第255話 帰化3
フィヨルドから水を抜いたような広大な地形の一画には、金属製のコンテナ――前世の船舶コンテナと同じくらいのサイズである――が並んでいた。
ダグリン共和国特区エリア、クラスター4003のノード22。
要するに特区県4003村の22番地が、今日から俺が住む場所だ。
「アンラーです。よろしくお願いします」
俺は村人総出で囲まれていた。包囲と言っていいレベルだ。
といっても二十人もいない。三割もいないんじゃないか。たぶん働いてる人が多いんだろう。
ここ22番地のコンテナは長方形状に並べられている。囲まれた内側は大きな中庭となっており、村人達の交流の場になっているっぽい。
その中央で囲まれているのが今の状況だ。
つーかジャースってやっぱり囲むの好きだよなぁ。見えない背中側にも人がいて落ち着かないんだよなこれ。
「それでは質問のお時間と行きましょう」
マスターと呼ばれる生真面目な青年が仕切っている。
他の村人も含め妙に手慣れていて、帰化した新入りの受け入れがありふれていることを示している。
「何を質問しましょうか」
俺に聞かれても困るんだが。とりあえず首を傾げておく。
「はい! 好きなおんなのひとはどういうひとですか?」
「勝手に質問してはいけませんよ。きりがないですからね」
元気よく両手を挙げながら答えた女の子は、マスターの注意を受けてしゅんとする。そこに母親と思しき人がやってきて、げんこつを一発――女の子は涙目になったが、堪えたようだ。
「アレにしよう。アレ」
「ああ、あれか」
「アレじゃわかんねえよ」
「ほら、アレだよアレ」
アレで通じる村人達。なんつか平和だなぁ。
他人事じゃないんだけどな。一日でも早く打ち解けて、さっさと将軍の情報を集めねば。打ち解けるの苦手なんだがなぁ。
「ニューデリーでしょ?」
「そうそう」
「使うと思って持ってきたよー」
「さすがカレンちゃん」
カレンと呼ばれた女性と目が合う。
歳はルナやガーナと同じくらいか。前世で言うと20代前半だが、ずいぶんと垢抜けている。容姿の自己主張も中々で、ショートヘアとタンクトップが開放する肌が眩しい。チラ見している男も既に二人いる。
「カレンがやるかい?」
「ううん。マスターお願い」
カレンは紙らしきものをくしゃっと丸めて投げた。
マスターはそれをキャッチ――し損ねて、「ださっ」とカレン。周囲からあははと笑いが起きる。マスターも全然気にしてないし、和やかそうな村だ。
(ヤバいな。まさかそう来るとは……)
平民向け情報紙『ニューデリー』と聞いてもしやと思い、チラっと見えた見覚えのある紙面で確信する。
「えーっと、それでは順に行きましょう。――名前とタイトルを教えてください」
つい先日、ジーサとして受けたばかりのガートンインタビューであると。
(平易な質問ばかりだから詰まったら怪しまれるよなぁ……)
かといってジーサと同じ回答をするわけにもいかない。
いっそのこと黙秘するか? そうするとして黙秘する理由は?
「アンラーと言います」
「タイトルは?」
「お仕事はこれから決めます」
厄介なのがアンラー自身の歴史――帰化するまでの人生をどう語るかである。下手に作り込んでも矛盾が生じそうで怖い。
幸いにもダグリンは帰化に大らかな国だ。
事情は人それぞれという点も理解してもらえるはず、と踏んで、俺はほとんど語らないようにすると決めていた。
それでも追及されれば何かしら答えないといけないわけで、内心身構えていた矢先の、まさかのインタビューネタである。
さて、どうやって誤魔化そうか、俺の頭の回転で足りるだろうか。
いっそのことゾーンでも入っちゃうか、と覚悟しようとしたところで、
「ああ、ちょっと待ってください。これは使えないですね」
「使えないって?」
「これ、冒険者向けの質問ですね。魔法の好き嫌い、戦略の好き嫌い、パーティーの経験、情報収集や鍛錬の頻度……」
「いいんじゃない? わかんない人が多そうだけどー」
マスター自らが質問のそぐわなさを指摘し、カレンも巻き込んで軌道修正を始めている。
真面目に考えるマスターに対して、カレンのコメントは何とも適当だ。慣れた光景なのかもしれない。村人達はそんな二人をスルーして、
「はいっ! おにいちゃんはひとりですか?」
「仕事ならウチで働かねえか? 兄ちゃん、ガタイは良いから向いてるぞ」
「そうかぁ? ただ体がデカイだけだろ」
「要らねえならワシがもらうぞ」
「何口説いてんだい! アンタたぶん賢いよね? 教育係はどうだい?」
「チビの遊び相手がほしいんだけどさ」
俺という労働力の取り合いを始める。下手に詮索されるよりはマシか。
一人だけ小さな詮索者がいるけど、ゲンコツ母さんが止めてくれるだろう。
「あはは……。色々と教えてください」
飲み会のようなノリで、俺はあちらこちらから揉まれることとなった。
苦手なんだよなぁ、こういうの。
一つ一つの話題にきちんと結論を付けもせずにすぐ右へ左へと行きやがる。まるで物を片付けず机や地面に放置したまま過ごすズボラの所業だ。
人それぞれなのはわかってるし、雑談がそういうものってのも知ってるけど、それでも苦手だし嫌いである。
(だからぼっちなんだろうけど、今はそうも言ってられない)
俺は久しぶりに社交辞令とし愛想笑いを多用した。
「これがお兄さんのコンテナです」
俺の住まいはコンテナ三個らしい。
見た感じ、横線が玄関兼廊下コンテナで、縦線がそれぞれ部屋だな。2Kか。中々贅沢じゃないか。都内だと並の社会人でも1Kやワンルームが当たり前だからな。
立地で言えば、中庭を構成するロの字からは余裕で外れており、端っこである。
高い崖から結構近いんだが、土砂崩れは大丈夫なんだろうか。コンテナだから耐えられそうな気もするけど。
「ありがとうフレアさん」
会釈の後、背中を向けることで終了を明示する。
俺は早速中に入ろうとしたが、「あの」なぜか呼び止められた。
「……はい?」
「まだ終わってないですよ」
「えっと、何かありましたっけ」
「説明ですよ。もしかしてバカなんですか?」
とりあえず「あはは……」と苦笑してみると、ため息が返ってきた。
フレアと呼ばれる少女は、前世で言えば中学生くらいか。あどけなさと大人っぽさが同居しているが、精神は大人びているらしい。身体は子供寄りだが、膨らみは若干ある。運動神経も悪くなさそう、いや、だいぶ強そうだ。前世だとオリンピック目指せるレベルだと思う。
身体はともかく、今も説明を一人で任されているあたり、若者枠なんだろうな。
というか他に誰も来ねえ。どうも仕事が忙しいようだ。子供は三人ほど遠目から物欲しそうに見ているが、今日は我慢しろと既に絞られている。
なんていうか、聞き分けが良いんだよな。国民性だろうか。
「後で何度も来られても面倒なので、一通り説明しちゃいますね。失礼します」
フレアは出入口に突っ立つ俺をひょいと抜けて、我が物顔で入っていった。
後に続くと、想像通りの無機質な内装に出迎えられる。
中央には立て看板のようなライトが置かれていて、フレアが早速こんこんと叩いた。
「これが照明です。発光板と呼びます。二枚あるので使い分けてください。明かりは一日も保たないので、昼はなるべく外に置いて補充した方がいいですね。よいしょ」
王都でも何度も見たが、発光石だよなこれ。これで夜を凌げってことだろう。
しかし日中でも扉を閉じれば完全に暗くなるよなこれ……ああ、だからどのコンテナも扉が開きっぱなしだったのか。
しかし、重そうだな。
板状に薄くつくってあるとはいえ石である。見た感じ、満タンまで水を汲んだバケツくらいか。「ぼさっとしてないで手伝ってください」へいへい。早速補充してくれるのね。
フレアに続いて外に運んだ。「しっかりしてくださいね」あははと誤魔化してみたが、睨まれた。ごめんて。
「用を足すときはあっちのコンテナを使います」
女子中学生くらいの子からトイレについて説明されるとは。人によっては刺さりそうなシチュだな。
俺はそうでもない。そもそもアンラーはそんな変態じゃない。
「早く持ってきてください」
「すいません」
こっちで使うなら運ばせるなよ、という不満は飲み込んで。発光板と一緒に奥のコンテナに入ると。
がらんどうの部屋の隅に、茶色の筒が積まれていた。
フレアはずんずんと奥に進み、その一つを手に取った。また何か言われそうなので、俺もそばを離れないようついていく。
「この筒――茶筒というんですけど、これに入れて、こうして蓋をします。あ、拭くときは、蓋のこの部分を
剥いでもらった薄い木片を渡される。
ごわごわというかごつごつしているけど、これで拭けるんだろうか。
「蓋をしたものは毎朝回収場所に置きに行ってください」
にしても、まさかのおまる式と来たか。
蓋がついているし、たぶんこの部屋も排泄用って意味だろうから
バグってる俺には笑いの感情もないが、その
社交辞令もそうだが、意識的につくる笑顔は普通に出ちゃうから気をつけないといけない。これ、俺が前世でいかに普段からふざけてたかがよくわかる場面でもあるよなぁ。
俺は追加で苦笑したくなったが、さすがに堪えた。
「ちゃんと回収場所に置いてくださいね。溜め込むのもナシですよ。排泄まわりのルールはとても厳しいので、サボってるとすぐに隔離されます」
「隔離?」
「
「溜め込んだことがあるんですか?」
「……」
「ごめんなさい、間違えました」
はぁとフレアが嘆息する。
ヤンデあたりなら魔法が十発くらい飛んでくるところだ。よく出来た娘さんじゃないか。
って、さっきから思考がキモいな俺。
まだアラサー後半だけどおっさん化が進んでるのだろうか。ここからいわゆる中年の思考回路になるまではかなり早いらしい。不老不死の俺に当てはまるかはわからんが。
「
「ギルドセンターで聞きました」
「やることはみんな同じなので、誰かについていけばわかります」
「フレアさんは……」
「うちらにはついてこないでください。気持ち悪――緊張するので」
「あはは……」
「……」
これは嫌われてしまったようだ。別にいいけど。
むしろ静かで良い。
さっさと一人で動ける時間をつくるのが先だ。
でもそれで目立っては本末転倒だから、慎重に行かないとな。俺はコイツとはどう向き合えばいい?
つっても、この第一印象をひっくり返す甲斐性はないので、このままでいいか。
「それじゃうちはこれで」
「はい。ありがとうございました」
フレアの足音がぺたぺたと遠ざかっていった。
ちなみに村人は裸足である。どういう理屈なのか、コンテナの中でも冷たくはない。フローリングよりもはるかに快適な感触だ。コンテナ職人とかいそうだな。あるいは魔法で大量生産してるのかもしれないけど。
と、その可愛い足音が途中で止まる。
廊下コンテナの出入口つまりは玄関の扉の、二歩手前といったところか。まだ何か用があるのか。
もっとも今の俺は
何食わぬ顔をしながら排泄コンテナを出ると、やはりフレアがいて。
俺が「あれ?」という顔を浮かべてみると、
「お兄さん」
「はい」
「それですよ、それ。やめてもらってもいいです?」
「それ?」
「バカにしてるんですか? してますよね?」
「えっと、何のことです?」
「その丁寧な態度ですよ! 腹が立ちます」
バカにしてるのかって言いたいのかな。そんなつもりはないんだけど、たしかに距離感は感じるな。正直言えば置きたいけど。
「ごめんごめん。これでいいかな?」
「よろしいです」
フレアはまだ何か言いたそうだったが、欲張るのは
「困ったことがあったら聞きに来てください。うちらが一番近いので。それでは」
社交辞令を最後に、今度こそ可愛い足音は遠ざかっていった。
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