第326話 観覧予定2

 同日夜八時半の、ある歓楽街。

 どの通りも夜とは思えぬほど明るく賑やかである。


 アルフレッド王国地方都市オベリオ。

 王都リンゴのはるか東に位置する迷宮の大峡谷ラビリンス・キャニオン内にひっそりと、しかし絢爛けんらんと君臨する歓楽街だ。

 他の街との距離も遠く、まともな城壁も無いためモンスターも普通に立ち入ってくる場所であり、事実上それなりの冒険者しか生存できない。


 そんなオベリオの、娼館の栄えたエリアを歩く一行がいた。

 本来ならひっきりなしに呼び込みの声がかかる場所だが、誰も、一声もかけようとしない。


一般人レベル1のくせに堂々としてるわねアンタ」

「守られてるからねぇ」


 白の半袖Tシャツにベージュの半パン、とラフな格好で並んで歩くのはガーナとカレン。非番の娼者プロスターを思わせる格好である。

 その前を歩いているのは、娼者のいやらしさとは無縁のドレスを着こなしたハナだ。

 もう一人、護衛のレコンチャンもそばにいるが、隠密ステルスで姿を消している。オーラは散らしているため、同格以上か自殺志願者でもなければ絡もうとする者などいない。


「大貴族がいたら便利よね。アタシ一人だとホントうっさいから」


 オードリー家の長女だけあってガーナは有名人だが、一方で特別扱いされていないことも知られている。それゆえよく声を掛けられ、いじられるのが常だったが、今はハナの圧と見えないオーラがそれを許さない。


「貸し一つですわよ」

「わかってるわよ。未来のサキュバスに任せなさい」


 サキュバスとは元は淫魔とも呼ばれる災害級のモンスターであったが、何百年も前に討伐されている。今は大陸一の娼者におくられる通り名として使われる。

 現在のところ、ガーナの母マカダミア・オードリーだとする声が最も多い。ダグリン将軍イリーナなど他の候補も何人かいるが、マカダミアが圧倒的だ。


 一行が向かったのは、オードリー家が直営する娼館の一つ。


 表向きの目的はシャーロット家と娼館セクセンの業務提携視察、そしてガーナの友人カレンの職場見学だ。

 まずはこれら用事を済ませる。


 小一時間ほどで挨拶と見学が終わった。

 一般人だが素質も技能も高いカレンは、シャーロット家の人間が同座するほどの大仕事にも絡める人材だろうとの見方をされた。


 客間でしばし歓談を楽しむ。

 ここの娼者も交えて賑やかに交流が行われた後、ひととおり落ち着いたところを見計らって、ハナが手を天にかざす。


「――本題に入りましょうか」


 指をパチン、パチパチンと計三回鳴らした。

 王国に通じる作法の一つで、関係者以外速やかに立ち去れの意――ガーナを除く娼者すべてが迅速に退室した。


 ようやくレコンチャンがステルスを解き、


岩施錠ロック・ロック


 すべてのドアと窓を岩盤で塞いだ後、


防音障壁サウンドバリア


 お馴染みの防護を張る。

 もう一度空間内外の確認を終えたところで、レコンチャンとハナがアイコンタクト。頷き合う。


「アンラー様に関する情報をお話くださいまし。些細なことでもいいので捻り出してください」

「焦らなくてもいいぜ。のんびりやろうや」


 ツンツン頭はもう執事の格好と応対セットを配備しており、洗練された動作で湯気の立つカップを置いていく。

 部屋中央のローテーブル、その両端にソファがあり片方にカレン、もう片側にハナとガーナが座っている。


 カレンはカップを手に取り、ずずっと味わう。「うまっ」特区民には縁の無い香りとコクがあった。


「それじゃ出会った時から時系列に話すね。質問はどうしよっか。一通り喋った後でいい?」

「構いません」


 公的な場でないならかしこまらなくていいとの合意は取れている。

 元はガーナの軽率な提案だが、それを蹴るほどハナは頑固ではないし、カレンもまた友人のように接していただいて構いませんわよと言われて遠慮するほど堅物でもない。


 カレンの説明は淀みなく進行した。






「――無欲で労働にも購買にも消極的であること。迷路を描くのが好きであること。精液が薄くなるほど頻繁に自慰行為をしていること。皇帝や将軍への強い憧憬があり、明後日の将軍会議にも参加すること。目立ったものはこの四点ですわね」

「隙があるようで、無えよなぁ……」

「何よりダグリンの特区ですわ。不法侵入も難しいでしょうし、公式に訪れるのも不自然」


 カレンの情報を共有し終えた後、ハナとレコンチャンは顔を突き合わせて作戦会議を始めている。

 カレンとガーナは離れたソファに並んで座っており、そんな貴族二人の様子を眺めながらも、体を深く預けてだらけていた。


「何この座り心地……欲しいなぁ」

「アンタも肝が座ってるわ。むしろアタシが動揺してるんだけど」


 カレンは当日第七週十日目ナナ・ジュウもアンラーと行動をともにする。

 既にアンラーが巷の大犯罪者シニ・タイヨウであることも共有されているわけだが、ハナ達でさえ感心するほど落ち着いていた。


「今さらだけど私、結構鈍感かもしれない。だからなのかな、刺激を求めたがる」

「深追いはしないわよね。恵まれた才能じゃないの」


 死に急がずに済むという意味だ。


「そうは思えないけどねー。親友も死んじゃったし、今も冒険者目指してる可愛い友達がいるんだけど眩しくてね。私って何だろってたまに思うよ」

「娼者の件だけど、特に嫌な理由がないならやってみなさいよ。経験することで見えてくることもあるもの。できればレベルアップしてほしいけど」

「それだけは嫌」


 そうして駄弁っていると、「ガーナ様」ハナから声がかかる。

 音声だけを飛ばす振動交流バイブケーションを受けたのは初めてであり、カレンは珍しくびくっと肩を揺らした。ガーナはふふっと相好を崩した後、


「何? 作戦は立ったの?」

「良い機会ですから、ダグリンに近付ける地盤を整えたいんですの。ガーナ様は既に出張性交教育セックラスの伝手があります。これを生かして、セクセンとダグリンの提携にまで結びつけていきたいのです」

「ああ、外府ね。今はギルドとガートンだけだけど、セクセンも絡めるといいわね」

「いいわねではなく、ガーナ様のお力もお借りして、わたくし達で開拓していく所存ですわ」

「はぁ? そういう政治的なのは嫌なんだけど――」


 別世界を生きる者達の、別次元の会話。

 貧乏な一般人でしかないカレンには全く縁の無い世界であり、普通は心が躍るなり劣等を抱くなりするのだろうが。

 カレンは目を閉じて、体の力も抜いてソファに身を委ねる。魔法で届けられる音声をBGMにしながら、のんびりとくつろいだ。


 議論はその後、一時間以上も続き――。


 将軍会議を観覧するための準備も進めることが決定した。

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