第324話 水面下の包囲網3

 飛行は大別すると二種類に分けられる。

 自らに風魔法を当てて自らを飛ばすもの。そして地面や壁や大気、あるいは魔法でつくった足場などを蹴ることで反作用を生み出すもの。


 速く動けるのはどっちだと言われれば、ケースバイケースである。

 ラウルの場合は硬い何かを蹴るなり剣で叩くなりするのが一番だし、アウラの場合は自分を飛ばす方が速い。ついでに言えば効率も良い。


「【空中足場蓋エアステップ・リド】」


 アウラが無詠唱よりも速い高速詠唱をつむぎ、瞬時に足場をつくりだす。

 同時に、手を繋いだラウルをまるで殺すかのように叩きつける。第一級剣士ソードマンの身体が衝突――そこに自らの脚力も叩き込むことでパワーを増幅させ、甚大な反作用を得る。


 アウラウルの連携に限って言えば、アウラが足場をつくってラウルが蹴るのが最も速かった。


 その速度は他の追従を許さない。

 何せ隠密ステルス衝撃圧縮インパクト・コンプレッションといった配慮も度外視で、すべてを充てているからだ。


 無論そんなことをすれば地上は――特に一般人が住む特区は無事では済まない。

 移動中の軌道から生じる分を抑えるのは容易だが、問題は急発進時や急停止時など慣性を破る時である。この時に発生する力は脱慣性衝撃デイナーシャ・インパクトとも呼ばれ、時として下位クラスを殺せるほどの威力になる。アウラウルで言えば第二級冒険者以下を殺せるのだ。特区民など塵や埃にも等しい。

 それほどのパワーを抑えるのには、相当の労力を要する。

 一般的にはスキル『衝撃圧縮インパクト・コンプレッション』を用いるが、それでも意識と体力を持っていかれた。


 だからこその、アウラのスキルであった。



 空中足場内蓋エアステップ・リド



 アウラが発現エウレカさせたばかりのスキルで、ゲートを開き、その蓋として空中足場エアステップを配置するものである。

 厳密には空中足場はゲートの先に入っており、内側から蓋をしている形になる。

 要は衝撃をゲートの先に逃がすシステムであり、何かとネックになりがちな配慮の部分をカットするために以前から開発していたものだった。


 本番での使用は初めてだが、どれだけ強くなろうと成功すれば嬉しい。

 アウラもラウルも若者相応の喜びを表情に出していたが、会話は交わさない。

 全身全霊の集中ゆえに、そんな余裕などないからだ。


 ユズやヤンデの巡回速度も凌駕した、相乗効果シナジーともいうべき劇速がダグリンの空を横断する。

 仮に可視化したなら、地上の一般人からは一瞬で幾重もの線が出現したかのように見えただろう。


 ゲートで繋いだ先――大陸から遠く離れた海上も大変なことになっており、隕石が落ちたかのような陥没があちらこちらで生まれている。

 第一級冒険者さえ殺す海のモンスター『シーモン』の姿も見える。ただし死体であり、鱗やヒレから内臓や体液まで散らばっている光景は、狩猟でも討伐でもなく戦争とも呼べる迫力だ。

 津波の影響も懸念されるが、海は魚人のテリトリー。大陸から離れているならば何ら問題はない。


 そんなアウラウルの渾身の捜索が続くことしばし――


「――見つけました」


 二人が捉えたのは少女と幼女のペアだった。


 ただならぬ速度を前に、見つかった方――ユズは即座に停止するも、アウラがカーテシーを振る舞う。

 彼女のローブは太ももはおろか、臀部が見えるところまで持ち上がった。


「理由を所望」


 ユズの無慈悲な瞳がアウラウルを射竦める。


「端的に言います。シニ・タイヨウ探しですが、私達と協力しませんか」


 思わぬ申し出を前に、ユズが現在の主君たるルナを見る。


「……」

「王女様。応対を」


 ルナ相手にしては強めの雷が撃たれる。地上から見られないよう、光を屈折させる小細工もお手の物だ。


「……あ、すみません、びっくりしてしまって」


 認識の処理能力をはるかに超えた事象と遭遇したとき、生体反応が停滞することがある。通常は威圧のオーラをもって行われるが、物理現象でも起きることがあった。


 ルナが正気に戻るのを待った後、アウラは改めて話を始めた。






「――要求はわかりました。山分けの発想ですね」

「もちろん物理的に分けるって意味じゃないですよ?」

「知ってます。タイヨウさんのことは私が一番知ってますので」

「……なんか私、牽制されてる?」


 ルナからはガルルと吠えるモンスターのような圧がある。

 アウラはラウルの方を向き、自らを指差して小首を傾げてみせる。


「君がからかうからだろ」


 アウラとラウルは目下スキャーナに目をつけていたが、本日王女二人が同時に欠席しているとわかり、急きょ作戦を変更――ダグリン内、それも特区を力尽くで探すに違いないと仮説を立て、フルパワーで巡回して接触を図った。

 といっても獲物を取り合うわけではない。

 むしろいたずらな消耗は控えて、力を合わせて捕まえるべきだとする協調案を提示したのだ。


 その際、早く打ち解けるために、アウラが一芝居を打った。


 具体的にはシニ・タイヨウに気がある素振りで接したのだ。

 これに対する反応が、先のルナの威嚇だった。


「シニ・タイヨウへの強い興味と憧憬はラウルも同じですよね?」

「ああ」

「ルナちゃん、聞いた? ラウルもタイヨウさんが好きですって」

「そんなわけないよね」

「警戒はしてますよ。タイヨウさんは男色かもしれないので」

「いいから話を進めてくれ……」


 ここで先ほどから警戒マックスだったユズが、ようやく種々のオーラを下ろす。落ち着かない様子のルナの懐に行き、すっぽりと収まった。


「ヤンデを呼んだ」


 その一言でアウラウルに緊張が走る。

 ルナから見てもわかるほどで、「もしかして苦手なんですか?」人を小馬鹿にしたような笑みがアウラに向けられた。むぅと可愛く羞恥を乗せるピンク髪の童顔は相変わらずあざとくて、そんな相方をラウルは半眼で見ていた。


「待たせたわね」

「え、早っ」


 ステルスを解いてぬっと姿を現したヤンデを前に、アウラはビクッと肩を揺らして驚いている。ラウルは嘆息をプラスした。


 ヤンデに対する苦手意識が強いらしい。

 空中足場蓋の発現は大したものだが、それとこれとは別だ。後で矯正する必要があるだろうとラウルは密かに決意する。


「仕組みがわからなかったんだけど、何をしたんだい?」

微弱気フィブルオーラを拡散」


 レベルが高いほど、オーラを細く細かく広く飛ばせるようになる。

 飛ばしたところで同格以下は気付けないし、ともすれば自分自身さえも御せないほど精密なものだが、王国の最高戦力にもなれば平然と行うらしい。現にヤンデはキャッチして、こうしてすぐに来た。

 スキルとして発現させているあたり、既に使いこなしてもいるのだろう。


「これほど頼もしい味方もいないね」

「偉そうにすかしてるところ悪いのだけれど、どういうことかしら?」

「なあユズ。皇帝も気付くと思うけど、大丈夫なのかい?」

「無問題。法を犯しているわけではない」

「私を無視するなんて良い度胸ね」

「なんで君はそんなに怒ってるんだ……」


 シニ・タイヨウと思しき人物が中々見つからないからだろう。地味な仕事をこなすメンタルは弱そうだ、とラウルは失礼な印象を抱きつつも、再度手早く説明した。


「――あなた達は山分けできるのでしょうけど、私はおそらく無理よ」


 ヤンデの見解は消極的なものだった。

 山分け、つまりはタイヨウを捕まえた後に皆でじっくりどうにかする、というのは自国だからこそできることだ。ルナ、ユズ、そしてアウラウルはアルフレッド王国に属する。


 しかしヤンデは違う。

 森人族エルフ側の人間であり、エルフ自体は威信にかけてタイヨウの処分を決めている。


「戦って勝った方が手に入れる。無問題」

「いやいやいや」


 アウラがオーバーに手を振る。「必死だな」呑気に呟くラウルをキッと一瞥して、


「これと戦うなんて冗談じゃないですよ」

「そう? 私はわくわくするのだけれど」

「僕を見るな。本音を言えば、僕も君とは戦いたくない。それ以外は取るに足らないけどね」

「お母様に言いつけるわよ」

「ご自由に。むしろお手合わせ願えるのは貴重だ」


 強者は精神的にも淡々としており、物騒な話も平気で行う。ルナは気が気じゃなくて、ユズをぎゅうっと抱きしめ、ユズもまた主に応えるようにその手に優しく触れる。


「あの、こういうのはどうでしょう?」


 慣れてきたルナは、一つの案を思いつき、早速口に出す。


「タイヨウさんを捕まえた後、どの国が手に入れるかを決める大会を開催するんです。いきなり戦うのではなくて、外交らしく形式を踏んで、ちゃんと舞台を整える」


 その提案は水滴の落ちた水面のように、じわりと染みていく。

 反対意見はすぐには出ず、


「――悪くないね」


 ラウルの一言が場の総意を示す。


「ごめんなさい、私が言っておいて何ですけど大丈夫なんでしょうか。もたもたしてると逃げられませんか」

「その点は心配無いわ。ジーサを拘束できる人は私含め何人かいるし、手段のあたりもついている」


 ルナを除けば、メンツは第一級冒険者である。


 この仕事はほぼほぼ詠唱の封印に帰着される。

 先手を打たれれば周辺地形ごと葬られてしまうが、潜伏しているタイヨウには難しい。発見できれば、あとは封じるのみ。

 ラウルのように馬鹿力で封じても良いし、ユズやヤンデの魔力でゴリ押しするのも良い。シニ・タイヨウを知るこの二人から異論が無いということは、十分可能だということだ。


 ルナだけは理解できなかったが、だからこそ会話に入っても仕方がない。傍観に徹することに。

 その矛先は手元のユズを向き、その無垢で小さな頬はぐにぐにぷにぷにと為すがままにされた。


「シキさんは了承してくれるだろう。エルフはどうなんだい?」

「知らないわよ。あなた達でお母様を説得することね」

「……シキさんに任せよう」

「国王遣いが荒いわね。羨ましいわ」

「もう一つ。参加するのはアルフレッドとエルフの二勢力だけでいいのかい?」

「……」

「どうした?」


 ヤンデの雑談的な歩み寄りが華麗にスルーされており、その落とし所を探す彼女が隣のアウラを見やる。呆れ顔でふるふると振る様は、長年の苦労を感じさせた。


「別に。そのつもりよ」

「駆け引きをするつもりはない。言いたいことがあるなら言ってくれ」


 ヤンデとアウラの嘆息が重なり、ラウルはさらに首を傾げる。


 そんな様子をルナは黙って見ていたが、ふと、ぶるっと体が震えた。


 シニ・タイヨウを目前にした武者震い――

 主の機微がわからないユズではない。


 自分を抱き締める少女の手を、まるで頭にそうするかのようにぽんぽんと触った。

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