第256話 帰化4

 もう一つのコンテナには生活用品が置いてあった。


 律儀に畳んであって、なんつーかビジネスホテルを思い出す。

 服は上着が五着で、厚手の半袖と半ズボンが三組に、薄手の半袖と半ズボンが二組。下着はトランクスみたいな短パンが三組。これを使い回せってことなんだろうか。

 ミニマリストでもなければ厳しい水準だし、ミニマリストでも厳しいだろう。なんたって統一感がない上に総じて地味だ。おしゃれもこだわりもあったものじゃない。つか長袖無いのなんで。


 タオルのようなものも五枚ある。触感は雑巾に近い粗さだな。

 布団と思しき大きな布も二枚あって、ふかふかというよりごわごわしていた。前世の俺だったら眠れる気がしない。枕も無いし。


(安いホテルより品揃えが悪い。まあ前世と比べるのも酷か)


 その他には水汲み用と思われる、透明で五リットルくらい入りそうな持ち手つきの筒が五本と、洗面器みたいな木製の桶が二つ置いてあるくらいだった。

 シンプルすぎる。食事や入浴に関する道具が一切無いのが大きいんだろうな。どちらも共用だし。


「さてと、次は何をしようかな」


 アンラーのキャラに慣れるために独り言を差し込みつつ、頭を働かせる。


 ……とりあえずはコンテナの遮断性だな。


(ダンゴ、クロ。これからこの中の音や言動がどれだけ外に漏れるのかを調べるぞ)


 崇拝状態ワーシップの効いたモンスターとのやりとりにもだいぶ慣れてきた。

 イエス・ノーで答えてもらえるよう、とにかくたくさん行動しては聞いてみることだ。あとはご機嫌を取ったり、これしないと宿主の立場が危なくなるぞーと危機感を煽ったりも有効か。


 俺は一度外に出て、こっそりとクロの細胞を配置する。先日の第89階層でも使ったが、第一級クラスにも悟られないよう地面やコンテナの表面を体で囲いきってから移動させた。

 その後、また中に戻ってからは、ひたすら疎通確認を試す。


 オーラはどのくらい漏れているか。

 喋ったときの声はどうか。振動はどうか。

 筆記するときの動作は外からわかるか。一般人を超える速度で動いたときはどうなのか――


 今後の俺にとって生命線にもなる部分だ。それは二人にもわかっているらしく、抗議の攻撃無しに協力してくれた。


 結果、完全に密閉できることが判明。

 もちろん常時密閉だと呼吸できなくて死んでしまうわけだが、コンテナには手のひらほどの呼吸穴が数カ所設けられている。これを全部完全に閉めきれば、晴れて密閉の完成だ。俺の姿も声も漏れることがない。

 ずっと閉めっぱなしだと怪しまれるので適宜換気すれば良い。


(衝撃については、壁を直接殴れば一般人レベルでも外に響く。音速以上で動くのは明らかにヤバい。お前らも気をつけろよ。特にクロ)


 行き場のない風圧が一般人には無縁の轟音を生み出すだろう。

 が、パンチなど限定的な動作なら問題無さそうだ。身体が鈍らないよう定期的な練習は重要だからな。思ったより頑丈なつくりで助かる。


「書くものが欲しいな」


 せっかく一人になれたのだから、もう一度、そして今度こそ、俺は二つのバグを考察するつもりでいる。

 その際、頭だけでは明らかに性能が足りないのだ。


 ノートやメモといった概念は古来から存在し、天才達も使ってきた。脳のしょぼい限界を突破するには、外に書くしかない。


「レッドチョークで書くのはいいとして、何に書けばいいんだろう」


 紙でも板でも何でもいいから欲しい。できればホワイトボードみたいに何度もやり直せるものだと助かる。


「安いといいけど……」


 買い物周りはまだ何もわからないが、商店街区画の存在はわかっている。あとで覗いてみるとし――


 ドンドン、ドンドンッと。


 ノックの音だ。その乱暴な手つきから、この時間帯に扉を閉めていることが珍しいのだとわかる。言い訳が必要そうだなこりゃ。


 扉に近づいたところで、かすかに「アンラーさん、アンラーさーん」とたぶん女声っぽい声が聞こえてきた。

 都内だと近所迷惑になるレベルで叫んでそうだ。やっぱり遮音性すげえな。前世でも普通に欲しかったわこれ。


 ロックを外すと、扉が真っ二つに割れて離れていった。薄暗い空間に枯れ始めの目映さが差し込む。


「なんで閉めてるんですか」


 フレアが露骨なジト目を向けている。ぼろぼろだが手提げのバッグを持っていて、色気のない着替えが少し覗いていた。

 その足元には小さいのがいて、「あんらーさんですか?」とか聞いてくる。自己紹介の時は見なかった顔だが。


「うん。アンラーです。よろしくね」

「くれあなのっ! よろしくなの!」


 しゅたっと手のひらを見せてきたので、俺も手を挙げてみる。


「改めましてフレアです。よろしくお願いしますね、お兄さん」

「うん、よろしく」

「その手は何ですか? おちょくってます?」

「おちょくってないよ」

「アンラーさんですね」


 ドアを開けた本人だろう、接客スタッフのような明瞭な発音が耳朶をくすぐる。

 視線をやると、エプロンの似合うお姉さんが。


「ユレアと申します。騒がしい妹達でごめんね。あ、年下かな? 私は23歳なんだけど」

「年下です。19です」


 年齢はタブーと教わったが、一般人の世界はそうでもないらしい。事前に決めておいた設定を言っておく。


「良かった。年上だったらどうしようと思っちゃった」


 すいません、本当はアラサーです。


「にしては童顔じゃないですか?」

「あはは……」

「ほら、そうやってすぐ笑う! この笑い方、いらつきませんか姉さん」

「そう? 可愛いと思うけど」


 次女フレアにすぐ目を付けられたのは予想外だが、長女ユレアの反応はまさに俺が狙っていたものだ。

 すかさず拾いに行く。


「あの、可愛いとか言わないでください……」


 アンラーは可愛いと言われることがコンプレックスな男なんだよ。

 この設定は重要なので惜しまず出していく。


「姉さんとうちとで態度違いませんか? もしかして姉さん狙ってます?」

「いや、そういうわけでは」

「もしかしてクレアですか? 変態さんですね」


 フレアが三女クレアを抱っこして遠ざける。

 その手つきと身体運びは保母さん顔負けの鮮やかさで、たぶんやんちゃな妹に苦労してんだろうなぁと思わせる。「何じろじろ見てるんですか」何でもないです。


「そろそろ夕食時間です。一緒に行きませんか?」


 年上の余裕をかもした微笑みが本題を知らせてくる。

 断っちゃダメかな。一人で観察しながら考え事したいんだけど。


(ダンゴ。クロ。ちょっと顔を赤らめろ。年上のお姉さんに緊張していて、一般人目線でよく見るとわかるかどうかって程度でいい)


 早口の口内発話で指示を飛ばしつつ、そっぽを向いて頬をぽりぽりしながら、


「えっと、その……慣れてなくて、ですね」

「慣れてない? 何に?」

「構いませんよ姉さん。慣れさせましょう」

「くれあもきょうりょくするー」

「一応聞きますけどアンラーさん、クレアは大丈夫ですよね?」

「もちろん。でもフレアさ――フレアはちょっと苦手かな」


 何か言いたそうに睨んでたので忘れず訂正した。ヤンデもそうだったけど、いちいち呼び方も指定させたがるの何なん。悪口じゃねえんだから良くね?

 しかしアンラーはしょうもない意地を張るキャラではないので、おとなしく従っておく。


「二人とも仲が良いんだね。それじゃ行こっか」


 うーむ、別れてくれることを期待したんだが……そう上手くはいかないか。

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