第334話 会議当日8
「ふむ。全員揃っているな」
ふわぁぁぁぁブーガさまの生声だよぉぉ。変装からの登場だよぉ。もちろん想定してたし今週は人多いし使ってくる気もしてたけど相変わらず精巧すぎてわかんないよぉぉぉ。
正体隠して娼館に遊びに来てほしいな。あたしを指名してほしいな。そしてヘタクソブサイクゴミクズとあたしに罵られてるところで正体を晒してあたしをびっくりさせてほしいな。ブーガさまを攻めるなんて恐れ多いよ責めるなんて無理だよぉぉ、だから責めてほしい攻めてほしい何なら刺しても締めてもちぎっても何してもいいよぉ? 回復はあたしも得意だし最近はご無沙汰だけど鍛錬にも付き合ってるからブーガさまもわかってくださるよぉぉああ最近全然触れてない触れたい触れたい触れたいぃぃ――
っておおいこらユナキサぁ! あたしの愛しのブーガさまに何槍突きつけてんだてめえその程度が通るわけねえだろ勝手に触れてん「【
「議題を一つ持ってきた。民の意見をこの場で聞き、貴殿らにはこの場で回答してもらう」
さすがブーガさまぁぁいつもいつでも止まらない国民のことだけ考えて行動してくださる素敵しゅぎぃしゅきぃぃ。あたしも貧しかったからよくわかる、耳を傾けてもらえるのは嬉しいんだよぉぉブーガさまはあたしを拾ってくれたときも傾けてくれたよぉぉそれだけで思い出すだけで濡れちゃうのぉぉ、また傾けてほしいよぉぉブーガさまのお耳も大好きだよぉ掃除でもいいからやらせてほしいよぉあたし耳掃除も自信あるんだよねマカダミアさんも重視してるんだよ万人の性感帯なんだってだからブーガさまの性感帯でもあるよ大丈夫あたしには隠さなくてもいいあたしが守ってあげるもん。
「民は無作為に選ばせてもらう。観覧する国民の諸君、これより十人ほど選ばせてもらう。選ばれた者は浮遊させて私のそばに置く」
「十秒後に開始するゆえ、心の準備をせよ。十、九――」
それにしてもブーガさまはどうしてこんなことをするんだろう。
いつもみたいに特区に出かけて一緒に風呂入って話せばいくらでも情報なんて取れるのに。変装して特区民を演じてもいいのに。
やっぱりあたし達を疑ってるのかな。
知ってる。話すこともないのに将軍会議を開いてるのは、あたし達将軍を縛り付けるため。
それだけじゃ足りないのかな。公開の場で喋らせて精神的にプレッシャーかけるつもりなのかなふわぁぁぁぁぁ! 見た! 見たよねっ!? 今、ブーガさまがあたしを見たぁぁぁオーラでも舐めたぁぁふわぁぁぁぁちょっと出ちゃったよぉぉもちろん誤魔化すよぉぉ。
わかりました落ち着きます。一人の将軍として、しかとお務めさせていただきます。あたしにやましい点はありません何でも答えてみせます。他の将軍は知りませんが、むしろやましいことを露呈させて失脚させてほしいです特にデミトトとかいうクソジジイは気持ち悪いし結構本気であたしを狙ってるので殺してほしいです。裏社会の均衡だかなんだか知りませんが死ねばいいと思います、そこもブーガさまが治めればいいと思います。帝国を広げましょうそうしましょうあたしはどこまでもついていきますぅ――はいわかりました、落ち着きます落ち着きます。
選ばれた国民の一人目は子供が欲しいと語り、二人目は強くなりたいという。ブーガ様直々の助言を授かっていて、目線も頂戴していて、非常に羨ましかった。
「――もう一人ほど語ってもらおう。貴殿が選ぶが良い」
「オレが、ですか」
そんなけしからん彼が示したのは、私だった。
「イリーナ。答えよ」
「はい。私は権威を最大限活用しています。皇帝ブーガ様の補佐を務めさせていただいている傍ら、娼館セクセンにて娼者としても働いております。本国と娼館、二つの権威の下でこの身を捧げ、邁進してまいりました。その結果が今の私をつくっています。結果は求めるものではなく、後から追いついてくるものです」
「では三人目」
具体的な助言を望まれていたのだろう、その様子が無いとわかって切り上げてきた。相変わらずドライだが、そういうところも愛しい。
三人目も男だったが、いわゆるあがりと呼ばれる精神性を持つらしく、見ていて気の毒なほどに緊張している。苦しそうだ。
「あ、痛っ――すいません、緊張すると、胸が苦しくなって」
「良い。まずは詠唱をせよ」
「うぐっ、ううぅ……すみません、誰か薬を……サンナッツという植物でも良い、のですが……」
サンナッツ――聞いたことがない名前だ。
冒険者としても、娼者としても、そのような植物には馴染みがない。全国ありとあらゆる場所を回り、一般人から第一級冒険者まで老若男女を相手にしてきた私。自分で言うのも憚られるが物知りだ。
「ふむ。心臓であるか」
だからといって応用できるかと言われればできないのだが、聞いたことがあるかどうかくらいならわかる。マカダミアさんをして「もう少し頭が良ければ学者として名を残せただろうに」と言わしめるほど。
そんな気は全くないんだけどね。
私はブーガ様の側にいるんだ。
生涯、ずっと、居続ける――
そう決めている。
「え、あれ……あ、ありがとうございます! 嘘みたいに楽です!」
通常魔法セイント・ワイヤーだろう。貫通する強度を考えればノーマルではなくスーパー。一般人の身体や脳がびっくりしないような塩梅もよくご存知で、さすがはブーガ様だ。
「良い。早く詠唱せよ」
「はい! サンダー、ウォーター、ファイ――」
走馬燈という言葉を聞いたことがある。
生死の境界に立たされると、脳が焦って後先考えずにフル稼働するらしい。そのせいで、まるで夢を濃縮してみせたかのようなイメージの濁流が押し寄せてくるそうだ。
一般人のはずなのに、そのファイアという詠唱の出だしは熟練者のように精密だと感じた。
侵入者なのだろうか。だとしても多少の火が出て終わりだ。何ら脅威ではない。そもそもブーガ様が許さないだろう。脳を細断、粉砕、もしくは圧縮されて終わりだ。
だけど、そうはならないという確信が私にはあった。
確信を探す旅が始まる。
他にやることや考えることもあるだろうに、こぼした水の染みが広がっていくかのように一方通行だ。走馬燈とはそういうものなのだろう。
探し物はすぐに見つかった。
まずブーガ様が民のヒアリングを始めたのは、この詠唱を警戒無く言わせるため。
ガートンの職員を招いたのは将軍達の意識を外府に誘うためで、その応対を私にやらせたのは私の警戒心に最も警戒していたから。現に私もまんまと誘われた。仕事が増えるよぉブーガ様と過ごせる時間も増えるよぉぉ、とむしろ喜んでしまった。
実に用意周到だ。
気付くことはできなかったのだろうか。
ううん、できた。
サンダー、ウォーター、ファイアを詠唱させるという手続き。
たしかに一見すれば、特区民にレベル2以上が混ざってないことの確認になる。どれも基本中の基本となる通常魔法で、レベル2になればどれか一つは覚える。
だけど絶対ではなく、千人に一人くらいは例外があると思う。
そもそも特区に冒険者が紛れ込んでいるはずがない。それができない程度には懲罰隊は優秀だからだ。他ならぬブーガ様が練り上げてきた、ダグリン一番の仕組みなのだ。
だからこそ疑わなければならなかった。
もっとも、それを言うなら、そもそもブーガ様を疑わねばならなかった。
いや、逆だ。
もっと信じなければならなかった。
ブーガ様の悲願はジャース全土の征服と。
己が帝国の恒久的な維持――
それを妨害しうる障害とは何か。
私達将軍も含まれるはずだ。
帝国的支配のためには圧倒的な武力が要る。ブーガ様でも決して無視できない第一級クラスはその邪魔になりえる。
とはいえブーガ様自身は協定に縛られているから、第三者の協力が必要である。
それが手に入ったということだろう。
最大の障害は自国の要人、将軍職である。
それさえ葬れば、あとは他国しか残らない。
他国であれば、戦争を仕掛けられる。廃戦協定が定まったばかりだが、竜人は決して干渉できない存在ではない。ブーガ様なら戦乱に覆すこともできるだろう。
もっとブーガ様のおそばにいたかった。
貴方様の覇道をこの目で見たかった。
私が甘かったのだ。
私自身が障害となっていることを自覚し、私はそうではないと働きかけねばならなかった。
そうすれば、貴方様を独り占めできる未来もあったかもしれないのに。
もう遅い。
もう終わる。
ブーガ様との思い出も数え切れないほど蘇っている。これも終わるんだ。
ああぁ、一度でいいから寵愛を受けたかった。
ブーガ様がどう動くかはわかる。頑張れば追いかけることもできる。
けれど、私は仕事をしなければならない。
だって私は皇帝補佐だから。
誰よりも皇帝を邪魔しちゃいけない立場だから。
私は国民を守ります。
「【
どんなダメージも絶対に通さない超常的な檻、というよりもはや壁。
これを天面無しでお椀状に展開することで、おそらくこの後発生するであろう莫大なエネルギーを空に逃がす。
同時に私は頭を抱えこむ。
私が死ねば檻も無くなるからだ。空に逃がしきるまでは耐えねばならない。
死とは脳死である。脳が止まるか壊れるかした瞬間に終わる。なら、腕と身体で抱え込めば幾分か稼げる。
人生で最も短く、しかし長い刹那だった。
私にできることはもう無い。
特区民の諸君、どうかご無事で。
そしてブーガ様――
ジャースにくまなく帝国をお築きくださることを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます