第257話 初日

「えっと、ここで食べるのかな」

「食堂を見るのは初めてですか?」

「うん。外で食べるんだね……」

「コンテナでは食べないでくださいね。見つかると罰されます」


 声を張らないとまともに会話できない。でかいショッピングモールの休日お昼時のフードコートにも等しい賑わいっぷりだ。

 何より広い。千人は集まってんぞこれ。もし配給を取りに行く人と席を確保する人に分かれでもしたら迷子一直線だ。だからなのだろう、俺達四人も全員で配給の列に並んでいる。


 と、そのとき、「うおぉ」俺の身体が勝手にスライドした。


「ふふふっ、勇ましい声を出すね」

「お恥ずかしい限りです……」


 魔法で自分自身が動かされることは想定してなくて、思わず素が出てしまった。

 声の高さ重さは問題ないが口調だけは俺自身の制御である。気を付けねば。アンラーはなよなよした男なのだ。「うおー」真似するクレアが可愛い。動きはガオーだけど。


「そっか。魔法で全部やってくれるんですね」

「この人数だからね」

「だからといってお盆を傾けたりしちゃダメですよ。食事は一度しか配給されませんので」


 長女のユレアは無難に淑やかだが、フレアがとにかくうるさい。んなこと言われんでもわかってまーす。

 もちろんアンラーはそんな反抗をふっかけるような性格じゃないので、おとなしく無難に返す。


「そうなんだ……」

「バカにしたつもりなんですけど。何納得してるんですか」

「そんなことないよ。助言ありがとう」

「……」

「フレア?」


 無言で叩かれた。何でだ。


 間もなく順番が来るので、皆に習ってお盆を水平に構える。

 前の奴らを見てるけど、さすが魔法を使っているだけあって回転率がエグいな。三十人とかの単位で一気にスライドさせて、食事を盆に載せている。ベルトコンベアー顔負けだ。

 その食事もボールみたいに飛んできてるし。


「あああああああっ!」


 何かと思えば、地に向かって絶叫している男がいる。会話に夢中で構え忘れたのか、食事が全部地面ぶちまけられていた。

 なるほど、たしかにやり直しは無さそうだな。


 俺たちの番が来た。

 身体ごと移動させられて、俺のお盆に食べ物が載ってくる。

 ヤンデで見慣れてるからだろう、ずいぶんと粗雑な行使で、おっとっと、盆からバウンドして落っこちそうになるのを止める必要があった。

 ちらりと三姉妹を見ると、クレアも含めて手慣れたご様子。「当たる直前に盆を引くのがコツです」とはフレア。最初から言えよ。


 全員受け取ったので席を探す。


 空き席はすぐに見つかった。

 椅子は無く、こたつサイズの丸テーブルがひたすら並んでいるだけだ。この上下左右に計四人が腰掛けることができる。

 座る位置には印がついており、逸脱は許されない。空から見たら無数の十字が並んでいることだろう。


 三姉妹は躊躇いなく腰を下ろした。

 怪しまれないよう俺もすぐに座ってみたが、前世の土ほど汚れはしないらしい。泥のような粘り気はなく、砂のような乾燥感もなければ、埃のように空気中に浮遊する様子もない。しかしアスファルトやコンクリート、あるいは木材のような硬質な感触でもなくて、土のカテゴリーからは逸脱していない。

 前世では縁のなかった感触だ。異世界人丸出しにならないよう気をつけねば。


「おにいちゃんはたべないの?」

「ん? 食べるし、あげないよ」


 クレアはもう頬張っていた。行儀の悪さを咎める様子はなく、いただきますの合図もない。


「何構えてるんですか?」

「ううん、なんでもないよ」


 前世の習慣は怖いもので、俺は思わず手を合わせそうになってた。いや俺はいきなり食べる派だから知識というべきか。「すきありっ」クレアが手を伸ばしてきたので「おっと」ガードしておく。油断も隙もありゃしねえ。


「……」

「えっと、何?」

「別に」


 フレアは俺を凝視しながらぱくぱく動かしている。手元も見ないで正確に掴んでいるあたり、距離感にも優れてるな。

 やっぱりコイツ、だいぶスポーツマンだな。前世だとスポーツテストオールAとか余裕で取りそう。筋肉もじっくり見てみたいが、たぶんバレるので当面は控えておく。


 さて、食事のラインナップだが、掴んで食えるものばかりだ。

 巨峰みたいな緑の果物が枝つきで三個繋がっているのと、一口サイズでサイコロ状のモンスター肉が六個、あとはサツマイモの形をしたジャガイモみたいなでこぼこした穀物と、赤いソースをジェルに固めたような三角錐のものがある。


「……あの、ユレアさんまで」


 新人だからなんだろうが、じろじろ見られるとやりづらい。

 変な食べ方とか無いよな? 普通に手づかみで適当に食えばいいよな? 一応、視界に映る村人達の食べ方も確認して、それで問題なさそうだとわかったところで、俺も口に運ぶ。


「うべっ」


 また変な声を出してしまったが、緑の巨峰が罠だった。どうやら飲み物枠であるらしく、安易に表面をかじった俺は、お盆を汁塗しるまみれにしてしまう。

 妙に柔らかくて腐ってんのかと思うほどだったが、なるほど、そういうことだったか……。


「おにいちゃん、こうするんだよ」


 クレアはあーんと口を開いて、巨峰を丸ごと入れた。ハムスターみたいに頬を膨らませながらもごもごしている。つっつきたくなるな。


「もしくは、こうしてもいいかな」


 ユレアもお手本を見せてくれる。巨峰を上に掲げて、小指で突いた。それを流し飲みしている格好だ。

 喉がごくごくと動いていて艶めかしい。そうやって飲み続けるの苦手なんだよな俺。大食いの人とかがやるやつじゃん。


 最後にフレアにも期待の眼差しを送ってみたが、「知りませんよ」マイペースに肉を食べていた。


「食べ物って毎日このくらいなの?」


 俺も手掴みで口に運びつつ、フレアに問う。彼女も口にたくさん詰めるタイプらしく、今話しかけてくんなと言わんばかりの睨みを利かせてきた。

 ああ、和むなぁ。エルフと比べると小動物みたいなものだ。お嬢さん可愛いねぇとか言って反応を探りたくなる。

 若い女子に絡むおっさんの気持ちってこういう感じなんだろうか。


「そうね」


 答えたのはユレアだった。

 三角錐のジェルをつまんで口に運んでいる。ぷっくりとした唇が形を変え、ちゅっと控えめな吸引を鳴らした。

 ああ、ジェルになりたいなぁとでも言えば、すぐにでもキモさで距離を置けるだろうに。もどかしいな。


「何が出てくるかはバラバラだけど、組み合わせはほとんどこの四つだよ。肉、地下茎ちかけい、果実水、アクセント」

「アクセントってこのぶよぶよしたものですか?」

「そうそう。味がついてて、こうやって食べるの」


 もう一度ちゅっとしてみせるユレア。俺も倣って、ひとつまみして舐めてみる。


(……わかんねぇなこれ)


 不味さと害が無いことはわかるが、どういう方向の味がしてどれくらい美味しいのかがさっぱりわからない。

 何せ頭に流れ込んでくる数字しかヒントがないし、この数字も丸め込まれている。たとえるなら、10で丸め込まれるようなものだ。

 美味しさ8も、88も、8888も、10で割った余りは8なので、全部8になる。8という数字を得たとき、それが本当に8なのか、それとも8888なのかは、俺にはわからない。

 丸め込まれるとは、そういうことなのだ。

 ……まあ今さらだけどな。


 俺は食わずとも生きていけるし、何を食っても死なない。

 そうであるとバレさえしなければどうでもいい。


「なるほど。悪くないですね」

「舌がイカれてるんじゃないですかね」


 フレアは苦そうな顔をしつつ、人差し指に引っかけて「ねー?」とクレアの口元に運んでいる。その顔は妹にちょっかいを出す姉のにやつきだ。


「きらいっ!」


 ぶおんと一般人が当たると痛そうな腕振りが繰り出される。フレアは難なく交わしていた。


「ちょっと苦いからね」


 え、苦いのこれ? 赤くて薄い色合いだからりんごとかイメージするんだけども。

 あまり味音痴すぎても目立ちそうだから、俺は話題を変えに行く。


「栄養や満腹感はどうですか。毎日これだけで足りますかね」

「アンラーさんは真面目だね」

「あはは……」

「正直言うと、足りないかな。物足りない」


 ユレアの微笑に陰りが差したのは気のせいか。


「足りてますよ姉さん」

「くれあもだいじょうぶ!」


 いや気のせいじゃないな。

 何を心配しているのかは知らないが、妹二人のフォローが手慣れすぎている。なんかシリアスだし。もちろんあえてつっつくほど俺は野暮ではない。そこまで仲良くなるつもりもない。


「他に食べ物って売っていたりしますか? 買えばいいかなって思ってるんですけど」

「買えたらいいですね」

「アンラーさんの頑張り次第かな」

「はぁ」


 とりあえず栄養面で問題ないならそれでいい。

 満腹感を気にしないキャラを押し通せば、この配給だけでも不自然なく過ごせる。


「おねえちゃん、このあとくれあとあそぶ?」

「うーん。聞きたい話がいくつかあるんだよなぁ」

「くれあもいく」

「えー……どうせおとなしくしないじゃん」

「ふふふ。頑張ってねフレア」

「それはこっちの言葉ですよ姉さん。たまには休んでください」

「そうねー」


 ちょいちょい貧乏な雰囲気が出てるけど、正直どうでもいいな。

 だが冷たすぎるとアンラーのキャラに差し支えるから、ここは傾聴に徹するくらいが良いか。


 三姉妹の団らんやその先の雑踏を眺めながら、俺は黙々と消化に勤しむ。


(おっ? お前らにはごちそうか)


 俺の胃袋が意思を持ったように暴れている。いや、クロは違うな、ダンゴだけか、テンションがかなりお高いご様子。

 王都の高級なメシよりも、こういう簡素な加工だけ施した素材の味が好きなのかもな。

 喜べよ。今後は毎日食べることになるぞ。

 ただでさえクロの尻に敷かれていて不満そうだったし、これで少しでも機嫌が良くなってくれたら幸いだ。


(……ん、あの子は)


 王都の貧民エリアもそうだったが、やたら逞しくて明るいんだよな。

 だからしょんぼつしてる奴は目立つ。


 四席くらい先に、見覚えのある女――カレンと呼ばれていた美人が一人で座っているのが目に入った。

 

 ネガティブな様子を見せる性格には見えなかったが。何かあったのだろうか。

 しかし、こうしてここには来ているし、緩慢ながらもちゃんと口に運び、咀嚼し、嚥下している。器用な奴だな。普通、あそこまで落ち込んだ人間は食事なんて喉を通らない。

 もちろん俺には何の関係もない。タンクトップから覗く魔窟も中々に抗いがたいものがあるが、アンラーはそんなキャラじゃないしな。


 チラ見も諦めて、俺はおとなしく黙々と食した。

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