第332話 会議当日6

『――貴殿らには国に対する要望や不満を述べてもらう』


 高度三百メートル、領空外には隠密ステルスを施したユニオンが勢揃いしていた。


 二本の大剣を抜刀しているラウル。

 既に地上に杖を構えているアウラ。

 相変わらず裸体だが無表情で見つめるユズに、その背中にしがみついているルナと。

 腕だけ組んで静かに佇むヤンデ――


 もう誰も無駄口など叩かない。各自が最高の集中力をもって最善を尽くす、とだけ決めている。


 ただしパーティーとしては三編成で、アウラウル、ルナとユズ、ヤンデと分かれていた。

 場所的にも固まってはおらず、領空外ギリギリにいるのもアウラウルだけで、ルナユズとヤンデはもう少し高度を上げている。


 やむを得なかった。パーティーとは――特に生死を分かつ場合では、信頼関係と阿吽の呼吸が大前提となる。

 この三組にはそれほどの絆は無い。


『意見を述べる前には詠唱を言ってもらう。サンダー、ウォーター、ファイア。この通りに発音するが良い。これは侵入者のあぶり出しである。貴殿らは特区民であり、レベル1であるはずだ――』


「どう思う?」


 アウラの一言に「まずいな」ラウルが即答を重ねた。

 ファイアの詠唱で甚大なダメージを食らったのはアウラ自身であり、その件はもちろんラウルにも共有済。


 つまり皇帝ブーガは知っているのだ。


 ジーサの詠唱『ファイア』を。


 その上で、不自然なく発動できるよう舞台を整えてきた――


「止めないと」

「無理だ」

「全員死ぬわよ」

「止めようとして死ぬのは僕達だ」

「じゃあどうするの?」


 ユズとヤンデにも伝えているはずだが、静観の構えからうんともすんとも言っていない。


『クトガワ。答えよ』

『まず赤子については――』


 眼下の発言はアウラが中継している。このような行事において、領空内の音を拝借するだけなら罪にはならない。

 それで現在将軍クトガワの音声が流れているが、「本質を見誤るな」ラウルが上書きする。


「僕達の目的はシニ・タイヨウだ」


 ラウルの双剣はアウルを向き、それから地上の――三番目に喋るであろう青年に向けられた。


「この様子から考えて、師匠はおそらく死なない」

「どういうことよ?」

「将軍を全員消したいんじゃないか?」



 ――そうした場合、師匠にとって厄介な存在とは誰か。



 ラウルがつい先ほど話したばかりの、皇帝ブーガの本懐。国を支える実力者たる将軍達もまた、その対象なのだろう。

 もうアウラも疑わなかった。


「リリース――かどうかはわからないが、便宜上そうだと仮定しよう。リリースを放ったシニ・タイヨウと合流する可能性が高い」

「ユズさんとヤンデちゃんをぶつけましょう」


 アウラが視線をおくろうとするが、「ダメだ」先にラウルのアイコンタクトが割り込む。

 二人はしばらくお互いを見合わせた後、さっきから全く動かないユズとヤンデを改めて見上げた。


「オーラを交わし合っている?」


 アウラの答え合わせに、「ああ」ラウルも頷く。


 既に皇帝からのオーラが刺さっているのだ。

 ヤンデとユズの二人だけに。

 取るに足らない有象無象以外の強者に――。


「速さでは敵わないだろう。だけど師匠もあの二人しか見ていない」

「……本気?」

「本気だとも」


『では次、二人目』

『サンダー、ウォーター、ファイア』

『問題無い。意見を述べよ』

『オレは強くなりたいです――』


 淡々と進む質疑応答をBGMに、アウラウルが瞳を覗き込み合う。


「僕達が動くことで師匠の意識を向かせることができれば、あの二人にも勝機が出てくるかもしれない。そうなれば師匠としてもそちらに費やさざるをえなくなる。そうなれば僕達はもっと動ける。単純な話、攪乱さ」

「向かせられるだけの貢献ができればの話ですよね」


 二人目の国民が強くなりたいと述べているが、アウラも同じ気持ちだった。

 もちろん弱音など何の意味もなく、そんな気持ちは発見次第、抹殺するしかない。何度でも。


「そう思わないでどうしてやっていける。やるしかない場面なんだ。己を賭けるしかないだろ」


 その差、なのだろうとアウラは思う。


 精神力もまた才能だ。

 ネガティブな思いが生まれる度に潰すのと、最初から生まれないのとでは、時間的にはほぼ誤差だが違う。かなり違う。


 その違いは、第一級の次元に入ってきてからこそ広がってくるのだとアウラは知っている。


「……勝手に賭けるのはやめてくれる? ラウルは私の所有物なんだけど」

「ふっ。酷い言い草だ」


 三人目の番タイムリミットまで刻一刻と近づいている――


「悲観することはないさ。師匠には協定がある」


 ブーガ・バスタードは竜人協定により、自国を含む各国の要人及び第一級冒険者に危害を加えることができない。

 といっても危害の基準は高く、瀕死や拷問水準程度であれば危害とは認められないことが多いのだが、アウラウルにもなればそんなものは抑止力にもならなかった。


「僕達が有利なんだよ。シニ・タイヨウを奪還しさえすれば勝ちなんだからな」

「分担はどうしますか?」

「初手のタイミングと方向はアウラに任せる。僕はただ足場を蹴るだけだ」

「責任重大ね」

「ああ。民にも他の将軍にも目をくれるなよ。シニ・タイヨウと師匠――この二人だけを見るんだ。まずは見失わないのが最優先」


『うぐっ、ううぅ……すみません、誰か薬を……サンナッツという植物でも良い、のですが……』


「出力率の調整ですね。仮に『ナッツ』が単位だとするなら、私が食らった時の三倍……」

「でたらめだな。みんな死ぬぞ」

「まずは見失わないのが最優先。そうでしょ?」

「わかってる」


『え、あれ……あ、ありがとうございます! 嘘みたいに楽です!』

『良い。早く詠唱せよ』


 間もなく火蓋が切られる。




      ◆  ◆  ◆




「ブーガからオーラ。威圧一色」

「え? 私には来てませんけど」


 アウラウルよりもさらに百メートルほど上がったあたりで、ルナとユズは待機していた。

 もちろんステルスをまとっており、ルナを守りやすくするため二人は密着――具体的にはルナのお腹にユズがしがみついている格好であった。元々ルナがユズの背中にひっついていたが、ユズ曰く、自分から守護対象にひっつく方がやりやすい、というわけでこうなっている。


「ルナが受けたら気絶」

「……大丈夫なんですかそれ」

「手出しをしなければ無問題」


 アルフレッド最高戦力と言えど、皇帝ブーガを一手に引き受けるのは分が悪い。が、単に牽制されているだけのようである。

 皇帝として領空外から様子見してくる他国の最高戦力に警戒するのは当然であり、不自然ではない。


 そんなことよりも喫緊な事項な一点あった。


「ユズも聞きましたよね。『ファイア』って――たぶん発動しちゃいますよね」


 ルナはユズの口内に指を突っ込むことで、発動してしまう火魔法を隠す。発火の作用が出たら存在がバレてしまうからだ。もっともユズなら即座に反応して被せるだけの速さがあるのだが。

 ともあれ、そんな行動は当たり前なので「同感」ユズもいちいち気にも留めず、会話が続く。


「絶体絶命じゃないですか……。下手すればここに来てる人達、みんな」

「ルナ。狼狽えない」

「狼狽えてはないです。絶望はしかけてますけど」

「ユズもヤンデも動けない。アウラウルにお任せ」

「相談はできないんですか?」

「できないし、ここから動けない。イリーナに気付かれる」


 ユズに倣ってルナも見下ろしているものの、視力だけでは豆粒であり何が何やら。


「気付かせた方が良くないですか? 騒動にしちゃえば、この場は解散に持ち込めます」

「タイヨウを捕まえるチャンスは、これが最後」


 おそらくブーガとタイヨウは協調している。

 ここで干渉してしまえば、以後警戒は強まり、タイヨウが本格的にブーガの庇護下に入ってしまう恐れがあった。


「このままだとみんな死にます」

「ユズはルナに従う」


 公ではなく私として――友人として尊重してくれている。

 嬉しくもあり、重くもあった。


 もちろん私事だからとって好き勝手に判断していいものではない。

 ルナは冒険者であり、一人の女子でもあるが、それ以前に王女であった。もはや己の人生は己のものにあらず。


「為政者は未来を考えねばなりません」


 未来を考えた上で、何を選択するべきか。


「タイヨウさんの捕獲を最優先にします」


 眼下の大勢の命よりも、シニ・タイヨウを捕まえること――

 後者の方にこそ価値があるのだと、ルナは踏み切った。


 ユズは何も言わなかった。




      ◆  ◆  ◆




 ルナユズペアのさらに二百メートルほど上空をヤンデは陣取っていた。


 ジーサとブーガが瞬間移動を使わないことと、ゲーター含め協力者もいないであろうことを踏まえた上での作戦である。

 接近しすぎれば危ないし、大局も俯瞰できない。その分、離れれば距離差が出るが、そんなものは詰めればいいし詰めるのも難しくはないとヤンデは思っている。

 そもそも高度な相手にもなれば、数百メートルなど誤差でしかない。


「動くなってことね、はいはい」


 ユニオンの他二組と同様、ステルスで気配を消しているヤンデは、ブーガのオーラを受けて気怠そうに両手を挙げた。見るからにやる気が感じられない。


 しかし、パーツ各々でも人間を容易く越えてくるその唇は、いやらしく突き上がる。


「逆を言えば、動けば応戦してもらえるのよね」


 地上のブーガの、その頭頂部、つむじを正確に指してみせるヤンデ。


「……」


 しかし腰までは上がらない。


 仮に勝てる見込みがあれば、とうにやっている。

 それをしないのは、わかっているからだ。


 直感が、本能が、対峙することを避けようとしている――。


「あのファインディとかいう男でさえも勝てるか怪しい印象だった。仮にブーガがそれ以上だとするなら――さすがに賭けはできないわね」


 ジーサの詠唱『ファイア』の可能性も知っているが、そんなものは最初からどうにかできるものではない。

 グレンがつくった巨大なドームの、そのヒビ越しに伝わってきた風圧と熱気――あれはどう見ても人類が出せる威力では無かった。

 なら、そっちは考えるだけ無駄だ。


 ジーサ自体を捉えるのも難しくはない。

 ダメージを与えるのは無理にしても、封じるだけならやり方はいくらでもある。


 そういうわけでヤンデのモチベーションは強者――すなわちブーガとの心理戦であり、その後起こりうるかもしれない戦闘、逃走戦、対話といったものだった。

 ところが、最も信用するべき無意識の部分が、それを拒絶している。


「……はぁ」


 構えた指を下ろす。

 無鉄砲に突っ込むほど馬鹿でもないし、今や王女である。エルフの代弁者としても見られることを考えれば、なおさら無茶はできない。


 静観を決め込むしかなかった。


 他にやることもないため、少しばかりの優しさを見せる。

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