第333話 会議当日7

 将軍会議の、国外からの観覧者は驚くほどに少ない。


 まず将軍達の前に姿を現して情報を与えるのが論外だし、こんな辺鄙へんぴな場所など瞬間移動先として開拓しているはずもなく、しかし他国から地理的に遠い。

 そのくせ領空だの何だの規則にうるさく、破れば容赦なく懲罰隊が来る。会議の場であれば将軍が直々に来ることも考えられる。

 うまみが無いとは言えないが、リスクもコストも高くつきすぎるのだ。


 それでも見に行こうとする者など限られている。

 今も不躾に将軍や皇帝を品定めしている鳥人ハーピィか、ハイコストハイリスクを負うほどの価値を見出している者だ。


 シャーロット家の執事であり護衛でもあるレコンチャンは後者だった。


 主を連れず、一人で来ている。

 どうせ気付かれるだろうから隠密ステルスもかけていない。


「お兄さん、何してるの? 良かったらこの後バサバサしませんか?」

「この人、どこかで見たことあるよ。アルフレッドの人?」

「何? 有名人?」

「学生だった気がする」

「なんで髪の毛、こんなにツンツンしてるの? 入るかなこれ」


 鳥人三人に囲まれているが、相手にはしない。

 いくら鳥人が短絡的であるとはいえ、地上の、将軍会議の圧は無視できない。こうして空で過ごせる程度の実力者なら空気は読める。強引なことまではすまい。


 レコンチャンはただでさえ格下である。

 しかし、できる限りの情報を手に入れ、できればアンラーを――シニ・タイヨウさえも捕まえるのが任務だ。

 ならばせめて、極限まで取捨選択を最適化して望むのみ。


 眼下を注視し、特に皇帝とアンラーを見定める。

 何もわからなくても、見えなくても、とにかく頭を動かして仮説をつくり、脳内で検証し、止めることなく動かし続ける。

 同時に、誰かが潜んでいて、拝借しているであろう振動交流バイブケーションもこっそり読み取ることで、消耗無く発言を聞き取る。


 目を見開いてもいい。

 汗をかいてもいい。

 とにかく動き続けるのだ。


 ひらめきという名の奇跡は、行動し続ける者の下にしか降りてこないのだから。


 そんなレコンチャンに、無視できないオーラが突き刺さった。


「……威圧。威嚇? いやこれは」


 オーラにも種類があるものの、単体では豊かな表現はできない。

 それでも複数を上手く混ぜればそれなりには伝えられる。オーラニケーションとも呼ばれ、王国でも研究者が何人かいたはずだ。


「逃げろ、か」


 自分でも無視できず意識を振らねばならないほどのボリュームとなれば、格上であることは自明。

 この含意から考えれば慈悲であろう。そんなものを寄越す相手といえば。


(やっぱ来てるか。オレ達の出る幕はねえよな)


 引き際を見誤ってもいけない。

 レコンチャンは撤退を即決した。


 ついでに友人のよしみで、少し離れたところで観覧している姉妹に近づく。


「んー、レコンチン? どったの?」

「逃げるぞ」


 一言だけ交わしたレコンチャンとミーシィの間に、ばさっと、よく整えられた翼が割り込む。


「どうもマーシィさん」

「また妹にちょっかいを出すの?」


 かぎ爪を構えた無慈悲なひっかきが来たので、少し下がって回避。マーシィはまだ止めず、往復するかのようにもう一振り――一本の羽根を射出。

 ければ別の鳥人に当たる角度なので、仕方なく受け止めた。


 この姉の妹狂いは今に始まったことではないため、訂正する気も起きない。

 それに適当な理由をつけて暴力的に絡みたいのは、一冒険者としてはよくわかる。実力的にも悪くない相手であり、レコンチャンの対応は毎度淡々としたものだった。

 羽根を懐にしまいながら、


「もう一度だけ言っておくぞ。ここから離れろ」


 ミーシィだけを一瞥した後、レコンチャンは去って行った。


 姉妹はしばし見送る。

 鳥人の眼で視覚的に見えなくなったところで、


「逃げよっか、お姉ちゃん」

「……」


 もう妹は飛び去っている。姉も黙ってあとを追った。


 ミーシィは上空から帰ろうとしていたが、速度を乗せまくる飛行は何かとだるいためマーシィが拒否。

 妹との水入らずタイムを満喫するという意味でも、高度数千メートル程度の低層をのんびりと飛ぶことに。


 邪魔者はいない。遠慮無くミーシィにベタベタすればいいのだが、


「――あそこには何がいたの? ミーシィの獲物とも関係してるよね?」


 マーシィとて空気は読める。


 先の3534群では、既に一戦が交えられていた。

 レコンチャンはその当事者の一人から慈悲をもらったおかげで気付けたようだが、マーシィは鳥人王ハーピィキングに仕えるゴッリゴリの冒険者ということもあり経験が違う。自分では到底敵わないような、ただならぬ気配はわかっていた。


 どう考えても、ただ事ではない。


 現に3534群の方向からを感じる。

 竜人が来てもおかしくないほどの。あるいは情報屋ガートンが大々的に取り上げるほどの。もしくは鳥人王が絡む事態になるかもしれない。


 ただ事どころか大事だが、そんなことはどうでも良かった。

 問題はただ一つのみ。


 そんな状況に、なぜ最愛の妹がいるのか。


「わかんないし、してないよ」

「正直に言わないと、お姉ちゃん怒るかも」

「やだ」

「おしおきしちゃうかも」

「わたしを食べたいだけだよね」

「真面目な話だから」


 おふざけ無しの詰問――昔はこれだけでミーシィを泣かせていたものだが、それでもミーシィにその気はない。

 どころか、いつものじゃれ合いに戻そうとしてくるまである。


 実力行使も可能だが、成果は出まい。

 この様子なら、そんなことをしても口など割らない。鳥人は痛みの耐性も高いし、妹の素質が悪くないということは、幼児の時点でわかっている。

 そもそも実力的には決して油断できないほどになっている。下手に戦って突然の開花ブレイクスルーを起こされても厄介だ。


 マーシィとしては、シリアスな雰囲気を続けるくらいしかできなかった。


「――家族にも隠し事はあるよ。お姉ちゃんだってそうでしょ」

「私には立場があるから当然。ミーシィは違うよね? ただの学生さんだよねぇ?」

「学生でも繋がりはあるよっ! ……シャーロット家に仕官しようかなぁ」


 シャーロット家との付き合いをほのめかしつつ、家を出るという脅迫も織り交ぜるミーシィ。

 意思の有無は定かではないし、どうでも良い。先ほどのレコンチャンの様子を見れば、それを行えるだけの繋がりは確かにある。


 姉の敗北だった。


「やめなさい。そんなことしたらお姉ちゃん壊れちゃう」


 駆け引きは終わりだ。

 マーシィは妹に背中から抱きつき、首筋に頬ずりする。


「お姉ちゃんさぁ、本当に妹離れしなよ……」

「家族のことは大切なのよ。わかるでしょ?」

「何でもそう言えば済むって思ってるでしょ。騙されないからね」

「くそっ、最近賢くなったわよね」

「お姉ちゃん聞こえてる」

「聞かせてるのよ。いいわ、一つ秘密を教えてあげる。私はミーシィのことが狂おしいほど好きよ。ずっと一緒にいたいくらい」

「知ってる。耳の中舐めないで」

「ミーシィぃ」

「耳たぶ噛まないで。胸揉まないで!」

「ミーシィぃぃ……」

「もー……」


 ミーシィは渋々といった様子で抵抗をやめた。

 獲物ジーサの件はいったん誤魔化せている。ここが落とし所だと判断したのだろう。


 マーシィもまた、そんな妹の機微を理解していた。

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