第323話 水面下の包囲網2

 時は少し遡って、第七週七日目ナナ・ナナの朝十時半――。


「首尾は?」

「不発。住民の数や分布も、前回と類似」


 ルナは学園をサボり、ユズの力に全面的に依存して南ダグリン特区の空を高速巡回していた。


「運が悪いのでしょうか」


 ユズのおかげで、広大な特区を一時間で巡回しきれている。既に朝六時、朝八時と二巡しているが、タイヨウらしき身体性能を持つ特区民はまだ見つかっていない。


 その上、屋外に出ている住民の傾向にも大した差が無いと来ている。

 国民時刻表ワールドスケジュールに従えば労働時間だし、働かない子供や老人や比較的裕福な者も少数いるものの、無骨なコンテナにこもるとは考えにくい。


「コンテナにこもっている可能性、ある」


 しかし可能性がゼロとも言い切れず、ユズも早速疑っている。


「開いてるコンテナが多いんですよね? 中は調べましたか?」

「この走査速度では困難。落とせば可能。でも一巡の時間が二時間増加」

「うーん……」


 締切があるわけではないが、悠長に構えるほどの余裕もない。

 タイヨウは朝型の人間と考えられる。ならば特定には朝から巡回する必要があるが、学園を何日も休むわけにはいかなかった。


 長くて数日、できれば今日一日で決めたいところだ。


「ユズはまだ動けますか?」

「無問題。あと十回は動ける」

「……」

「無言の嫌悪。ユズは傷付く」


 えーんと目元で両手を動かす仕草をしてみせるユズ。

 そうしている間も二人の背景は超速で流れており、ルナの目では地形構造を捉えることさえ難しかった。


「化け物すぎて引いてるだけです」

「いいかげん慣れるべき。指示を所望」


 この移動速度ではルナは全く役に立たないため、タイヨウを探すのもユズである。

 既にタイヨウと思しき一般人の特徴は共有しており、日常的な発揮デフォルト・パフォーマンスの強さも通じている。幸いにもユズはそういう機微を理解できる人間だった。

 ならユズ一人で探せば済む話だが、王女を一人にしてはおけないし、この手の見識はまだプレイグラウンドで鍛えたルナの方が深い。そういうわけで、ユズは意思決定をルナに任せるスタンスを取っている。


「わかりました。では、この巡回を終えたら、すぐにコンテナの内部込みの巡回をやりましょう」

「休憩も所望。連続は死ぬ」

「ユズが瀕死になるところ、見てみたい気もします」

「タイヨウには見せた」

「張り合わなくていいですから」


 タイヨウとの再開も近い。

 ルナの口は中々止まらなかった。




      ◆  ◆  ◆




「――2671群、いないわね」


「――2672群。なし」


 同時刻頃、ヤンデもまた特区でタイヨウを捜していた。


 ユズとは違い、一群ごとに隅々までチェックするやり方である。

 特区民に扮している以上、高速な移動はしないはずだから、この原始的なやり方でも取りこぼすことはない。

 となれば、あとはタイヨウの演技力とヤンデの観察眼の戦いに帰着される。


「ジーサが一般人超えの身体性能を出してなければ私の負け……だけれど、手を抜けるところは抜く男よね。スローライフとかほざいていたけれど、きびきび過ごすのが好きよね。だったら、見抜ける者がいないとわかれば、不自然の無い範囲で発揮するはず。普段の移動は走るわよね。露骨に速度は出さないはず。長時間走り続けるという持久力は使うかもしれない。――見つかるはずよ」


 希望的観測ではあるものの、泥臭い調査が必要なのは自明であり、とにかく行動して情報を増やすのが先決である。


「次、2673群」


 独り言ちて思考を回しながらも、探索の手は止めないヤンデであった。




      ◆  ◆  ◆




「お兄さん。お兄さんってば」

「……なに?」

「出かけませんか。鍛錬に付き合えとか言いませんから」


 アンラー家、寝室コンテナでは迷路の描かれた板が散らかっている。

 アンラーが手を止めず迷路を引いている一方、フレアは完成品の一つに指を当てて遊んでいるが、とうに飽きているらしく、指はしばらく止まっていた。


「信用できない」

「うちを何だと思ってるんですか……」


 はぁと言いながらついに指が離れ、腰も浮いた。まだ出る気はないらしく、隅に積み上げられた板を物色する。

 するとアンラーも腰を上げた。フレアが目ざとく反応してみると、


「トイレだよ。あ、一緒に来たい?」

「変態ですか。そういえばカレンさんの夜這い、どうでしたか?」

「唐突だね……。もしかしてフレアが焚き付けたの?」


 ふふんと薄い胸を張るフレアを見て、アンラーもため息をこぼす。だるそうな足取りで出て行った。


(……上手い)


 息するように潜んでいるスキャーナは、アンラーの方を追いかけている。


(この子に気付かれないように換気口を閉めてる)


(気付かれないように寝室を横切って、開閉音の出るドアも無音で閉めてる)


 たかが一般人と受け流すのはかんたんだが、もうそうではないとスキャーナは知っている。


 観察力も、身体の動かし方も、体力も。頭一つ、いや二つくらい飛び抜けている。

 これがレベルを積んだとしたらどうなるのか――

 想像しただけでも恐ろしかった。


 アンラーは最後に排泄コンテナへ入って、同室の換気口も全部閉じた後、用を足し始める。

 スキャーナはそばにしゃがみこみ、至近距離で排泄の様子を眺めた。


(ジーサ君も普通に出すんだね。それともこれもモンスターにつくらせたのかな?)


 が、ただの排泄物の域を出なかったため排出されたばかりの分も欲しい。しかし、コンテナ内は既に閉め切られており、外部からの空間認識もかからないためアンラーもある程度は本来の力を出すだろう。

 迂闊に盗めば、気付かれる恐れがある。


 結局スキャーナは控えた。


 寝室に戻ったアンラーに、「お兄さん」フレアが訝しむような視線を向ける。

 板は全部床に置かれており、フレアはこの件で何か猜疑を抱いているようだ。


(そっか、この会話を外から聞かれないようにするために)


 トイレに行くふりをして、バレないように全部閉めたわけかとスキャーナは再び感心する。

 同時に、何のやりとりをしているのだろうと疑問も膨れ上がる。


「もう処分したよ」

「嘘です。そんな暇は無かったと思います」

「いや、あるよ。あまり働いてないしね」

「何なら聞き込みしてもいいですよ?」

「……見なかったことにしてもらえると助かる、かな」

「じゃあ出かけましょう。何かおごってください」

「お金無いんだけどなー……」


 アンラーは制作中の一枚を除いた全ての板を積み上げ始めた。

 フレアは手伝いもせず、その様子を眺めている。アンラーから見えてないからと表情も取り繕わず、猜疑心丸出しだ。それを、アンラーから見えそうなときは瞬時に隠すのだから器用なものである。


 片付け終えた後、二人はコンテナを出ていく。隠密ステルス中のスキャーナも、閉じ込められるわけにはいかないため一緒に出るしかない。


(処分したということは、迷路以外の何を描いていた? それをこの子が以前目撃したけど、さっきは無かったから、いつ処分したんだと問うている)


(何を描いていたの?)


「おにーさんっ」


 アンラーの腕に抱きつくフレア。


「あのさ、こういうのはやめてほしいんだけど……」

「うちもお兄さんが大好きなんですよ。お兄さんも言いましたよね、うちといると落ち着くって。もしかして嘘なんですか? 嘘だったらライオットさんに泣きつきます。カレンさんにも相談します」

「別に嘘じゃないけど、もしかしてボク、やんわりと脅されてない?」


(あえて言わないようにしてたけど、言うね。距離感が近すぎるんじゃないかな。もしかしてこの子ともするのかな? ずっと見てたけど、ちらちら見てるよね。まだ子供だよ? 子供が好きなのかな)


(ユズさんも好きなの? それともユズさんのせいでそうなったのかな?)


(ぼくは負けないよ。力じゃ勝てないけど、それ以外なら)


(勉強もする。練習もする。せっかくだからジーサ君と一緒にやりたいな――)


 アンラーにその気はないだろうし、たぶんフレアも探るためにベタベタしているだけでそういう欲求は持ってないだろうが、それでも、仲睦まじい様子を見続けるのは中々に堪える。


 精神に及んでしまう前に、スキャーナは目先の課題に意識を移した。


(どうやって二人きりになればいいんだろ。全く思いつかないや……)


(今日アウラさんが来てないのも気になる)


 今日は尾行がいないからこそ、こうしてジーサを追えているわけだが、第一級冒険者ほどの人物が理由もなく怠けるとは思えない。

 別の進展があった可能性が高い。


(だったらなおさら時間がないよね。ぼくはどうすればいいんだろう)


(ねぇジーサ君。ぼくはどうしたらいい?)


(どうしてほしい?)


 二人の真横で凝視しながら、スキャーナの頭はフル回転し続けていた。

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