第331話 会議当日5

(いやヒントくれんのかよ)


 ひとまず一か八かのギャンブルにならなくて良かったぜ。


 民の意見という名目で、ブーガは俺を選んだ。

 そして三番目に据えてきた。


(なら俺はサインだと受け取る)


 三ナッツで撃て、だ。

 ブーガはナッツ――至近距離の近衛を瀕死にできる威力、という単位を知らない。

 しかし仮に王宮地下やアウラの1ナッツ、ギガホーンの2ナッツ、グレンの3ナッツと全てを観測しているとすれば、そのどれかを基準と見るだろう。


 三番目だから三。

 この数字が意味するのは、この場合は倍数しかあるまい。

 とすると残りは基準値だが、2ナッツだと6ナッツであり、単位がわからずとも明らかに過剰であることはブーガでもわかるだろう。3ナッツに至っては9ナッツ――論外である。正直俺も想像できない規模だ。

 となれば、基準は1ナッツであり、その三倍だから、


(3ナッツだ)


(ダンゴ。クロ。俺は3ナッツを放つ。――もう少しでお別れだな)


 アンラーの容姿を最低限維持してくれている分を丸々殺すことになるが、もう決めたことだし、コイツらも受け入れてくれた。


 それでも俺は人として、せめて謝意は示したかった。

 バグってて感情は無いけどよ、俺はお前ら二人を家族のように思ってるんだ。


 なら口内発話で言えばいいのに、そうしないのは俺がチキンだからである。

 こんなの恥ずかしくて言えねえよ。いやバグってんだけどさ、それでもだ。くだらないプライドかもしれないが、俺だって男。晒したくないこともある。

 ああ、不器用な父親ってこんな感じなのかもしれないな。


 親父、ねぇ……。元気にしてるだろうか。

 典型的な昭和人間だったけど、親ガチャとしては悪くなかった。母さんより引きずってそうだけど、俺はそれなりにやってっから心配要らねえぜ。


(さて、今は4ナッツなわけだが、どうやって3ナッツをセットするか)


 ちなみに口内発話では詠唱は作用しない。

 俺の体感だが、詠唱は外に向けて音声を響かせる必要がある。もちろんここでそんなことをすれば将軍達に捕捉されるだろう。


(だからこそブーガもお膳立てしたんだ)


 サンダー、ウォーター、ファイアを言え、ともっともらしい手続きを設けているが、俺のファイアという詠唱を知っていると見ていい。

 情報収集能力がエグいんだよなぁ。ひょっとして俺のこと何度も見てたんじゃないだろうかとさえ勘ぐってしまう。


 それはともかく、不自然なく発音できるよう整えたってことは、俺では先手を打てないってことだろう。


(ナッツという魔法やスキルは無い。発現者は俺だけのはずだ)


 楽観的に考えるなら、誰も知らないから疑われることもあるまい。第一、一般人レベル1であるから警戒もさほどしていないだろう。

 が、あくまで楽観的に見た場合にすぎない。


 当たり前だが失敗は許されない。

 封印ルートは御免だ。それで二年間どうにもできなくなったら――


(それこそブーガが強攻策に出る)


 シニ・タイヨウの人生が終わる。

 ブーガが甘くないことは知っている。胸の内を隅々までぶつけられた。俺達は一心同体であり運命共同体だ。ああ、誰よりもわかってるさ。

 滅亡バグでジャースが滅びるまで、俺は何もできなくなるだろう。


 バグというせっかくのチャンスを不意にして、俺は天界に戻ってしまう。また転生させられて、そっちで生を全うして、また戻ってきて別の世界ゲームに転生させられて――生き地獄だ。冗談じゃない。

 失敗してたまるかよ。


「クトガワ。答えよ」

「まず赤子については、ご存知の通り、国が一元的に管理し育てることになっている――」


 一人目の問答がもう始まっている。時間がない。


 要は『サンナッツ』の五文字が言えればいい。

 スキル『ナッツ』は、俺が発現エウレカさせたもので、内部的にはスキル『チャージ』を使うのみ。で、この場合のチャージはリリースの出力率を変えるだけであり、俺自身にのみ作用するもの――ゆえに魔子線といった外部作用は起こらない。

 発動してもバレないはずだ。

 まあ仮にバレるとしても、どのみち発音しないわけにはいかないんだけども。


(俺の発言が許されるのは、三人目の番が来たときだけ)


(かつ手続きの詠唱を発するまでの間だけ)


(ブーガが俺を特別扱いするとは思えない。手続きまでに3ナッツをセットしなきゃいけない――)


「ご苦労であった。では次、二人目」

「サンダー、ウォーター、ファイア」

「問題無い。意見を述べよ」

「オレは強くなりたいです」

「……ふむ。続けよ」


 一人目は前世でも見かけた、若くて美人だけど食事に興味がなくてガリガリ寄りの貧相と化している量産型スレンダーって感じの女だったが、二人目は色黒で芸能人みたいな白い歯をしてて、ネックレスとかつけててサーフィンしてそうな男。


「将来は将軍にまで登り詰めて、この国に貢献したいです。この国ではどうすれば最短でなれるでしょうか。また、もっと最短にできる余地はあるでしょうか。あるなら取り入れてほしいです」

「ふむ。私が答えよう」


 ブーガはあぐらをかくと、刀身剥き出しのロングソードを両膝に乗せる。錆だらけで、一般人でも折れそうなくらいボロい。

 それを愛おしそうに撫でながら、


「まずはレベルと身体感覚である。レベルはお金や人脈、魔法、スキル、健康といった何物よりもはるかに大事であるが、これだけでは足りぬ。レベルがもたらすパワーで動かすのは自分の肉体だ。肉体は最大の道具である。道具は扱い方を心得ねばならぬ。その練習はレベル1でもできることだ。いや、魔法やスキルにとらわれぬレベル1だからこそできることだ」


 ロングノードを愛でてる意味はわからないが、くそ、こんな時に限って俺も聞きたくなるようなこと言いやがる。

 マジで何なの。アンタがもっと協力してくれたら、俺はこんな窮地にはいねえと思うんですけども。


 とはいえ、もしかしたらヒントをくれるかもしれないので傾聴は必至だ。


「我らを目指すというのであれば、まずは特区でゆとりある生活を実現してみせよ。それほどの情熱と要領があるのであれば、冒険者になっても大成するであろう。逆に、その程度もできないようであれば、どの道、我らには届かぬ」


 しっかしまあ、間もなく俺が全部壊すというのに、そんなことはおくびにも出さないでしれっと皇帝やってら。

 今さら何言っても仕方ないし、他の手も無かったわけだが、俺はとんでもない化け物と組んだんだなと思い知らされる。


「もう一人ほど語ってもらおう。貴殿が選ぶが良い」

「オレが、ですか」


 ブーガの上目遣いを受けた男は、しばしの当惑を見せた後、両手でどぞどぞのジェスチャーで一人の美将軍ジェネラレディを示す。


「イリーナ。答えよ」

「はい。私は権威を最大限活用しています。皇帝ブーガ様の補佐を務めさせていただいている傍ら、娼館セクセンにて娼者プロスターとしても働いております。本国と娼館、二つの権威の下でこの身を捧げ、邁進してまいりました。その結果が今の私をつくっています。結果は求めるものではなく、後から追いついてくるものです」


 長い物には巻かれろってことか。俺は嫌いだけどな。

 巻かれて息できる奴ならそもそも苦労はしねえ。


「では三人目」


(ちょいちょい!? いきなりすぎるだろ!)


 皇帝の上目遣いが俺を向く。いきなりすぎて変な口内発話してしまっただろうが。

 このまま4ナッツ放ってやろうか? ん? 三番目に据えたってことは、4ナッツだとお前も危ないってことだよな。正直瀕死になったアンタも見てみたいし。


(クロ。心臓の血流を詰まらせろ。一般人が死なない程度に、でも苦しんで胸元を押さえてしまう程度に)


 幸いにも策はもう思いついてる。演技のリアリティを持たせるためにあえて命令をしつつ、


「あ、痛っ――すいません、緊張すると、胸が苦しくなって」


 胸を押さえつける俺。指を胸に向けることが重要だ。ここからリリースを放てばゼロ距離で自爆になる。


「良い。まずは詠唱をせよ」

「うぐっ、ううぅ……すみません、誰か薬を……サンナッツという植物でも良い、のですが……」


 よだれも垂れてるし、発音のアクセントも変えたからか、バレていないようだ。


「ふむ。心臓であるか」


 瞬間、クロが意図的に引き起こしていた心臓内の詰まりポイントが、すーっと引き始めた。鼻づまりが引くのに似ている感じだが、体の内側から感じるのは不思議な感覚だ。

 それはともかく、回復魔法を撃ち込んだのか――いや、それを検出したクロが自ら再現しているだけだな。俺は回復効かねえからなぁ。


「え、あれ……あ、ありがとうございます! 嘘みたいに楽です!」

「良い。早く詠唱せよ」

「はい! サンダー、ウォーター、ファイア」


 こんなあっけなくていいのか?


 拍子抜けとはこの事だ。

 いやここまで俺が用心を重ねたからこそだが、それでも本番というものは、無難に行けばつまらないものである。


 あぁ、久しぶりだ。

 決して忘れることのない開放感が俺を包んだ。

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