第329話 会議当日3

 第七週十日目ナナ・ジュウ十二時三十二分。

 雨どころか曇りすらないジャースの晴天に照らされるここは将軍会議会場、特区3534群。

 本来なら木々や岩さえも見当たらない荒野っぷりで、どこを見ても地平線、時々コンテナ時たま通行人程度の地味な光景を味わえたのだろうが。


(人が多っ)


 この群衆を見て最初に思い浮かべたのはコミケだった。

 人数は千どころではなく万の単位であり、会議の会場であろう場所から同心円状に人混みが広がっている。


 外側は事実上お祭りだった。屋台や露店が多く、酒を飲みながら駄弁ってたり食べ歩きしたりといった光景が至るところにある。

 用は無いのでスルー。


 内側に行くにつれて客席の様相を呈してくる。

 整理は行き届いており、岩製の柵によって客席と通路が交互に区切られている。前世だと木が使われるが、ジャースだと岩が多い。土魔法でつくりやすいからだろうな。

 まるでスタジアムのようだが、そう呼ぶには違和感がある。高低差も無ければ椅子も無い。


「押すなよオイ、こら」

「ここからじゃ見えんぞ! もっと進めぇ!」

「無視すんなこら」


 前世との違いを上げるなら、順番や席という概念がなく現在進行形で取り合いが起きているところか。

 俺も既に前進中だが、まるでスーパーのタイムセールかラッシュ時の満員電車みたいな居心地の悪さで揉みくちゃ必至だ。「ちょっとアンタ大丈夫かい!?」ありがとう、優しいおばさん。大丈夫なんで。たぶん前世で一番慣れてる民族なんで。久しぶりだったからバランス崩しただけだ。


「違反者は拘束だ!」

「そこ! 殴っただろ!」

「凶器は出しただけで連行するぞ!」


 懲罰隊員も出動しており、俺達に聞かせるように大声を上げながらも違反者――暴行や乱暴を働いた者を物理的に浮かび上がらせては連行している。

 どこかで誰かが話していたが、監獄エリアジェイルの人員を増やす目的もあるんだとか。真偽はわからんし、興味は無いし、近づきたくもないし、それどころじゃねえけど。

 てか凶器って。どの世界にも頭沸いてる奴はいるってことかね。だからそれどころじゃない。


(とりあえず最前席)


 この分布から見て、中心部に将軍全員が集まると見て間違いない。確実にリリースを当てるためにも接近はマストだ。

 上手く人をかき分け、くぐり抜け、邪魔なのは体勢を崩すなどして分け入る。

 分け入っても分け入ってもむさい人――お、後ろ姿美人のお姉さんだ。ワンピースなのに尻がくっきりしている。


 もちろん突破する。

 足払いは二倍の体重差がなければ耐えられない。はい終了。派手に尻餅つかせちゃったが、その尻ならさして痛くはあるまい。

 一応落ちる直前に支えてやったから衝撃もたかが知れてるはず。代わりと言っては何だが、尻の感触はいただいた。


(良さがわからん)


 痴漢で最も触られる部位だというが、視覚的魅力はともかく触覚的に何がそそるのかがわからない。筋肉寄りの感触って男を想像しないか?

 俺だったら胸に行くぜ。


(痴漢はやめような)


 相棒達に一方的に独り言ちながらも、俺はずんずん進んでいった。

 フレアとの逃走戦と比べればぬるま湯だ。ここ会場でも鉢合わせら厄介だと思っていたが、この人混みなら心配無いし、タイムアップも近い。


 程なくして最前列の一つ後ろに来た。

 どこも既に満員だったし、譲ってもらうコミュ力も無いのでここで妥協するか。


 ぐいぐい押し込んでくる奴らには全力で抵抗する。


 感覚的には前世の電車と大差無いな。

 強引なねじ込みとか身体掴んで引っ張るとか、あるいは俺がそうしたようにこかしてくる程度はあるが、露骨な暴力は無い。懲罰隊という暴力装置はかくも優秀である。前世も見習ってほしい。

 もちろん、してやられる俺でもなく、死守を続けて。


 十二時四十五分――


「これ以降は席取りを禁止する!」


「通路にも立ち入るな! 今居る者は速やかに出ろ!」


「将軍線より内側は死罪である!」


 将軍線とは最前列の内側のことだ。

 それはともかく、振動交流バイブケーションによるアナウンスである――あれほど騒々しかった押しくらまんじゅうが嘘のように止んだ。


 誰も懲罰隊の世話にはなりたくないのもあるだろうが、振動交流の、こう耳に音がぬるっと入ってくる感じが怖いよな。

 戦意どころか生命を喪失するような、不思議な感覚がある。恐怖よりも先に身体がロックされる。

 シッコクが多用していたのも、効果的に威圧できるからだろうな。


 ……今何してんだろうなアイツ。頼むから俺の前には現れてくれるなよ、と祈るのはかんたんだが、そうもいかないだろうなぁ、絶対しぶといし強いし。まあ利害が衝突しなければ不干渉でいてくれるとは思うが。


「若えの。一人か?」


 前のおっさんが振り向いてきた。


「そうですけど」

「目当ては? オレはイチノ将軍だぜ」


 美将軍ジェネラレディの話は聞いてる。イリーナ、イチノ、ノウメだったか。


「あの、よろしいんですか?」


 おっさんの隣、奥さんと思しき若妻に視線を向けると、「良くねえな」がははと笑いながら肘鉄を食らっていた。

 横腹へのクリティカルヒット。かなり痛そうだが……ああ、涙目になってる。


 それからもしばらく話した。

 若妻の方は皇帝ブーガを一目見たいらしく、将来は政府に就きたいらしい。美人だがスパルタが好きそうな冷たさで、おっさんは付き添いだそうだが完全に尻に敷かれている。

 将軍ファンのアンラーとしてははしゃぐ場面なのだろうが、取り繕う相手もいないため、ひたすら傾聴に徹していた。


 十二時四十九分――

 最初の将軍が到着する。

 事前に下見していたのだろう。ゲートからの来訪だ。自分が行使したというより、配下の者に使わせたという印象。


「イリーナ様だ」

「イリーナ様!」

「イリーナさまっ!」


 ライブハウスのような小規模な熱狂は聞き流すとして、ようやく観察に入れる。


 中央には青と銀が混ざったかのような色合いの棒が刺さっている。見覚えがあるし、周辺大気の異様なブレなさからもわかる――ミスリルだ。

 地面から出ているのは二メートルほどだが、たぶん地中では十倍は長い。


 イリーナと呼ばれた女は、一言で言えばロリ巨乳だった。

 身長は150も無いが、出るところは出ているし、露出も多い。ゲート先の妖しい雰囲気から考えても、娼館サイドの人間だろう。


(深追いはするなよ)


 ダンゴ達、というよりは自分に言い聞かせる。口内発話が聞かれないことのテストも兼ねている。

 ヤンデにもバレなかったから問題無いはずだが一応な。


 どうせ俺程度では将軍級とは渡り合えない。

 ただの一般人として、雲の上の人を崇めるかのように過ごせば良い……いや、この熱気を考えればアイドルとそのファンって感じか。鎮まらないと弾圧される、みたいなヒエラルキーは無い。

 というわけで、無難にガン見しておく。


(空にもヤバいのが一人いるな)


 特区民以外の国民はいないため、いるとすれば領空外三百メートルより先だ。

 てっきり外部の観覧客が多いかと思いきや、十人もいない。俺の認識能力だとあやふやだが、全員鳥人の形状をしていると思う。いや、一人だけ人間がいる。


 問題は、その中にミーシィらしき気配があることだ。

 交易区域コマースゾーンで相対したからわかる。鳥人の空気振動は人間よりもはるかに情報量が多くて、スマホの画面とタブレットの画面くらいに違う。

 だからわかる。あれはたぶんミーシィ。前みたいにオーラをぶつけてきてないのがせめてもの救いか。目立つからやめろよ本当に。


(その隣の奴がヤバい)


 気配だけで禍々しさが演出されるのは鳥人だからだろうか。怨敵を探していて、見つけ次第即行で貫いてきそうな、そんな危うい圧がある。

 レベルはよくわからん。

 オーラも撃ってこないし、撃ちまくって探る様子もないが、第一級だと言われても信じるかもしれん。



 ――あー、でもお姉ちゃんがうるさそう……


 ――そだねー。控えめに言って殺されると思う。



 思い出した。そだねーじゃねえよ。ミーシィの姉だ。

 シスコンなのだろうか。エルフのリンダさんとどっちがこじらせてるか。ともかくミーシィさん、頼むから俺に目をつけてることはバレないようにしてくれよ。オーラもそうだが、凝視するのもナシで頼む。


(ノイズにとらわれるな。やるべきことをやれ)


 将軍線の円周がざっと半径十メートルで、イリーナが座ってるのは中心から二メートルほど離れたあたり。

 実力者には誤差の範囲だが、この差が生死を分ける可能性もある。少しでも直感で行動できるよう、この地形を頭に叩き込む。といっても将軍を差し置いてきょろきょろするのも不自然だから、あくまでもイリーナに見惚みとれる体は崩さない。


「イリーナさま!」


 男児の声だった。アニメのヒーローに向けるような声音だ。直後、「バジル!」美味そうな名前だが人名だろう。そして母親だろう。

 その子はイリーナに近寄りたいらしく、通路に出た後、中央へと向かっていく。


(懲罰隊が仕事しないな――ああ、そういう)


 想像どおり、男の子が線を一歩越えた途端、ズドンと。

 一般人には過剰な空気砲が打ち込まれて。


 死体は


 俺はアンラーの演技として口に手を当て絶句しつつ、「見せしめだな」おっさんの気の毒そうな言葉もスルーしつつ、改めて思う。


(原型を留めたままあそこまで吹き飛ばすのは普通じゃないぞ……)


 一般人の人体に相当慣れてないとできないはずだ。娼者プロスターとして一般人も相手にしてるから、なのだろうか。

 何にせよ無詠唱だったし、さすがは将軍といったところか。


(このクラスがあと七人――ダメだ、考えるな)


 雑音にとらわれるな。

 俺のやるべきことは一つ――リリースを撃つことのみ。


 グレンさえも殺せるんだぞ。将軍とはいえ為す術はない。放てば勝ちだ。

 そもそもブーガが持ちかけてきたってことは、俺に勝算はあるということ。


 なら案ずることはない。


(本質だけを見ろ。確実に放てる確証を掴め。ブーガだけ生かせる量を導け)


 ちなみに既に4ナッツをセットしている。

 3ナッツとどっちがいいかで迷ってんだよなぁ。

 勘だが、4ナッツだとブーガも死ぬかもしれないし、逆に3ナッツだと将軍を一人くらい取り逃しそうな気がする。

 いやグレンは殺せたわけだが、第一級クラスのタイプにも色々ある。1ナッツで瀕死するアウラもいれば、2ナッツでもケロッとしてるギガホーンみたいなのもいるわけで。

 いずれにせよ至近距離だったわけだが、今はそうじゃない。最も近くて八メートル、最も遠ければ十八メートル近くは空くことになる。


 この距離差がどれほどの影響を及ぼすのか――たとえば反応されてゲートで逃げられたりする余地を与えてしまうのかどうかは正直わからない。

 ただ、3ナッツだと危ない気がするし、4ナッツだと過剰な気がするのだ。


 わからないからこそ、確証が欲しい。

 冒険者も直感が大事らしいが、俺はまだそこまで自信を持てない。


(展開は二通り考えられる。一つ、ブーガがさりげなくヒントをくれるパターン)


(そしてもう一つはノーヒントのパターン)


 グレンの時と同じだ。下手な小細工をかける余裕はない。

 第一級ですらない俺は詠唱することだけに専念するべきだ。


 もしノーヒントだった場合は、このまま4ナッツで行く。

 ブーガも死ぬかもしれんが、もう賽は投げられた。今さらどうしようもない。


(ノーヒントの可能性が高いんだよなぁ)


 ここまでブーガからの干渉は皆無に等しい。

 俺に全てを託している。自分の命さえも。その狂気はあの一晩で話してよくわかったが、


(いやヒントくれよマジで)


 今さらむかついてきた。いやバグってて平静ではあるけれど、それでもだ。

 もし成功したら、リリース耐久実験に付き合ってもらうからな……。


 それからももう一度だけ見せしめの処刑はあったが、続々登場する将軍のインパクトの方が強く。

 客席はすっかりコンサートのような盛り上がりだった。

 反面、将軍線の先はしんとしていて、誰一人何も喋らない。いや一人だけ、デミトトとかいう性欲強そうなおっさんはニヤニヤしながら美将軍を視姦してたけど。


 量産型の黒スーツ男も二人いる。ガートン職員だ。取材だろうか。

 応対しているのはイリーナだが、なんか空に撃ってるな。

 檻というか、網というか、漁を彷彿とさせる広域な視覚効果エフェクトで、どうも領空内を囲んでいる模様。たぶん隠れてる奴をあぶり出しているのだろう。用意周到だ。


 そうして全員が出揃い、ガートン職員も含めて舞台が完全に静かになった後。


 午後一時。


 主賓が降り立つ――ことはせず、「ふむ。全員揃っているな」客席最前列から太ったじいさんが線を越えてきた。

 だよな。アンタ、変装も鬼のように得意だよな。


 将軍達は即座に臨戦体勢である。

 ユナキサだっけか、パレオみたいな短い布を腰に巻いてるだけの槍男が、俺にも視認が怪しい速度で一閃――


「……さすが」


 指でつまんで止められたことで、ユナキサはおとなしく、しかし嬉しそうに自席に戻った。

 他の将軍含め、感情の乱れた様子は無い。やっかみくらいありそうなものだが。日常的な営為なのだろう。


 衝撃波の類はイリーナが吸収したと思われる。何か唱えたようだが、声が小さすぎて聞こえなかったし、


(詠唱速度と展開速度速すぎね? 俺の詠唱で先回りできんのかこれ……)


 考えるなと言い聞かせているのに、つい心配が顔を出す。


 じいさんの変装が解除された。

 青髪のポニーテールが姿を見せたが、服装はぼろぼろで尻とか穴空いてるし、ロングソードも錆だらけだった。何考えてるかなんてわかりゃしない。結構な天然だとは思うんだが。


 皇帝ブーガのお出ましだ。

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