第197話 ジーサの受難4

 準備が整ったところで食事が始まる。

 席次は俺とヤンデが並んで誕生日席で、向かって右側にハナとミーシィ、左側にスキャーノとルナだ。レコンチャンはハナの後ろで控えている。


 食卓は晩餐と呼べるほど豪勢で、バイキングで見るような大皿にはカラフルなサラダや前世の生物では形容できない肉が載っている。

 ボウルのような容器も三つほどあり、それぞれ異なる液体が入っている。うち一つは牛乳にしか見えない白さと濃さで、ルナの食いつきから見てもミルクリの汁だと思われる。


 ちなみに小皿や食器は一切なくて、


「どうやって食うんだ? 届かねえだろこれ」


 俺としてはそう主張する他は無かったのだが、予想通り魔法で食べる作法らしく、恥を晒す形となった。

 無論、テーブルに身を乗り出して掴みに行くわけにもいかず、ヤンデにあーんしてもらうことに。恥の上塗りとはこの事で、ヤンデも苦笑を漏らしていた。

 コイツの苦笑いはレアいのでついガン見してしたら、後頭部を殴られた。ミーシィだけは爆笑していた。


 アルフレッド上流階級のテーブルマナーは複数存在する。

 これはそのうちの一つだという。言わば、魔法の所作を重視している。

 魔法による綺麗で繊細な制御は、貴族としての品格と同時に実力も示せるというわけだ。


 堅苦しそうなイメージを持っていたが、意外とそうでもない。ハナでさえも普通に咀嚼しながら喋っていた。

 それでも一切こぼしていないし、上品に見えるのだから大したものだ。

 執事のように背後で黙って突っ立ってるレコンチャンも、その雰囲気に一役買っているんだろうな。


 話題は至って真面目なもので、学園生活と世間について、直近の状況と予定をざっくばらんに話すというものだった。


 ハナはともかく、ミーシィも博識なのが意外だった。

 知識量で言えばハナとスキャーノが同等で、その下でルナとミーシィが同じくらい。ヤンデは偏りは大きいがハナの側に近い。

 俺はド底辺だし、シニ・タイヨウやグレーターデーモンの話題も出たりしたので、おとなしく黙ることにした。


 一時間ほどだろうか。

 濃厚な会話が続き、食事も一通り平らげられたところで、


「――皆様は大望をお持ちで? ヤンデ様はいかがですか?」


 魔法で口元を拭うハナがヤンデに吹っかける。

 どちらかというとヤンデは聞き役に徹していて、場もそういう雰囲気だったが、既にがらりと変わっている。

 レコンチャンもミーシィの隣に腰を下ろし、場の全員が王女に注目する。


「まだ持ち合わせてはいないわ」

「まあ。王女ですのに?」

「私は長らく貧民として暮らしていたのよ。それがある日突然、エルフにさらわれて、王女でしたと言われたわけ」

「……お気の毒ですわね」


 エルフの王女を探らんとするハナの目論みは潰えたようで、貴族としての圧が露骨に薄れたのがわかった。

 そうでなくとも、レコンチャンが肘をついている。


「もう克服はされたので?」

「そこの変態のおかげでね」

「変態言うな」

「……」


 ハナの視線が俺に移る。

 もうちょっと頑張ってくれよ新米王女さん。つーかハナと喋るのが面倒だからって俺に投げたよな、これ。


「あの、無言で見つめないでもらえます?」


 ほら、大貴族の娘が興味津々じゃねえか。

 好奇心も旺盛なのだろう。上品だが、らんらんとした眼の輝きがゼロではない。


「ジーサさん、いくらアンタでもハナに手え出したら殴るぞ」

「出さねえよ」

「ジーサちん、わたしには出していいからね」

「出さねえって。つかお前、照れてたじゃねえか」

「今度はだいじょうぶ!」


 ミーシィが「むむん」と謎の擬態語とともに胸を張る。

 ルナが「大きいですね……」などと感心する一方、ハナは俺から目を逸らさない。

 

「ジーサ様。混合区域ミクションはご存知で?」


 ああ、知ってるぞ。名前はともかく、発案は俺だからな。

 などと言えるはずもないので、


「ハクション? 大魔王か何かか?」


 などとボケけてみると、「は?」ハナが地声で素の反応を寄越してきた。一応、魔王なる存在について何か得られるかなという期待もあったが、無さそうだ。


「では実験村テスティング・ビレッジは?」


 実験村という漢字が頭に流れ込んできた。たぶん、俺が国政顧問として提案した件の村づくりを指しているのだろう。


「聞いたことないな」

「無学ですわね」

「その割には字を考案してたけどな」


 レコンチャンの呟きに「ですわね」ハナも同調する。

 そういや俺がデバッグモード仮説を考察してたときに見られたんだっけか。「文字を?」ミーシィと水魔法、つか水鉄砲でじゃれてるルナがわざわざ怪しんでるからやめてほしいんだが。つか何してんだお前ら。子供か。


「それで、その混合区域や実験村が何だって?」

「私はこの国をもっと良くしたいと考えています」


 いきなり壮大な話が出てきたが、不思議と茶々を入れる気は起きなかった。

 富貴な淑女が泰然としているからか。それとも微妙に真面目な声音に変えてきた演出がそうさせるのか。


 サリアほどではないが、身分高い人ってこう雰囲気つくるのが上手いよなぁ。


「国王様の右腕となるべく日々励んでいるのですが、ある日、実験村なる取り組みを教えてもらったのです。頭を殴られたかのような衝撃を受けましたわ」


 どうやら俺を探る意図はないらしく、単にメインの王女様が新米すぎて話にならなかったから、その婚約者に話を振ってみただけっぽい。


 ハナはそれはもう熱心に語ってくれた。


 民の声に耳を傾け、また当事者意識を持たせて自律的に動いてもらうこと。

 秩序維持を務める機関については、罰則を厳密かつ厳重にし、監視も不規則にすることで終わりのない緊張と責任感を持たせて腐敗を防ぐこと。

 村の運営や政治に関する策については、机上でこねるよりも現地での検証を繰り返すこと――


 小難しく聞こえるが、前世ではどれも当たり前に行われているものだ。


「そしてつい昨日のことですっ! これも国王さまから教えていただいたのですが、ダグリン共和国でも同様の取り組みがなされて、なんと森人族エルフと獣人族の領土問題を和解に導いたのです!」


 すっかりテンションが高くなってるハナさんだった。

 国王を慕っているのも丸わかりだ。シキ王のことだから、まず相手にしないだろう。毎回頭を抱えながら交わしているのだと思うと、胸がすっとするな。


「世の中には凄い人がいるものね」

「ヤンデ様。その件について何か聞いていませんか? 国王様も教えてくれないのです。思想から見て、同一人物ではないかと私は睨んでおりますの」

「何も聞いてないわね」


 俺がブーガを携えてプレゼンしてたのをその場で聞いてたくせにな。コイツも中々に役者だ。助かる。


「ぼくは会社だと思うよ。アルフレッドとダグリン――両国と公平に接しているように聞こえるから、たぶん依頼を受けて提案したとかじゃないかな」

「ギルドは?」


 スキャーノの見解にルナがギルド説を差し込む。


「ギルドは国の運営には興味ありませんわ。それに今は国に成り下がってて、三国を牛耳る権限はもはやありません」

「だから国政提案という形で他国を取り入っているのではないですか? ハナさんの話は、従来の三国の発想ではないように思います」


 コイツら、さっきから喋り続けてるのによくもまあ疲れないものだな。

 前世のバカ真面目な同僚やマネージャーを思い出す。一、二時間くらい平気で会議しやがるからなぁ。俺は偏屈なキャラを演じて、そもそも会議に呼ばれないように振る舞わねばならなかった。


 こっちでもそんな小細工をしなきゃならなくなるんだろうか。


「冒険者風情にそういう発想はできねえと思うぜ、オレは」

「ではレコンチャンさんはどのような人や組織によるものとお考えで?」

「さあな。オレも冒険者だからわかんね」


 何にせよ、答えを知っている俺は高みの見物状態だったが、ふと。


「――ボングレー」


 呟いたのはスキャーノだった。


「ボングレーはどうかな。アイテムの開発で知られる民族で、王国が自治権を認めるほどの村落だったんだけど」

「あー、第二王女様に滅ぼされたんだよな? 生き残りがいるってことか?」


 意外と博識なツンツン頭である。ボングレーの壊滅って割と機密事項モノだった気がするけども。「なんか美味しそうだね」ミーシィは的外れなことを言っていた。会話に加わる気もないようで、さっきから爪を研いでいる。


「わからないけど、風変わりと聞いて思い浮かんだから……」

「ジーサさんはどう思います?」


 ルナがいきなり話を振ってきやがった。

 この男が何を知っているのかとハナは目で疑問を訴えているが、「ジーサさんはボングレーの出身です」ルナがさらりと補足を加えてきやがる。

 軽率な設定だったから、できれば隠したかったんだがな。


 間が空くと怪しいので、さっさと口を開くしかない。


「わからん、ってのが正直なところだ。俺は引きこもりだったんでね、正直誰が何してたかなんて覚えてない」

「落ちこぼれ、とも言ってたね」


 スキャーノも細かいことをよく覚えてやがる。

 むしろ俺自身がそんなこと喋ったのか怪しいくらいだ。


 なんというか、ここに来て詰めの甘さがじわじわにじり寄ってきてるなぁ……。


「落ちこぼれなのに引きこもりとは、良いご身分ですこと」


 ジャースでは引きこもりと言えばガチ勢の学者か箱入りのお嬢様だと決まっている。相応の価値があるということだ。

 落ちこぼれに許される境遇ではない、とハナは皮肉っているのだろう。


「貴族に言われたくはねえな」

「ジーサ様。自分を卑下するのはおやめになった方がよろしくてよ。貴方は今や私以上のご身分なのです」

「よく言ってくれたわハナ。この男は、決して悪くはないのに必要以上に自分を小さく見せようとするのよ。侮辱にも程があるわよね」

「あー、それ、よくわかる」

「私も思い当たりありますねー」

「へぇ。意外とたらしなんだな、ジーサって」


 なぜか俺が責められる流れになってるんだが。


「なぜそうなる。ヤンデはともかく、コイツらは関係ねえだろ」


 ルナはたぶん本当の俺タイヨウのことを言ってるんだろうし、スキャーノは誰のことだかさっぱりだ。


「ヤンデ。侮辱ってどういう意味だ。俺は俺をけなしているだけだが?」

「正直あなたがどうなろうとどうでもいいのだけれど、私はこれでもジーサという男を見込んでいるのよ。惚れてもいるわね」

「そりゃどうも」

「そんな男を貶すのは、たとえ本人であっても許さないわ」


 どっかの物書きみたいなこと言いやがる。作者の分際で作品にけちつけるな、だっけか。


「良い女じゃねえか」


 レコンチャンがへらへら笑う。王女を女呼ばわりしたからだろう、「レコンチャン!」ハナが叫ぶ。


「カリカリすんなって。オレ達はもう友人だよな? 公の場でもなけりゃ、これくらい緩くてもいいだろ」


 さらに怒ろうとするハナだったが、ヤンデが片手を挙げたことで取り下げる。


「ええ、構わないわ。だからハナも、そこまでかしこまらなくてもいいのよ」

「それは、そうですけれど……」


 しばし俯いていたハナだったが、「それでも」上げられた顔は、外面をまとったものだった。


「シャーロット家として、アルフレッドの貴族として。一線は引かせていただきますわ、ヤンデ様」

「……そう」


 表情の乏しい奴だが、ちょっと悲しんでるのがわかる。

 いや、他のエルフよりはだいぶわかりやすいか。


「ジーサ。お口直しに、何か話題を提供しなさい」


 無茶ぶりはやめろ。

 と言いたいところだが、俺はとうに恥を晒しまくってるわけで。いいだろ、開き直ってやる。


 しかし、聞きたいことを準備してたわけじゃないので有益な質問が出てこず、


「そうだな。じゃあ、今さらかもしれないが、お前らって何歳だ?」


 とっさに年齢について口にしてみた。


 瞬間、しんと静まり返る空間。

 ミーシィまでもが言葉を発さず俺を見ている、つかひいているほどだった。俺、何かしたか?


「……それは年齢を聞いてますか?」


 ルナから軽蔑の視線が刺さる。

 中身はともかく、見た目清楚な美人の嫌悪ってそそるよなぁ。普段絶対しないだろうなという期待を良い意味で裏切ってくれる。


 シニ・タイヨウだった時はこれも含めて独占していたんだよな……と、油断すると粘りそうになるので、さっさと逸らす。


「ああ。年齢以外に何がある?」


 あえて全員に問いかけるように疑問のジェスチャーつきで返してみる。

 すぐ複数人が何か言おうとしが、ヤンデが手を挙げることで鎮めた。


「無知で不細工で不器用なジーサのために説明しておくと、人に年齢を聞くのは禁忌タブーよ。ジャースは実力社会だけれど、いいえ、実力社会だからこそ、年齢という情報は偏見の温床になる」

「よくわからんが、歳食ってる割にレベルが低いとか、若い割にレベルが高いとか、そういうのか?」

「わかってるじゃないの」

「普通じゃね? 人の有り様は様々なんだから、歳と実力にばらつきがあるのは当然だ」

「そんなことはわかってるわよ。それを隠すのが礼儀だって言ってるでしょ」


 いまいち腹落ちしないのは、俺が前世の日本人だからだろうか。


 ここは年齢関係なく実力が物を言う世界なんだから、年齢情報に意味なんてない。偏見として使う価値すらないだろ、などと思いつつも。

 これ以上ツッコんで異世界人っぽさを出すのもまずいだろうから、ここらで終わっておくか。


「礼儀とは言ってねえだろ。タブーとは言ったが」

「ああ言えばこう言う!」


 お前は俺のお母さんか。

 ああ言えばこう言う、他所は他所うちはうち、いいから言うこと聞きなさい。

 この三大理不尽は割とどの家庭でも共通してると思うんだが、どうだろうか。


 ……お母さん、か。


 顔と体型は覚えているが、声は朧気おぼろげだ。

 電話越しや近所付き合い時など外面の時だけ妙に高くなるのは妙に覚えているんだけどな。


 元気でやっているだろうか。

 バグってない今なら、いくらでも耽ることができる。別段、面白くもないのに、延々とあれこれ思い出してしまいそうで、何とも言えない気持ちになるな。


 俺は元気でやってるぞ。

 今度こそ本当に死ぬために、真剣に生きてるんだ。


「仲いいね」

「本当にね。羨ましいです」


 さっきからルナがタイヨウ時代と想起させる発言をしているのが気になるが、無論バレるわけにはいかないのでスルーを決め込む。


「スキャーノさんやルナさんは、良いお相手はいらっしゃらないんですの?」

「私は心に決めた人がいます」

「ぼくはノーコメントで。そういうハナさんはどうなんですか? 国王様……ううん、レコンチャンさんでしょ?」

「ば、バッ!? そんなわけないでしょ! これはあくまでも護衛で、幼なじみで、それだけというか……」

「わかりやすい主なんだよ」


 なははと笑う当のツンツン頭は、直後「このバカっ!」ハナの割と容赦無い蹴りで吹っ飛んでいた。

 日常茶飯事らしくて、間に座ってたミーシィは息するように回避しつつもゲラゲラしている。


 ルナとスキャーノはというと、


「え、ちょっと強すぎじゃないですか……」

「ガーナさんなら即死してるね」

「風魔法で衝撃波も押さえてましたよね」

「手慣れてるよね。愛を感じるようで」


 たぶん今日一番のマジひきをしていて、それを見たハナはばつが悪そうに空咳、そしてさらにそんなハナを見たミーシィがプギャー顔負けの指し方でげらげらと笑い始めて、同様に吹き飛ばされていた。


「賑やかでいいわね」

「……そうだな」


 何のんびり浸ってんだよ。

 俺はこのひとときで、もはやなりふり構ってられないことを再認識した。この後、すぐにでもコイツと打ち合わせねばならない。

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