第196話 ジーサの受難3

 日も暮れぬうちに俺達はシャーロット家の屋敷にお邪魔することとなった。


 建物は宮殿風で黄色基調だ。黄色はシャーロット家を示す色らしい。サイズは三階建てだが幅が無駄に長く、アーチ窓の数で言えば百を超えている。

 ハナ曰く、自身が所有する別邸の一つでしかないそうで、金持ちはスケールが違うのだと実感する。


 案内された一室は、食堂のようだった。

 存在感を意識させない地味な長テーブルに、庶民では一生買えなそうな椅子がずらりと並んでいる。

 もっともそんなものは誤差でしかなく、俺達は壁に目を奪われた。


「情報紙を内装として使っているのは、はじめて見たようで……」

「見ていて飽きないですね」

「ルナさんは情報紙は読むの?」

「庶民が手を出せるわけじゃないですか。これからスキャーノおぼっちゃまは」

「おぼっちゃまはやめてよ。ルナさんの実力なら普通に稼げるよね」

「ぼくならもっと稼げるよー、とでも言いたいんですか?」

「なんでそうなるの」


 あの二人、ずいぶんと仲良いな。死線を共に過ごしたことで友情でも芽生えたか。

 それはともかく、圧巻な光景だった。


 情報紙――情報屋ガートンが発行する厚紙が天井一面、壁一面にぎっしりと張られているのである。

 以前ヤンデに見せてもらったが、あの厚紙一枚で金貨一枚。俺換算で一万円だ。

 見た感じ、万枚はあるから、少なく見積もっても一億円……といっても、シャーロット家には端金か。


 近づいて眺めてみたが、やはりジャース語で全く読めない。

 獣人領で見た平民向け情報紙は絵がメインだったが、こっちは文字メインなんだよな。図や写真――そういや俺の素顔も撮られたっけか――も無いことは無いが、割合で言えばラノベの挿絵くらいか。


「これ、どうやってひっつけてるんだ?」

「水ですの」


 独り言のつもりだったが、ハナが応えてくれた。

 振り返ると、ハナが壁に向けて手をかざす。情報紙が数枚ほど剥がれ、ふわふわと俺のそばに飛んできた。


「壁と、その裏面に水を付着させるんですわ。配分は少々難しいのですけれど、水には物を拘束する力がありますのよ」


 たしかに水滴がついているな。紙も特殊な素材なのだろう、ふやけたり破れたりする様子は無さそうだ。


「表面張力か」

「ひょうめん……なんですの?」

「それって維持が難しくないか?」

「一日三回、張り替えが必要ですわね」


 異世界人丸出しポカについては半ば諦めた俺だが、ハナは細かいことは気にしない性格っぽいから助かる。


「水魔法の練習としても最適だからな。人員は事欠かねえよ」


 ツンツン頭のレコンチャンが補足を入れてきた。

 優雅な立ち姿で講釈するハナの後ろで、何やら配膳の準備をしている。他の部屋から食器や食材を引き寄せているみたいだ。

 手際がどう見ても素人ではなく、使用人も兼ねているのだろう。丁寧だし、なんか様になってるし、コイツモテそうだな。


「面白いことを考える人もいるんですね」


 ルナがしれっと俺の隣に来ていて、同意を求めてきた。距離感近くないか。「あ、ああ」返しに当惑が乗ってしまった。


「ちなみに、この方式を考案したのはアーサーですの」


 アーサー・フランクリン。

 シャーロット家に負けない大貴族なんだってな。貧民を露骨に見下してたし、軽率に俺を暗殺しようとしてたみたいだから典型的な無能だと思ってたんだが、そうでもないのな。

 そういやミライア先生も将来有望とか言ってたっけ。


「……」


 ルナがなぜか俺を見上げてくるので、気付かないふりをして逃げようとしたら、


「ひょうめんちょうりょく? ってなんですか?」


 せっかくスルーしたのに、わざわざ皆にも聞こえる声で聞いてきやがった。

 何を考えているのかは知らないが、近衛がついててシニ・タイヨウも知ってるお前とは一番絡みたくない。


「馴れ馴れしいな。俺、アンタのことは苦手なんだが」

「私はそうでもないですよ。昨日も助けていただきましたし」


 しれっと探りを入れてきやがるし。


「何の話をしている? 俺はずっと隠れてただけだが」


 アナスタシアとしてスキャーノと戦闘したこと、シニ・タイヨウとして川の中でグレンを撃破したことはバラしちゃいけない。


「シッコクはジーサさんのことを買っていたそうですね」

「気に入られてただけだよ。女の好みが合ってた」


 ルナの胸元を、見ているとわかる程度にこっそり見ながら俺は淡々と言った。

 これで変態の雑魚枠だというくくりで解釈してもらえて会話終了だと思ったが、「ジーサさんはご存知ですか?」まだ終わってくれない。


「男性の誰もが胸を好んでいるわけじゃないんです」

「そうだろうな。俺とシッコクは胸が好きだが、グレンは起伏の乏しい幼い身体が好きだったぞ」

「たとえばユズみたいな?」

「……ゆず? そんなエルフいたか?」


 危なかった。

 バグってなければ、俺は少なからず動揺していただろう。


 ルナは第一王女であることを隠していて、今はただの平民である。

 王族専用護衛ガーディアン『近衛』など存在も知らないはずだし、まして一号ユズという名前が出てくるはずなどない。


 まさか自分の口から出してくるとはなぁ……。


「ジーサ? あなたはさっきから私に当てつけているのかしら?」


 思わぬ助け船が来た。


「被害妄想だな。俺はただ自分の性癖を話しているだけだが?」

「先週は大罪人二人と好き放題変態ぶりを発揮していたようだけれど、あなたはもうエルドラ家の婿よ。弁えなさい」

「へいへい」


 ヤンデの絡みに乗じて、俺はルナの元を離れた。

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