第253話 帰化

 鍾乳洞の出来損ないみたいな気持ち悪い凹凸が続いている。

 木漏れ日のごとく光が差し込んでいるから、地表からはそう深くないのだろう。


 ついでに言えば、夜も更けている。

 この寝起きを彷彿とさせる明るさは前世と同じだな。早朝くらいか。たぶん朝の六時台。

 暦で言えば、第五週七日目ゴ・ナナ


(学園に行かなくていいだけで、こんなにも気分が晴れやかだとはなぁ)


 退職した時や離婚した時もこんな気持ちなんだろうか。


 さて、生物的障害モンスター物的報酬アイテムも存在しない洞窟はケイブと呼ばれる。


(ヤンデのスパルタ教育もなんだかんだ効いてるな)


 まず発音が蘇ってきて、次に態度の悪さと気怠げな表情が浮かんだが、意識の外に追いやった。


 グレーターにテレポートしてもらった先は南ダグリン――日本地図で言うと九州部分の、とあるケイブであった。

 いや、厳密にはそのケイブと通じるダンジョンまでで、俺は歩いてここまで来た。数時間くらいはぶっ続けだが、もちろん何ともない。


 南ダグリンはケイブの多い地方とされる。

 旨みがないため冒険者は寄り付かず、生活するにも不便なため人が住み着くこともない。その上、自然現象によりめまぐるしく変形するためマッピングの楽しさも持てないし、下手に巻き込まれでもしたら死ぬ。

 だからこそ選んだのだとブーガが語ってたっけ。


(実際何の気配もないしな。出口の気配もないけど……)


 天井をぶち破ればすぐにでも出られるが、目立つわけにはいかない。


(わかってると思うが、俺はもう一般人レベル1の人間だ。二人とも気を抜くんじゃねえぞ)


 もう落ち着いているが、クロは俺の心臓をフルボッコに痛めつけていた。要は嫌がっているわけだが、今までで一番のダメージだったな。それだけレベルの偽装レベルカモフラージュは疲れるってことなんだろう。それでも頑張ってもらうしかない。

 逆にダンゴは手慣れているようで、後頭部へのダメージはまだ来てなかった。


 だるいのはわかるぜ。俺だって一般人の身体能力しか出せないのはもどかしいんだ。

 だってさ、今の俺なら音速で走るくらい容易いんだぜ? 新幹線はおろか航空機の次元だ。徒歩だとトロすぎて気が狂いそうになる。


 ともあれ、暇ならバグの考察でもしたいところだが、そうもいかない。

 今日中に、というか昼までに地上に出たい。で、すぐに手続きをしてもらって、ダグリン国民デビューするのだ。


(気を抜いていい場面じゃない)


 俺の行き先は特区――一般人からなるエリアである。

 一般人はレベル1と非常に脆弱であるが、国民の半数以上がその一般人なのだ。ゆえに手厚く保護されており、特区内には許可された者しか入れない。

 侵入者は容赦無く処罰されるし、



 ――第三級の人間を斬ったのは久しぶりである。



 皇帝もしれっとそんなことを抜かしていた。

 要するにブーガが直々に見回ることもあるほど手厚いわけだ。つーか一般人と一緒に風呂入るとも言ってたしな。


(俺は正体がバレてもいけないし、特区ではレベルがバレてもアウトなわけだ)


 俺の第二の人生、段々シビアになってね?

 ジャースに来てから誤魔化してばかりだしさぁ……。


 のびのびと過ごせる日は来るのだろうか。


(その前に死に――いや、何でもない。シニ・タイヨウ、ジーサ・ツシタ・イーゼに続く名前を考えないとな)


 死にてえんだけどな、と言ってしまいそうだったが堪えた。


 別にコイツらになら喋ってもいいと思うし、なんとなく気付かれている気もするが、それでも言うのは憚られる。


 ダンゴもクロも、宿主の自殺願望には良い顔をすまい。

 それに未来の危機を黙って見ているほど無能でもないだろう。快適な住まいを失わせないために何かしてくるかもしれないし、俺を見限って出て行くかもしれない。どっちも困る。

 そういうわけで、死の意志についてはなるべく言わないし、できることなら一度も言わないようにしようと俺は考えている。


 まあそういうもんだろ。

 親友だろうが家族だろうが相棒だろうが、隠し事の一つや二つくらいあるさ。






 意外にも一時間と経たないうちにケイブの出口に着いた。

 最後の段差に手を引っ掛け、次いで身体を引き寄せて足を引っ掛けて、とクライミングよろしくよじ登って、地面から顔を出す。


 眼前に広がるのは、両にそびえる絶壁。


(アレだな、水を抜いたフィヨルド)


 百メートルどころではない高さに、一キロメートルどころではない長さの巨大な崖がうねうねと伸びている。

 崖と崖の間、つまり俺が立っている谷部分の幅も実に広い。野球を三試合並べてもまだゆとりがある。植物の類が一切見当たらないが、深森林とは違った大自然と言えるだろう。

 と、景色を拝んでいる場合でもない。


 俺は地面から這い上がり、人がいそうなところを見回す。


「……あれ、か?」


 二箇所ほどコンテナみたいな箱の塊が見えた。

 味気ない灰色だが、遠目でも品質はうかがえる。前世の輸送コンテナと遜色のない、ザ・規格という雰囲気だ。

 違うと言えば、並んではいるが積まれてはいないことか。何かの倉庫だろうか。人は見当たら――


 ズドンッと。


 五歩くらい後ろから派手な着地音が聞こえた。


 速度も威力も大したことはない。レベル40のダンゴでもあしらえるだろう。

 何よりわざとらしかった。一般人が吹き飛ばない威力で、しかし十分にビビらせるよう乱雑に着地したってのが手に取るようにわかる。及第点だとは思うが雑だな。俺なら十倍は上手くできる。

 無論、今や俺はそんなことなどわかるはずもない。

 俺はただのレベル1です。


「うわぁっ!?」


 一般人の反応速度と身体性能を逸脱しないよう器用にビクッと驚いてみせる。

 恐る恐る背後を見ると、坊主頭でデカいリングピアスをつけた男が。


 そいつは意外と器用な飛行魔法でギュンっと間を詰めつつ、杖の切っ先を向けてきた。


「何者だ。国民票を出せ」

「ひぃぃっ!? い、命だけは、か、かか勘弁して、ください……」

「何者かと聞いている。国民票を出せと言っている」

「ぼ、ボクは……帰化、したいので、その……持ってません」


 恐怖による震えも演じてみせつつ、結論から言う。

 男はスチャッと無駄に格好良く杖を取り下げ、ふんとほざく。


「見たところレベル1か。運の良い奴だ」


 ケイブは場所次第だが、一般人が一生出てこれない程度には広く深いことがある。変形に巻き込まれて閉じ込められるのもあるあるだそうで。

 よく出てこれたなとでも言いたいのだろう。


「あ、ありがとうございます」

「案内する。ついてこい」


 男はビッと無駄にキザな動作でコンテナの方を差しつつ、歩き始めた。

 ペースは一般人の歩行に合わせるらしい。黙ってその後ろをついていく。


(悪くない滑り出しだ)


 ここで侵入者判定されて攻撃されでもしたらアウトだったが、俺の想定どおり『ケイブから出てきた一般人』は大丈夫だった。


 細かい事情が問われることもない。ダグリン共和国はインナーセキュリティ――国内の管理を重視する社会だからだ。

 逆を言えば、来る者拒まずとも言えるし、ウェルカムでさえある。実際、この男は俺が出てきてからすぐに接近してくる優秀さを見せながらも、帰化にはすぐに応じてくれたし、


「……」

「……」


 詮索もなければ会話もしない。

 手慣れている。


 そして余計な労力を使う気もないのだろう。


(俺としては助かる)


 美容院とかアパレルショップとか、あとは高級なデリヘルもそうだが、会話振ってくるのウザいんだよな。

 ウザいならまだいいが、今はボロを出すわけにもいかないし。このままなるべく会話なしで済ませたいぜ。


 無駄に広いので数分経ってもまだ着かない。と、ここで「あとはわかるな」男が職務を放棄してきた。

 自分であのコンテナ群まで行って帰化を相談しろってことだろう。


「は、はい……」


 落ち着きの無さを少し維持しつつ返事する俺。

 間もなく男は飛び去っていった。

 目で追ってみると、飛行ではなく空中で蹴ることで高さを出す方が得意らしい。

 あっという間に百メートル以上跳んだ後、ライナーのように進んでいった。先に高さを確保してから水平方向に動くタイプだな。


 レベルで言うと30くらいか? 飛行では足元にも及べないが、肉体的には負ける気がしない。

 今の俺から見たら、そうだな、たぶん卵の殻くらいだろう。加減をミスると即行で貫いちゃうレベル。


(一般人はもっとだよな。アホみたいに柔らかい)


 冗談抜きで泡だと比喩してもいいくらいに。


(二人とも加減は誤るなよ。俺も気を付けないとな。……じゃあ行くか)


 その後も新米国民の緊張感を崩さず、俺はコンテナまで歩いていった。

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