第254話 帰化2

 コンテナの連なる辺りは住宅地でしかなく、俺はさらに小一時間ほど歩かなければならなかった。


 そうして着いたのがギルドセンターだ。

 外も中も年季の入った木造だったが、体育館どころではない広さがあって市役所兼大食堂といった雰囲気である。

 絶えない喧騒がBGMと化している中、俺はカウンターの一つで向かい合っていた。


 既に一通りの説明を受けている。


 ダグリン共和国の国民として生きることの意味――

 それは冒険者とは対極の管理社会に身を置くことだ。

 国民時刻表ワールドスケジュールに代表される仕組みが存在し、逸脱すれば容赦なく罰を食らう。その代わり、衣食住や身の安全を始めとした生活保障は完璧に整っており、銭一つ無くとも生きていくことができる。

 まあ労働もある程度は義務になっているっぽくてニートはダメそうだが。


「最終確認させていただきます。帰化を確定する――で、よろしいですね?」

「はい」

「それではこちらに顔面判フェイスタンプをどうぞ」


 スタッフのお姉さんが粘土板のようなものを出す。

 俺はそこに顔面を突っ込み、引き抜いた。要するにサインであり指紋のようなものだろう。お姉さんは「うんっ」と可愛く頷き、板を後方に投げる。


「冒険者登録をさせていただきます。あちらのゲートをご覧下さい」


 お姉さんが横に逸れたことで、オフィスの裏側が丸見え――にはならず、お馴染みの空間的歪みが出来ている。

 中にはひょろくて、でも立ち振る舞いの素早さと無駄の無さから強そうだとわかる男が浮かんでいて、


実力検知ビジュアライズ・オーラ


 俺のステータスを測る詠唱を唱えてきた。

 同時に空中に浮かせた羽根ペンを走らせており、間もなく完成された用紙それをお姉さんが受け取る。


 なるほどな、全国のギルセン――ギルドセンターがどうやって同期しているのかがわかった。

 中央センターのような場所があるのだろう、そこから各センターにゲートを繋げ、職員とゲーターがやりとりをする。あるいはゲーターは裏方で術の行使だけしてるのかもしれないけど。

 いずれにせよゲーターの負担がエグそうだ。給料とか弾んでそうだな。


「あなたのステータスです。読み上げますか?」

「お願いします」


 一般人には字の読めない者が多い。俺も読めないし読む気もないのでそう答えると、くいくいっと指を引いてきた。色っぽいな。

 耳を近付けて、測られたステータスを聞く。


 攻撃力、防御力、体力、魔力、魔法攻撃力、魔法防御力、敏捷性――

 次々と喋られたが、正直覚えられないしどうでもよかった。

 知りたいパラメーターは一つだけだ。



 ――レベルは1です。



 それだけわかれば十分。

 疑う素振りも無かったし、ひとまず第一関門突破だな。


(二人ともよくやってくれた。感謝する)


「手続きは以上となります。それではアンラー様のコンテナまで案内させていただきます。あちらの係員の指示に従ってください」


 アンラーとはこれから使うことになる俺の名前だ。

 由来は安楽死、アンラクシ、アンラーク・シン、でも家柄は疑われたくないからファミリーネームを削ってアンラーク、ちょっと長いし不自然な気がするので少し削ってアンラー、もっと削ってアン……はやりすぎだからこれでいいか、と何とも雑な過程を経ている。


 振り返ると、別の女性職員が立っていて、明るい笑顔とともに手を挙げてきた。

 俺は、「ありがとうございます」目の前の受付役に口先だけの礼を言いながら席を立つ。反応はいちいち見なかった。あまり日本式の礼儀を見せて丁寧な人だと思われるのも嫌だしな。

 お国柄なのだろう、コイツも事務的に応対するタイプのようで、気にしちゃいない。あるいはそうしろというお達しなのかもしれないが。


 そうだよな。それくらいがちょうど良い。

 サービスを売る店でもなければ、機械みたいに淡々とやればいいんだよ。

 ああ、そういえばこの件も昔ブログを書いて炎上したっけな。店員も人間なんだよふざけんなみたいな感想が多かったが、論点はそこじゃねえんだよなぁ。


 さて、案内役――二つ結びの女性職員だが、終始ニコニコしていて、仕事を楽しんでいるのが伝わってくる。


「手続きお疲れ様でした」

「あ、ありがとうございます」


 なんかお礼言ってばかりだな俺。キャラ付け失敗したか?


「ちょっと遠いですけど案内しますね。住所アドレスは覚えてます?」

「アドレス、ですか? 初めて聞きました」

「案内されてませんか? ……もうっ、あの子ったら。手抜きしちゃって」


 え、もしかしてこれ、雑談しながら長時間歩くパターン?

 勘弁してほしいんですけど。


「アンラーさんのアドレスは特区エリア、クラスター4003のノード22です」

「4003の、22ですね」

「覚えましたか?」

「はい、何とか……」


 4、3、2と地続きなのが幸いだ。

 アドレスの体系ももう覚えた。部屋コンテナポッドノードクラスター、そしてエリアとなっている。前世の日本で言えば特区県4003村22番といったところか。


「レッドチョークなら持ってますよ。手のひらとかに書きます? 書きましょうか?」

「大丈夫です」

「よろしかったら差し上げます。あ、要らないですか? 臭いんですよこれ。臭います?」

「えっと、それじゃ……もらってもいいですか?」


 レッドチョークと言えば、ブーガやサリアの前で混合区域ミクションをプレゼンするときに使ったな。

 くさいらしいが、書き心地は最高なんだよな。チョークみたいに固いけど柔らかくて、なんつか墨の切れない筆。


「いいですよー」


 何がおかしいか、ふふふと笑いながら手渡してくる。

 それでもダグリンの職員らしさは出ていて、歩く足は全然止まらない。


「遠いのでせっせと行っちゃいましょう。歩けます?」


 俺が横に並ぶと、「おっ、やりますな」とか言ってくる。


「アンラーさんは何か聞きたいことありますか?」

「いえ、特には……」


 ずっと黙っててほしいって言いたい。

 普段の俺なら言ってるけど、アンラーはそういうキャラじゃない。ここはグッと堪える。


「国のことでもいいですし、ノードやクラスターのことでもいいですよ?」

「えっと、大丈夫です」

「私のことでもいいですよ? きゃっ」


 自分で言っておいて、両手で顔を覆うお茶めっぷり。

 普段の俺なら容姿を舐めるように見て想像と評価を下しているが、アンラーはそういうキャラじゃない。「あはは……」困惑の笑みでさりげなく牽制しておく。


「じゃあ私からアンラーさんに聞いてもいいですか?」


 まるで効いてないですね。何なん。

 どうしようかな。自虐、露悪、悪口と相手を黙らせるレパートリーは色々あるけど、アンラーのキャラじゃないしなぁ。やっぱり設定ミスったかしら。


「何を、ですか?」

「そんな身構えなくてもいいですって。ギルドスタッフとしてお客様の事情を探るような真似は致しません」

「その、なんといいますか、慣れてないので……」

「可愛いなぁ」

「おちょくらないでくださいっ! ボクが気にしてることなんですから……」


 自分で言っていてアレだが、誰だコイツ。

 つくづくミスではないかと思いたくなる。


(が、これくらいした方が安全だよな。ジーサの時も正直甘かったし)


 俺の性格――利己的で、何でも自分本位に捉えて、必要なら主張も厭わないという傍迷惑さは前世がベースとなっているが、どうやらこっちでは珍しいようである。

 滲み出るだけでも疑われかねない。最初は微かな違和感であっても、やがて蓄積し膨張していくからだ。

 俺はルナやユズやヤンデやスキャーノやアウラウルなどから既に思い知っている。


 だから、これからは違和感さえも持たせない。


 情けなくてもいい。

 みっともなくてもいい。

 人畜無害の雑魚キャラを演じて、ブーガミッション完遂まで乗り切ってみせる――と、そう決めたのだ。


 その後も彼女はやたら話しかけてきた。

 女性と接するのが苦手だと言ったのに、それでもまず、最終的に観光ガイドよろしく色々説明してもらうことで落ち着いた。

 彼女自身の話も少し聞くことができた。こうして帰化した人を案内しながら喋るのが趣味とのこと。初っぱなから運が良いのか、悪いのか。


 またもや小一時間ほどかけて到着した。

 さっき俺をたらい回しにしたコンテナ密集地である。ここが4003郡の22番地だったのか。


 と、ぞろぞろと人が集まってくる。「小僧。配属はここか?」おっさんに、「おにいちゃんよろしく」その子供と思しき女の子に、「誰かマスター呼んできな」声のでかいおばちゃんに。


「おい! 新入りが来たぜ!」

「アンタ、名前は何て言うんだい?」

「あ、アンラーです」

「なよっとしてるねぇ。図体は大きいんだから堂々としなっ!」


 おっさんの怒号により村人が集まりつつ、俺は初対面のおばさんに背中を叩かれている。


 ギルドのお姉さんはというと、もう引き返していた。

 勘が良いのか振り向いてきて、ビッと親指を立ててくる。グッドラックのジェスチャー……だよな。こっちでも通じるのな。

 もう何度と思ったが、クソ天使の趣味なのだろうか。このRPGみたいなステータスといい、明らかに前世の日本に肩入れしている。

 いいかげん考察したいんだよな。


 せっかく一国民にまで成り下がれたんだ。絶対に時間つくって、とことんやってやる。

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