第七部 ディストピアとか舐めてんのか?
第251話 再邂逅
「テメエとは会いたくなかったが仕方ねえ。俺の家族をたぶらかせた件――吐いてもらうぜ」
ダンジョン『デーモンズシェルター』の最深層にて、なぜか魔王に出くわした。
(見た目は人間なんだけどな)
年下にも年上にも見えるイケメンが、黒の半袖と半パンを着ている。筋肉の量と付き方はレスラーほど露骨ではないが、格闘家くらいは名乗れそうか。
まあ容姿なんて何の参考にもならないが。
人類が束になっても敵わないであろう青白き悪魔も。
エルフさえ欺く変幻自在のスライムで、今はなぜか某金髪裸族幼女に模しているダンゴとクロも。
あとは
モンスター達が揃って頭を垂れる理由がわかる気がする。
これは重圧か。
否、概念だ。
魔王とそれ以外とがあって、後者は前者には絶対に勝てない――
そんな事実をただ突き付けられているような爽やかさがある。恐怖もなければ畏怖もなく、ただただ横たわっているのを見ていることしかできないというか。
ただのオーラなのか。その規模がとてつもないのか。それとも別の何かを仕掛けてきているのか。
わからない。
わからないが、仕組みを探ることさえおこがましくて、「まるで空だな」よくわからない感想が出てしまった。
「意味わかんねえこと言ってんじゃねえ。テメエらもかしこまるな。オレ達は家族なんだからよ」
後半の台詞を受けたグレーター達は、人間のように顔を見合わせると、こくりと頷いて。
次の瞬間――
音も無く、砂塵さえ一粒と立てずに、仰向けに倒れていた。
(テレポートよりも一瞬だったな……)
たぶんグレーター達が純粋な物理攻撃で勝負しに行って、それを魔王が手も触れずに捌いたんだと思うが、正直わからん。
ミリ秒、いやマイクロ秒どころじゃない刹那なのは間違いなさそうだ。実力差バグってない?
やっぱりコイツが滅亡バグなんじゃねえの? と安易に疑いたくなる。
「37年前より速えな。これ以上増やしても相手がいねえぞ」
魔王はグレーターの逞しいふくらはぎをポンポンと叩きつつ、両肩にはダンゴとクロを迎えている。
どこで覚えたのか、剥き出しの恥部を押しつけている俺の相棒達。ホント何してんだお前ら。「こういうのがテメエの趣味か」違います。
されるがままの魔王は、そのまま俺の側にまで来て腰を下ろす。
後方ではグレーター達も同じようにあぐらをかいていた。俺のことを太い指で差したり、また顔を見合わせて首を傾げたりしている。
「今さらテメエの謎を明かそうとは思わねえし、明かせるとも思えねえ」
「そりゃ残念だな」
「オレから言いたいことは一つだけだ。――コイツら使って何企んでやがる?」
「とりあえず二人を引き剥がさないか?」
目の前に幼女のお尻が二つもあっては、真面目な話も何もあったものじゃない。
魔王は素直に聞いてくれるようで、首根っこを掴んで離した。
ぷらんと垂れ下がっている
難しい顔をつくっていて、なんていうか普通に人なんだよなぁ。
「寄生スライムにしては異次元の出来だなオイ。オレでも見破れる気がしねえ」
「だそうだ。良かったなダンゴ、クロ」
「……」
父親のように二人を優しく置く魔王。
「二人か」
「二匹とでも言った方が良かったか?」
「テメエがぞんざいに扱ってねえことはわかった」
「言葉なんてどうとでもなるし、コイツらと付き合ってるのも利用価値があるからなんだが」
「んなこたぁわかってんだよ。コイツらがそう言ってんだ。なっ?」
二人の幼女がこくりと頷く。やっぱりユズに似せてやがるなぁ……。そして学習能力もエグいみたいで、もう動き方に不自然さがなくなってきている。
魔王さえも関心するほどの寄生スライム――。
確実にアドバンテージだよな。絶対に手放してはいけない。
「テメエの行いに免じて追及は勘弁してやる。代わりに見せてもらうぜ」
「何を?」
「命令できんだろ? どっちでもいい。試しに何か命令してみろ」
さっきから魔王が何を知りたがっているのかわからないが、脱線できる雰囲気でもない。一応聞いてみようとして、
(……喉が動かん)
「余計な発言は禁止させてもらうぜ。詠唱もだ」
「それだと何も喋れなくなるが」
「どこに向けて何喋るかはわかんだよ。ほら、さっさとやれ」
心を読まれているかのような錯覚に陥る。
思いつきで『10ナッツ』と威力を変える詠唱を口ずさもうとしたが喋れない。しかし「10ナット」フェイクはしっかりと喋れた。「遊んでんじゃねえよ」へいへい。
全くカラクリがわからんが、相手は魔王。俺ごときが張り合うだけ無駄だろう。
何をデモンストレーションするかしばし考えて。
せっかくだから、相棒の引き出しを一つ漁ることにした。
「ダンゴ。クロ。俺のレベルを偽装しろ。
これまで俺は誤解していた。寄生スライムでもさすがにレベルは誤魔化せないと思っていたのだ。
だからこそ切断など防御力がバレる出来事に警戒してきたし、身体能力をフル活用して低レベルのパフォーマンスを演じつつ、コイツらにもわざわざ発汗や出血を再現させてきた。
が、そもそもそんな必要は無かった。
シッコクとグレンである。
あの二人は第一級クラスの
さて、俺の命令だが、ユズそっくりの幼女二人は揃って首を振ってきた。縦ではなく横に。
「言ったよな? 俺はこれからダグリンの国民になる。それも
死にたい俺にとって、いつ終わるかわからない退屈など地獄でしかない。
もちろんリリースを放てば勝てるが、そうやって騒げばいずれ竜人に行き着く。さすがにジャースを統べる天上人に勝てるとは思っちゃいない。
おそらくレベルからして違うはずだ。魔王にどれだけ近しいかはわからないが、こうしてカラクリもわからず完璧にピンポイントで封じられる可能性だってある。
「俺ほど面白い宿主は、もう二度と訪れないと思うぞ」
だよな魔王? と同意を求めようとしたのだが、喉が動いてくれなかった。
本当にピンポイントで止めやがる。会話の中で魔王を使うことも許さないってことだろうか。警戒しすぎじゃねえか?
ぶっちゃけバグのヒントを探るための会話を色々したいんだが、この様子だと無理そうだな。
まあいい。命令自体は心配していない。
コイツらは生意気で小賢しいが、バカではない。
「もう一度言うぞ。
今度は二人とも頷いてくれた。
ひとっ飛びで俺に抱きつき、変形するのも一瞬のことで、もう外殻が出来上がる。肌も、皮膚も、爪や指紋から手相に至るまで、すべてが完璧に再現されている。さっきまで使っていたジーサのものだ。
「これでどうだ?」
「何者なんだテメエ……」
口に手を当て、小首を傾げる魔王さん。
その人間らしい反応から見るに、偽装は成功したようだ。つまり魔王は俺のレベルを把握しており、それがこうして変わったこと――それも俺の説得によって変わったことを目の当たりにしたわけである。
にしても、さすがは人類最強だよな。無詠唱のレベル算定くらい息するようにやるってか。
「レベルカモフラージュは相当
逆を言えばシッコクとグレンは脅してたってことだな。
「その二人ならオレの頼みでも聞かないだろうぜ。なのに魔人ですらない人間がその気にさせただと? テメエ、ふざけるのも大概にしろよ……」
「俺に言われてもなぁ」
「何がどうなってやがる……」
「俺が聞きたいくらいだな」
「最初会った時からおかしかったんだよテメエは」
まあ転生してきたわけだからな。つっても実際はバグってて転移――つまりは生まれ変わりではなく、ただこの世界に移動してきただけみたいな挙動になってるけども。
「オレが積み上げてきた
何に悩んでいるのかは知らないが、
なんていうか、人だなぁ。いや魔人も人なんだけどさ。
「――悩んでも仕方ねえ。やはりテメエは見なかったことにする」
「がっつり絡んできたくせにな」
「魔人でもねえ人種がモンスターをコントロールするってのは放置できない事象なんだよ。現にコイツらもひくほど強くなれるようになってやがる。テメエの身体を使わせまくったんだろ?」
紛らわしい言い回しだが、おそらく俺で実験しまくったおかげでレベルアップの糸口を掴んだってことだろう。
不死身の人間が人体実験されるマンガを昔読んだことがある。
いくらでも試せる手段はそれ自体がチートだ。それこそ魔王なる人物がこうして感心や当惑を示すほどに。
「アンタも使ってみるか?」
魔王というチャンスを活かすために。
交渉の余地をひねり出すために。
俺は誘惑を提示した。
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