く、というより視覚の利用をやめているようにも見えるが、全神経を張り巡らしていることだけはわかった。


「アウラウルが追いかけてきている。巻かねばならぬ」


 今度は首を上げて移動元を見てみると、たしかに時折、人と思しき点が見えたり消えたり。


「私の立場も危ういな」

「冗談だろ。これからだろうが」

「私に追いつける人間はいなかった」


 急に自分語りを始めてくるブーガ。

 どうせ俺にできることはないし構わねえけど、隣のコイツには聞こえてるんだろうか。まじまじと交互に見てるし、聞こえてるんだろうな。

 その女はもう当惑を無くして、真面目な顔つきをつくると、


「上空なら可能なようで」

「地上に近い空域の話である」


 中々の実力者らしい。将軍――ではないよな。マジで誰なんだコイツ。寸前まででかかっている気はするんだが。


「待て待て。俺にもわかるように説明してくれ」


 俺が割り込むや否や、女が眉をひそめてきた。


 よく見ると、かなりの美人だ。

 中性的と言えばいいのか、男装も似合いそうで、端麗から秀麗まであらゆる褒め言葉を当てはめられるだろう。

 何に不満抱いてんのかよくわからんが。俺の無知とは違った何かを責めているようだが。


「地上だと色々巻き込んじゃうし、認識もされやすいから抑えないといけないんだ。その労力はほぼレベルに反比例する。人類最高レベルといわれるブーガさんだからこそ、このスピードで動けてる」

「巻き込みすぎると竜人が出てくるってことか?」


 女が首肯した。

 一方、ブーガは相変わらず足をせこせこ動かしていて、なんだか滑稽である。

 目線はあらぬ方向を向いてるし、筋トレで踏ん張ってるように見えなくもない。余裕綽々しゃくしゃくのイメージしかないから貴重な光景かもな。


「じゃあなんでアイツらは追いついてる?」

「どうだろ。ブーガさんは見解ありますか?」

「見たところ、空中足場をゲートの先に置いている。あの娘も侮れぬな」

「にしては詠唱が早すぎませんか」


 皇帝ブーガと平然とお喋りしてる女。ホント何者なんだ。

 ……いや、さすがに俺もあたりはついてきているんだけども、ちょっと現実を見たくない。


 とか考えている間に、海に出たようだ。

 天にまで伸びる大木ジャースピラーも遠目に見えたと思ったら、すぐに通り過ぎてしまう。速すぎる。


「スキルであろう。必要に応じて手繰り寄せられるだけの胆力を、あの者らは持っている」


 要するにアウラウルが追いついてきたってわけか。人間に限って言えばブーガの独壇場だと思っていたが、そうでもないらしい。

 大丈夫なのかよマジで。本番はここからだぜ?


 それからも俺達は逃げ続けて――

 アウラウルを巻けたのは二十分後のことだった。


 とうに大陸の外だし、ジャースピラーの迷路に入ったりもしてたし、海のモンスター『シーモン』からの水鉄砲や魔法もあった気がするし、で世界は広いなと思い知らされる。

 今どこにいるんだろう。たぶん俺一人だとジャース大陸に帰れんぞ。


「で、これからどうするんだ?」

「前回は二人であった。今回は三人である」

「ああ、上空ね」




      ◆  ◆  ◆




「はぁ、はぁ……くそっ!」


 ラウルの剣がジャースピラーを突く。決して刺さることのない硬さは甚大な衝撃波を生み、早速性的に狩りに来ていた鳥人達の威圧に一役買った。


 ジャースの広大な海原うなばらの様相は種々様々だが、このあたりは無風地帯である。

 物音はおろか風音もせず、広大な空を何本もの大木が貫いているという壮大な光景でありながらも、不自然なほど静謐せいひつとしている。


「追いつけるとわかっただけでも収穫ですよ」

「……そうだな」


 ラウルはモンスターを見るような目をアウラに向けていたが、アウラはもう微笑さえ浮かべている。急激に自分を恥じて取り繕い始めた相方は「ふふっ」相好を崩してしまうほど愛おしかった。

 その流れに任せて、腕を取り抱きつく。

 ラウルも拒まなかった。


 アウラは防音障壁サウンドバリアを張って、


「収穫と言えば、シニ・タイヨウの自爆から逃れる方法もですね。まさかあんな手があったなんて」


 タイヨウが自爆を放つ直前、ブーガはタイヨウの背に移動していた。

 決して壊れることはない術者自身の身体を盾にしたのである。


「ギリギリだったけどね」


 無論あの場にいた実力者達に追従を許すほど甘くはない。ブーガが動いたタイミングは、ブーガでなければ間に合わない速度だった。

 それに追い付けたことも含めて、アウラウルの連携――空中足場蓋エアステップ・リドをベースとした超高速移動は上出来だったと言えるし、もはや確立と呼べるほどの完成度に至れたと言って良い。

 ラウルは自然と口元を緩め、アウラも嬉しそうに身体を預ける。


「にしても、二人を運びながらであの速度なんだから厄介だよ」

繊細棺デリケート・カスケット――でしたっけ」

「ああ。僕も何度か運んでもらったことがある」


 ラウルが飛行を止めて、少し落ちる。先の追跡でだいぶ体力を使ってしまった。飛行すらもだるいほどに。

 落ちてシーモンの餌食になるわけにもいかないので、大木の表面を掴んで堪える。


 アウラは変わらず、そんなラウルに抱きついたままだ。


「狭かったけど、あれほど快適な乗り物はない。水を張ったグラスも運べるだろうね」

「全くイメージが湧かないんですけど。なぜ棺?」

「師匠の頭の中なんて知るわけないだろ。君も発現エウレカさせてみたらどうだい?」


 誰かがスキルを発現させると、その事例がジャースに刻まれ、他の者が獲得しやすくなる。

 この場合、棺のイメージをベースに練習を積めば、少なくともブーガが最初に発現させるよりは小さい労力で手に入りうる。


「できるわけないでしょ。ユニークスキルよね?」


 稀少なスキルにはレアスキルとユニークスキルがある。

 前者は習得可能数がジャースにおいて定められているとされ、基本的に早い者勝ちだ。レベルなどの条件を満たし、ある程度鍛錬すれば割と誰でも入手できる。もっとも生来身につけてしまう例も多く、生まれながらにして勝つかどうかが決まるという意味ではまさに才能の世界とも言える。


 一方、後者のユニークスキルは、ある一個人が特異に追求しすぎた結果として発現したものである。その特異なイメージと鍛錬をなぞらねば辿り着けないため、他人が手に入れるのはほぼ不可能とされる。

 ましてブーガにもなれば、後追いを防ぐためその高いレベルを前提とした鍛錬も混ぜているはずであり、彼より十中八九低いであろう大多数の人類にはどう足掻いても習得しえない。


「ユニークと言えば、イリーナさんも出してたよな」

「客席の国民を守ったように見えました」

「……」


 イリーナとは先日シャーロット家本邸にて顔を合わせたばかりである。

 同じ第一級冒険者として思うところは多い。死んだのは明らかであり、同格の死は久しく無縁だったそれを再認識させる。


「たぶん師匠はイリーナさんが国民を守ることも読んでた」

「ラウルも気を付けてね」

「僕は別に心酔も敬愛も発情もしてないから大丈夫さ。師匠も僕の淡白さは理解していて、生かそうなんてちっとも考えてないと思う――だからこそ今回善戦できたことが嬉しかった。どうだ見たかってね」

「子供」

「童心は大事だ」


 ラウルは剣を背中の鞘にしまう。

 さっきジャースピラーに刺したせいで少々刃こぼれしているが、見なかったことにする。その微妙な表情の変化が相方には面白いらしく、アウラはくすくすと笑った。


 それはともかく、ラウルは両手を離したため自由落下が始まる。

 アウラもいったんラウルの腕を解放して、しばしフリーフォールを楽しんでいる模様。


 海面までの距離や落下スピードなどは感覚でわかる。何一つ焦ることなくのんびりとくつろぎ、安全高度セーフハイトでもある高度千メートルの少し上で足を伸ばして、足の指だけでもう一度大木を掴む。

 そこにアウラが被さった。

 ベッドに飛び込むかのような遠慮の無さで、「何してんだ……」呆れ顔をおくるも、返ってきたのは童顔の微笑み。ラウルはさらに嘆息を返す。


「だいぶ疲れましたよね。もうちょっと休みましょうよ」

「僕を寝床にするな」

「ぐー」


 本当ならすぐにでも発進するところだが、今回の功労者はアウラである。

 明らかに寝たふりだし、身体的にも押しつけがましくて正直暑苦しいのだが、


「お疲れ」


 ラウルは相方の、見慣れたピンクのボブヘアーをぽんぽんと撫でた。

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