第328話 会議当日2

「そうだろうか。僕には怪しく見えなかった」

「意外と節穴なのね。どう見てもレベル1の範囲を越えてるじゃないの――って何かしらルナ」


 ルナ、ユズ、ヤンデ、アウラ、ラウル――ラウルが『ユニオン』と名付けたシニ・タイヨウ捕獲チームは、まさにアンラーとフレアの逃走戦を空から観察していた。


「いーえ。私達がそういう目を養えたのもつい最近であって決して威張れるものでもないなと思いながら見ていただけです」

「養えているのは事実よ。マウント取って何が悪いのかしら?」

「強いて言えば性格じゃないですかね」


 ユニオンの一行は隠密ステルスを施し、アンラーからおおよそ五百メートルの高度を保って飛行している。

 どちらも苦手なのはルナとラウルで、ルナはユズを肩車、ラウルはアウラの肩を地面にして立っている格好で全面的に相方に任せている。ヤンデだけは一人で寝そべる体勢となっており、王女やエルフの面影は無い。


「レベル1なんて見向きもしなかったけど、そうか――これからはそういう戦い方もありえるんだな」

「何一人でカッコつけて納得してんのよ」

「君達が職練で取り組んでいる活動、『プレイグラウンド』といったかな。今度僕も混ぜてもらえるかい?」

「お断りよ。第一級冒険者が貧民エリアに通っていいわけないでしょ」

「変装すればいいさ。な、アウラ――アウラ?」


 ラウルが見下ろすと、アウラは突き立てた杖に顎を預けており、げんなりとしている。あざとさの演技は欠片もなく、「お疲れ様です本当に」ルナが思わず改めて労うほどだった。


 アンラーを発見できたのはアウラの尽力が大きい。

 タイヨウやジーサの性格から考えれば、朝一で行動を始める可能性が高い――そう考えたルナとヤンデの意見を踏まえて、今日早速特区全土をスキャンしたところ、朝六時から外出する者が十数ほどヒット。

 移動自体はユズとヤンデに任せっきりだったがスキャンしたのはアウラであり、得意技でもある人の体外気流エアー・オーラを読み取る『体外気流感知エアウェアネス』を用いたのだが、特区とはいえ全土を短時間で調べきるなど規格外の処理能力であり、ヤンデのマジ引き顔を引き出すほどだった。


 ともあれ対象を絞れれば、あとは個別に見ていくだけだ。ルナとヤンデが直々に観察を行い――

 それで一般人超えのパフォーマンスを出していたのが、眼下の男だったというわけである。


「回復はしただろ。いつまでだらけてる」


 げしげしと肩を踏んだり、側頭部を蹴ったりするラウル。

 もちろんこの程度はダメージにもならないし、付き合いが長くて遠慮も要らないのもわかってはいるが、それでも女性に対する扱い方ではない。

 残る三人は無言で憐憫の視線をおくるのだった。


 地上のアンラーを追いかけるだけの、静かな時間が続く。


 それも数分ほどで破られた。


「ラウル。私達がなぜ静観しているのかを、もう一度教えてもらえないかしら」

「……何が言いたい?」


 相方の覚醒を諦め、背中から抜いた二本の大剣のメンテナンスをするラウルがその手を止める。


「あれを今からさらった方が早いんじゃないのって言ってるのよ」

「ダメだ」


 即答するラウルに全員の視線が集まる。


「あれは十中八九ジーサよ。今なら無関係の市民を巻き添えにせず攫える」

「そういう問題じゃない。国に気付かれたらどうする」

「皇帝でもなければ出し抜けるわよ。私もいるし、ユズもいるわ」

「その皇帝がいたらどうする? いないと証明できるかい?」


 常識的に考えれば、忙しい皇帝が偶然こんな所にいるとは思えない。

 そしてルナはともかく、ヤンデやユズほどにもなれば、隠密や探索といったもののポテンシャルもわかる。いくらブーガであっても、今この場所で攫われようとする一般人を知ることなどできやしない。

 それくらいラウルもわかるはずなのに。


「竜人協定に縛られている師匠がなぜ巷で恐れられているか。なぜ誰もダグリン共和国に立ち入ろうとしないのか。その理由をよく考えてほしい。わからないなら、今から教えてやるよ」

「偉そうに」

「せっかくですし、聞きましょうよ」

「聞かないとは言ってないわ」


 苦笑してなだめるルナと、腕を組んでふんっと不機嫌丸出しの態度を出すヤンデに対して。

 ラウルはどこまでも真顔で、声音にも真剣味しかなかった。


「ヤンデにはFクラスの時にも話したと思うけど、師匠は国の在り方として、強者による繊細な独裁が理想だと考えている。ダグリン共和国は皇帝ブーガ自らが体現したサンプルと言っていい」

「ブーガがここにいるいないの話なのだけれど、どう繋がるのよ」

「そんな師匠にとって最も厄介な問題は、自分を脅かしうる強者の存在なんだ。独裁は武力で圧倒できないと成立しないからね」

「気に入らない強者を殺すとでも言うのかしら? それこそ竜人が黙ってないわよね」

「だからこその国家さ」



 罪人なら処刑できるだろ?



 その一言で、場が腑に落ちる。


「……たしかに、第一級冒険者が処刑された事例も聞いたことがあるわね」

「あの男を攫うと、不法入国と国民拉致の罪を犯すことになるわけですね。罪はどれくらい重たいのでしょう?」

「投獄、罰金、体罰が基本だけど、ここは師匠の国だからね。皇帝なら何でもできるさ。それこそ死刑も」


 格上に殺されるリスクがあるということ――


 冒険者だからこそ、たとえわずかな可能性であっても見逃せない。

 ヤンデにはもう先の提案を続ける意思は無かった。


「それでもまだ繋がらないわよ」


 そうではないことを願うかのように、か弱めの声で続きを問う。


「師匠は何もダグリンの国民にこだわっているわけじゃない。その対象はあくまでも全人類だ」

「壮大ですね」

「ジャース全土をダグリンのやり方で統治することが師匠の人生目標と言えるだろう」

「……壮大ですね」


 どこか他人事だったルナも冷や汗を流す。

 直接ブーガと面識があるわけではないが、ラウルの雰囲気と、きゅっと細い太ももで首を締めてくるユズの静かな畏怖を受ければ伝染もする。


「そうした場合、師匠にとって厄介な存在とは誰か」

「――私達ね」

「もちろん露骨に消すわけにはいかない。協定もあるし、ただでさえ国も世界も危ういバランスで成り立っているからね。でもやり方が無いわけじゃないんだ」

「罪を犯した相手であれば、皇帝として堂々と処刑できるってわけね……」

「国の範疇だから、竜人協定も及ばず竜人が出てくることもありませんね」


 まるで強者と相対しているかのような緊張感が醸成されていく。

 ルナも、ヤンデも、ユズも。


 たった今理解したからだ。


 もしブーガが自分達の動向を知っていたとしたら。

 処刑できる好機と考え、今も罪を犯すのを待っているのだとしたら――


 無いとは言えない。

 そもそもブーガはジーサと関係を結んでいる可能性が高い。

 ならば護衛のように高頻度で注視していてもおかしくはない。


 ブーガ・バスタードは大陸一の剣士ソードマンとして知られるが、レベルと魔力量も随一だ。ステルスを含め、あらゆる魔法やスキルに精通しているとされる。


 ひょっとすると、今も近くで潜んでいるかもしれないのだ。


「観察に徹している理由。わかってもらえたかい?」


 話は終わりとばかりに、ラウルは大剣の手入れを再開する。


「……だったら最初からそう言いなさいよ」


 鞘だけが残った背中をヤンデが蹴り上げるも、ラウルは手入れに夢中で相手にしない。横顔も晴れないし、体調の戻ってきたアウラもさっきから一言も茶々を入れてこない。

 まるで師匠との戦闘を想定しているかのような気迫さえあった。

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