第252話 再邂逅2
「俺のこの身体――アンタも使ってみるか?」
いくらでも試せる無敵の身体は、魔王を誘惑できるほどの価値を持つはずだ。
「出会ったときみたいにぶっ放してもいいぞ。なんだっけ、メガトン・グラスプ?」
俺としても世界最強の人物はぜひとも使いたい。
つまりウィンウィンが成立する。そう思ったのだが――
「地上で放てるかよ。おい」
後半はグレーターデーモンへの呼びかけだ。
もう俺への興味関心が消え失せている。魔王が立ち上がった。
「コイツらは連れて行く。もはや地上にいていい水準じゃねえ」
「待て待て。俺の頼みがまだ終わってねえって」
グレーター達もすでにゲート開いてるし、何なら面倒くさくて逃げようぜと言わんばかりの態度で背中を向けてきてやがる、つーか見せつけてる。お前らわざとだよな、何なん。
「俺は一般人としてダグリンの国民になりたいんだよ。で、ここからが問題なんだが、俺にここからダグリンに向かえるほどの力はない」
「よく言うぜ」
「二国から追われる立場なんだよ。俺はレベルも魔法も大したことがない。殺すのは簡単だが、逃げることができない」
「誰か相手してやれ」
ずいっとグレーターの一体が前に出て、そのつぶらな瞳で俺を見下ろす。
元々そのつもりだったが、コイツもモンスターであるためイエス・ノーしか答えられない。ここからまたやり取りを頑張らなきゃいけない。
いくら俺が疲れないからといっても、それは面倒なことで。
「……なあ。アンタに頼んでもいいか?」
「見なかったことにすると言ったぜ」
俺と関わるつもりは一切ないってか。ケチな奴だ。
あるいは、だからこそ魔王たりえるのかもしれないが。要するに超常現象とは原則関わらないようにしているわけだ。
そんな律儀な魔王さんは当然のように無詠唱でゲートをつくっている。
秒と経たずに数十個くらい生成された時空の門。
それぞれから出てくるのはモンスターで、どれも視覚的に強そうだと一目でわかる。破壊と、そう、殺害――人を殺すことしか想定してないフォルムばかりだ。
弱者は見ただけで恐怖し、絶望するだろう。
強者は見ただけで警戒し、問答無用の駆除を即決するだろう。
生物は生存競争を経て進化していくという。
モンスター達がまるで人類への対抗に特化しているように見えるのは気のせいではあるまい。それはつまり、人類と競争してきた歴史があるってことなんだろう。
獣人曰く
(死にたい俺には要らないものだ)
見なかったことにして、
「さてと、どうしたものか」
整理すると、俺はアルフレッドだのエルフだのに見つからないようダグリンに潜り込む必要がある。
目的は、同国の将軍全員を殺すため。
理由は、ブーガとの約束だから。
別にダグリンに帰化すること自体は必須ではないが、どの国にも所属しない者はすぐに怪しまれる。
所属先の選択肢は事実上
さて、この任務には二年以内という期限もついている。
達成できなかった場合、あるいは途中で誰かに漏れた場合、ブーガは俺を無力化するという。
対話したからわかるが、あの人はマジだ。
帝王として、己の為す術の無さを嘆いていた。
俺を使って打開することに賭けたのだ。そして、それができなかった場合は、もう強行策に出るしかないとも。
(グレーターも没収されたし、魔王も俺と関わる気がない)
散々痛感しているが、そう都合の良い展開にはならない。俺自身が何とかするしかない。
俺は二国の網をかいくぐってダグリンに行く。国民になる。
そして
できるできないの問題じゃない。
やるしかないんだよ。
「お前には俺をダグリンにまで運んでもらいたい。まず、俺を直接ダグリンの領地にまでテレポートさせることはできるか?」
「じゃあゲートを繋ぐことは?」
「ダグリンの領地内、またはその近くにあるダンジョンの中で、お前が知っているものはあるか?」
「そのうち、行ったことのあるものは?」
「そこにはゲートやテレポートで繋げるか?」
「そこに来る冒険者のランクはどのくらいだ? 第五級? 第四級?」
いつものように、俺はグレーターに質問を重ねることで情報を引き出していく。
グレーターなら俺を運び届ける能力くらい持っているだろう。
だが「運べ」という曖昧な指示では動きようがないし、人とするようなコミュニケーションを取ることもできない。
できるのは質問することと、イエス・ノーの二値で回答をもらうことだけだ。
つまり俺自身が質問を工夫して、正解をたぐり寄せなくてはならない。
結局質問タイムは二時間ほど続いた。
コイツが知っているダンジョンのレパートリーの中から、なるべく人が少なくランクもしょぼくて、かつダグリンの領地に近いものを特定――そこに送ってもらうことにした。
これなら不自然なく領地に入れる。
ダグリンにとって帰化は非常に身近なことであるから、俺も帰化したいですと言えばいい。
懸念と言えば瞬間移動時に誰かに目撃されることと、あとはダンジョン出入口で入退場管理がされていた場合に「入場してない奴が出てきた」が起きかけないことだが、どちらもクリアできるとわかっている。
まあそのあたりをクリアするだけで一時間くらいは使ったが。イエス・ノー縛りのヒアリング、マジでムズイ。
「終わったかよ」
「……ああ。アンタが手伝ってくれれば一分で済んだけどな」
「さっさと終わらせろ」
魔王は飽きもせず俺達を眺めていた。
その後ろにはグレーター以上の巨体がある。白っぽい銀色で全身を固めた、いかにも固そうなモンスターで、オリハルゴーレムと呼ぶらしい。その名のとおり、最硬の金属オリハルコンから成るゴーレムだ。
さっきから話が聞こえてたんだが、何でも上階のミスリルゴーレム達をまとめあげる存在として今回抜擢されたようだ。
同時に、コイツ自身が財宝にもなる。本来の宝である魔王の黒下着は俺が手に入れちゃったからな。そしておしゃかにしちゃってる。魔王は「ざけんなよテメエ」と愚痴ってた。
グレーターデーモンの太い指が伸びてくる。
俺の喉を挟み、締め上げた。
無限のおもちゃを失うのが惜しいのだろう。俺も受けたことのなかったほどのパワーが加わっている。柄にもなくプルプル震えてるしな。
その人腕よりも太い指の表面を、俺も全力でつっついてみるが――相変わらず硬い。硬すぎてびくともしない。綿の毛でダイヤモンドを突いているようなものか。
思えば、コイツらが俺に抱いているのも、こういう果てしなさなのだろうか。
感慨はこれくらいにして。
「元気でな」
もう二度と会うことはないだろう。
俺を締めるグレーターは、こくりと頷いてくれた。
意思疎通ができていて、挨拶にも応えてくれて。
モンスターを手玉に取れているという優越なのだろうか。あるいは愛着か。
もはや俺に感情はないが、もしあったとすれば、凄く嬉しいに違いないと思った。
「テメエの心配をしろよ」
「そうだな。アンタも気が向いたらぜひ来てくれ。俺は凄いぞ? コイツらにも聞いてみるといい」
「散々聞いたっつーの。それでもだ――」
テメエには関わらねえ。
そんな魔王の断定を聞き終えたところで、風景が切り替わった。
◆ ◆ ◆
「いいご身分ね」
かの人物の見送りが終わったところで、側近でもあり正妻でもあるサーヴァが姿を現す。
ちなみにどちらも自称であり、魔王本人は一度とて認めたことがない。
「魔王だからな」
「殺していい?」
「テメエにはどっちも無理だ」
「アンタを殺せる化け物なんているわけないでしょ」
サーヴァも魔人である。
ゆえにモンスターとは普通に会話できるし、モンスターもまた魔人には同胞のように接してくることが多い。彼女もそれを期待して軽く挨拶しようとしたが、グレーター達はそっぽを向いた。
どころか、そそそっと巨体に似合わぬ動きで遠ざかっている。
本人の知る由は無いが、魔王を好いて追い続ける者など恐るべき狂人である。そのうちの一人であり、筆頭でもあるサーヴァとは関わるな、とは常識の一つとされていた。
ましてその魔王と一緒にいるのだから、何が起きても不思議ではない。
知能高きグレーターデーモンが、彼女の機嫌を損ねないように逃げるのも当然だった。
彼女としても、なぜか避けられるのは慣れっこなため気にはしない。
「人間の方よ。そうは見えなかったし、本人もそう思ってるからこそ一般人になって隠れたがるのよね? 隠れてなかったけど」
そんなサーヴァは
その正確性は魔王も認めるほどであり、現に彼にも通用する寄生スライムの偽装さえ無意味だと言っている。
「覚えてねえのかよ。以前も会っただろうが」
「雑魚なんていちいち覚えちゃいないわよ」
「地下1113階の時だぜ?」
「だから覚えてないって――」
「テメエのその眼でも見えなかったことの意味をよく考えろよ」
サーヴァの妖艶な口元が停止する。
目の前の愛すべき御仁は魔人族の長であり、世界最強の冒険者だ。それは同時に規格外の身体能力、魔法、スキルを備えているとも言え、必要に応じて習得やアレンジさえも息するようにできるという。出来ないことなどないと言っても過言ではないほどの偉大な傑物である。
そんな人物が一目置いているという現実。
それも、唯一認めてくれた彼女の特技さえ差し置かれているのだ。
「絶対に手ぇ出すんじゃねえぞ」
「……」
「考えてねえで受け入れろ。絶対に手出しするな。誰にも言うんじゃねえ」
魔王にここまで言わしめる者。
しかし、自分の眼には雑魚にしか見えなかった者。
意味など考えるまでもない――
次元が違う。
思わずサーヴァは毒突こうとしたが、
「もし何かしやがったら、
「……」
釘を刺されては何もできない。
個よりも種族を、種族よりも世界を選ぶのが王であり、覇者である。
さっきの雑魚人間は、その立場と責務を持ち出すほどの存在だということか。
ただの人間のくせに……。
サーヴァは頭に手を当て、こっそりと呼吸も整えてから、ようやく絞り出す。
「……どのみち
「それでもだ。アイツらとオレらとでは役割が違えんだよ。地上はアイツらの管轄だぜ」
「メンドくさいわね。全部アンタが支配すればいいじゃない」
「そういうわけにもいかねえんだよ」
魔王についてわからないことの一つがこれだ。
竜人を含め全世界を統べる力を持っているのに、そうしようとしない。
魔人族という種族の外にさえも出ず、冒険者まがいの鍛錬や冒険を繰り返している。ついさっきグレーターを「相手がいない」と評していたが、自分の棚上げにも程がある。
全世界全人類が結託しても勝てないだろう。
そんな人物が、今さら何をしているというのか。
むしろ覇者だからこそ、制覇するべきではないのか。
もっとも疑問を抱いたところでどうにもならない。魔王の口を割らすなど不可能だし、しつこく追及すればそれだけで嫌われる。あるいは処罰されかねない。
「あの子、一人でいいから借りてもいい? 誰かさんのせいでむしゃくしゃしてきたから」
とりあえずサーヴァは気分転換を選んだ。
彼女の眼はグレーター達の細かい実力差も見抜いている。
一番強い個体に熱い視線を送ると、当の悪魔はげんなりと肩を落とした。
「オレが相手してやるぜ?」
「アンタだけはイヤ!」
しかし、おそらくは助け船だろう、魔王が絡んだことで悪魔は救われた。
代わりにサーヴァ自身の予定も確定してしまったが。
「そう言うなって。オレのこと好きなんだろ? ほら、久々の魔王だぜ?」
「ちょ、ちょちょっと!? いきなり脱ぐなっ!」
「さっさと脱げ」
刀か銃でも抜けよと言わんばかりの雰囲気だが、ジャース流であった。
特に彼らほどの訓練にもなれば、耐えられる装備品が存在しない。ゆえに壊したくなければ、事前に全部脱ぐしかない。
「いいかげん男の身体にも慣れろっつーの。オレに惚れてるのはわかってっけどよー、いちいちオドオドしててウゼえ」
「そうやって都合のいい時だけ好意を自覚してくるところもイヤなのよ。第一、私が好きなのは分け隔てなく優しいアンタであって、別に戦闘狂や指導者としてのアンタは――」
「ここじゃ
魔王の鍛錬は魔界――魔人族とモンスターの界隈でも有名で、死んだ方がはるかにマシともいわれる。
それもそのはずで、魔王自身が人を寄せ付けないために演じているからなのだが、稀にここを超えてくる物好きが存在する。サーヴァもその一人だ。
それでも好き好んで受けるほどイカれてはいない。
この後、サーヴァは内臓が飛び出る苛烈さでしごかれ続けることになる。
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