第330話 会議当日4

 ミスリルポールを囲むのは八名のダグリン将軍達――。

 その円陣の三歩外にて、情報屋ガートンの社員二人が並んで直立する。


 うち一人、男性社員マルクリッドの正体はスキャーナである。


(また社内が荒れそうだなぁ……)


 先ほど皇帝補佐イリーナと軽く打ち合わせを実施した。

 曰く、ダグリンは外府ガートンの活用を強化するという。その一環が、この将軍会議の取材および報道である。


 この国は巨大な市場だ。それも独裁者によって棲み分けもなされており、利権が手に入れば事実上の独壇場になる。

 情報屋として選ばれたのはガートンであり、ジャースには競合もいない。

 よって本件を手にした者が丸々成功を手にするに等しい。そうでなくとも将軍とのコネクションを得る好機でもある。


 権力闘争は火を見るより明らかであった。


(にしても危なかったな。ファインディさんに用意してもらえてなければ今頃……)


 まだ担当将軍はいない。外府ギルド統括はギケーシだが、外府ガートン統括は不在で、皇帝補佐が暫定であった。

 そのイリーナの底力を早速見せつけられた形だ。


 システム『ケージ』。


 イリーナの十八番おはこであり、様々な檻を瞬時に展開できるようだ。

 檻は感覚とリンクしているらしく、内部の状態を高密度に把握する。そうでなくとも空間全体に蓋をすることができ、空間点検にはもってこいのスキル群システムだろう。

 最大の特徴は無速度スピードレスの展開速度であり、詠唱速度で上回らない限りは先手を取られてしまう。その詠唱も抜群に速い。


 もし隠密ステルスで潜むやり方を選んでおれば、あの時に見つかり、捕縛されていたに違いなかった。


(でも、こんなもんか……)


 今はまだ実力が足らないが、負けるビジョンが浮かばない。


 そうなのだ。

 それなりの冒険者だからこそ、自分のセンスというものもわかる。


(ぼくには天性のセンスがある)


 このまま順調に過ごせば第一級冒険者くらいにはなれるだろう。

 皇帝ブーガや上司ファインディはわからないが、そこに近接する程度の強者にはなれるだろう。

 なりたくてなれるものではない。間違いなく恵まれている。


 だけど。


(そんなの待ってはいられない。今、会いたいんだ)


 視線やオーラを向けることはないが、ちょうど正面の、最前列の一つ後ろにアンラーが――ジーサがいる。

 今も素知らぬ顔で完璧に一般人を演じている。


(何もしないのかな。何かするのかな。ぼくはどうするべき?)


(この状況下では何もできないよ)


(できないことが悔しい。学園の優等生? ガートンの若手筆頭? そんなのはどうでもいい。ぼくは今、欲しい)


(――いや、仕事しなきゃ。ファインディさんの顔に泥を塗ってはいけない。あの人はそんなこと気にしないけど、体裁上処罰はある。お仕置きは嫌だ。どうせ鍛錬に付き合わされるに決まってる……)


 みっともない本心が出たところで、スキャーナは苦笑を乗せる。もちろん内心で、だ。

 表面上は石像のように微動だにしない。

 隣の社員も同様で、私語などもってのほかだが、このレベルの重圧にはまだ慣れてないらしく、かすかに震えている。


「ふむ。全員揃っているな」


 午後一時。客席から皇帝が出てきた。

 軍部冒険統括ユナキサの一突きも難なく受け止め、その衝撃を「【衝撃圧縮檻インパクト・コンプレッション・ケージ】」イリーナが吸収する。


(長い詠唱なのに速すぎる)


 スキャーナはイリーナの口元を視認していたが、速度の次元が違うと感じた。


(ろくに見えなかった)


 振動の読み取りには長けているから何と言ったかは後追いでわかるものの、戦闘ならば命取りだろう。

 魔素が飛び散る無詠唱の方がまだ捉えやすい。


「議題を一つ持ってきた。民の意見をこの場で聞き、貴殿らにはこの場で回答してもらう」


 いきなり喋り始めたブーガの音声が、振動交流バイブケーションによって会場全体に拡散される。

 一般人相手でも威圧にならないほどに柔らかくて上品な流し方だが、その繊細な制御がかえって恐ろしい。


 レベル1であっても、本能的にわかるのだろう――

 あれだけ賑やかだった音声がぴたりと止んだ。


 少しでも声を漏らした瞬間、殺されるかのような。

 別にそんなルールなど無いのに、客席は息苦しい緊張感に包まれた。


(軍部懲罰隊統括ノウメ)


 分厚い着物を着込み、目を閉じて正座している女性――彼女による中継なのだとスキャーナはかろうじて理解できた。


「民は無作為に選ばせてもらう。観覧する国民の諸君、これより十人ほど選ばせてもらう。選ばれた者は浮遊させて私のそばに置く」


 デモンストレーションとばかりに浮いたのは、常人なら窒息するに違いないほど隙間を潰した装備品づくめの男。


(軍部監獄統括ゲダンタン。これを軽々持ち上げるなんて……)


 レベルの高い肉体ランカーフィジカルを魔法やスキルで持ち上げるには相当のレベルを必要とする。

 無詠唱で軽々持ち上げられるのは格上だけだ。


(ぼくでは到底敵わない将軍を、軽々持ち上げる皇帝……)


 ブーガ・バスタードは別格なのだと思い知らされる。

 毎週将軍会議に参加する将軍達はなおさらだろう。もちろん従わなければ処断される。実際そうなった将軍も何人もいる。


 涼しい顔で佇む彼ら彼女らの胸中は一体どのようであろうか。


「十秒後に開始するゆえ、心の準備をせよ。十、九――」


 ブーガのカウントダウンだけが虚しく響く。

 その秒刻みはスキャーナの体感では極めて正確で、それはブーガがスキャーナ程度の解像度とは無縁の、細かい世界にいることを意味している。この一点だけ見ても、現時点では雲泥の差があることがわかる。


 レベルの暴力は、ありとあらゆるタイミングで顔を出すのだ。

 それでもスキャーナは慣れているから平気なものの、隣の社員に至っては恐怖しながら絶望もしているという、何とも器用な横顔を浮かべている。ぎりぎりだ。あと一つ刺激が加わったら、よろけるだろう。


「――二、一。零。【無作為選択ランダムセレクト】」


 客席から十箇所ほど突出する。一般人の身体を傷つけず、びっくりもさせないよう、歩行程度の速度で五メートルほど浮かされた。


(ジーサ君もいる……)


 十人の中にはアンラーも含まれていた。

 アンラーは無難に驚く演技をしている。浮いている状態の慌て方や身体の動かし方もレベル1を脱していない。どこまでも役者だ。


(……偶然じゃない。これを狙ってたんだっ!)


 冒険者の直感が警告を鳴らしている。


 何か仕掛ける気なのだ、と。

 そしてジーサにできることと言えば、一つしかない。


(逃げないと)


(火力は知ってるよ。ぼくは間違いなく死ぬ。客席も。空も。たぶん将軍も)


(でも皇帝補佐イリーナがいる。ジーサ君のレベルがアナスタシア水準だとしたら、先手は取れない)


(仮に放たれた場合、皇帝自身も無事じゃないと思う)


(でも二人は組んでいる可能性が高い。殺す真似はしないよね?)


(杞憂なのかな。単に正式に抜擢にするとか?)


(わからない。何をするつもり、なの……?)


 可能性は多数あれど、直感は無視できない。

 スキャーナの意識は、戦略は、逃走と生存に傾き始める。まるで天秤の片側を押さえつけるかのように。


 それを無理矢理食い止めて、冷静に俯瞰にも努める。本当なら深呼吸でもしたいところだが、この状況では怪しまれるだけだ。

 ただただ生理反応を強引に鎮めながらも、スキャーナは頭を回転させ続けた。


「――貴殿らには国に対する要望や不満を述べてもらう。この順番で行ってもらう」


 ポールに座るブーガの頭上に集められた特区民十人が、一列に並び替えられる。

 混乱させないためだろう、並び替える時に使う『無作為選択ランダムセレクト』は無詠唱であった。

 アンラーは三番目だ。


「意見を述べる前には詠唱を言ってもらう。サンダー、ウォーター、ファイア――この通りに発音するが良い。これは侵入者のあぶり出しである。貴殿らは特区民であり、レベル1であるはずだ。もし詠唱の後、魔法の発動が確認された場合は、この場で処刑する」


 十人の民はピンと来ない様子だったが、処刑の一言で露骨に狼狽え始めた。「落ち着くが良い」それをブーガが沈静化させる。

 糸のような微細な視覚効果エフェクトをスキャーナは認識した。

 脳に突き刺しているようであった。


(回復魔法で平静を戻した? そんなことができるの? ううん、違う)


 興味深い現象だが、今考えることではない。


「では始めよう。一人目」

「は、はい……」


 十代後半と思しき女性の、汚れなき唇が震えている。

 沈静の回復魔法は何度もは撃たないらしい。人生経験としてあえて積ませるつもりだろう。一般人には酷だろうが、実力者は過酷に倒したがる。


「まずは詠唱をせよ」

「さ、サン、ダー……」

「サンダー、ウォーター、ファイア。全部言わねばならぬ。区切らずに明瞭に言え」

「サンダー……ウォ、ウォーター……ファイア……」


 言い終えた瞬間、がばっと頭を抱え込む女性――

 だが、彼女からは魔法は発動していない。


「ふむ。貴殿は問題無い。続けて意見を述べよ」


 ここで回復魔法の糸が撃たれる。「あ、え、あれ……」精神状態をいじられたようなものだ、困惑しているのだろう。

 それでも恐怖下のまま喋らせるよりは早い。


「私はナーサリーに勤めています。赤ちゃんも子供も大好きで、授かりたいと思っていますが、私は産めない体です――」


 目上に要求なんてしていいのか、と半信半疑の面持ちが見て取れるが、「良い」皇帝が直々に肯定する。


「私が保証する。貴殿に楯突く者があれば、私が処分しよう。お礼の言葉も要らぬ。述べよ」

「――そんな私でも、子供を持てる制度が欲しい」

「クトガワ。答えよ」


 小太りで頭の禿げた男――政府政治統括クトガワが、閉じていた目を開く。


「まず赤子については、ご存知の通り、国が一元的に管理し育てることになっている。子供は国の宝であり、一元的に水準を担保するのが理に叶っているが、赤子はまさにそのスタートラインであり繊細な生物でもある。素人に任せることはできない。次に幼子だが、現状の方針としては――」


 特に時間制限は設けていないらしく、好き勝手に語らせるようだ。ならばある程度時間を稼げる。

 スキャーナは半分以上聞き流しつつも、ここからどう逃げるか、できればアンラーとどう逃げるかの策を錬り始める。


 かんたんではないことはわかっている。おそらく不可能であることもわかっている。

 それでも、諦めたらそこで終わりだ。

 後先や未来を考えている場合でもない。事態は絶体絶命なのだ。


 スキャーナは脳を捻って、絞って、ちぎるつもりで集中に堕ちる決断をした。

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