第195話 ジーサの受難2

「――たしかに、ほとんど出入りが無いわね」


 俺とヤンデは王都北西部、貧民エリアを上空から見下ろしていた。


 これほど貧富の差が激しい光景もそうはあるまい。

 北東は前世でもありそうなしっかりした町並みだし、南に至っては魔法の多用が見てわかるほど豪華かつ堅牢で、前世の建造技術でも再現できないんじゃねってレベル。

 一方、貧民エリアは、戦国モノのフィクションに出てくるような質素な風景で、たぶん台風一つで全部消し飛ぶ。


「そうだな。面白いバランスをしている」


 貧富を分かつのは財力ではなくステータス、もっと言うとレベルだ。

 一般人レベル1である限り、身体もたかが知れているし、魔法も使えない。冒険者レベル2以上の世界は、同じ人間であっても別次元だ。

 そんな冒険者達は、たいていのことは自分でやった方がはるかに速い。あえて一般人を利用する理由がないのだ。


 無論、いつの時代も弱者をけなし、いたぶる者は存在するが、騎兵隊がそんな横暴を許さない。

 第一、アルフレッドの価値観により既に下位階級はゴミ扱いだし、冒険者にはダンジョンにモンスターにと刺激的な対象が腐るほどある。


 そういうわけで、貧民は絶滅しているわけでもなければ、虐げられているわけでもない――

 意外とよく出来ているんだよなぁ、としみじみ思う。


「私を働かせておいて、呑気なものね。落としてもいいかしら」

「やめてくれ」


 ちなみに俺はヤンデにぶら下げてもらっている。

 風魔法で運べばいいのに、あえて自分の手で運ぼうとはコイツも腑抜けたものだ。


(人のこと言えないか)


 頭上から声がかかるとどうにも落ち着かないが、直接触れられて悪くないと思う俺がいる。もちろん、素直に認めるのは癪なので見なかったことにするが。


「で、どうするのよ?」


 ヤンデの言う通り、貧民達は西部の貧しいエリアから外に出る様子がない。

 逆に、平民や貴族も貧民エリアに足を運ぶことはなくて、目に入るのは騎兵隊と思しき素早い点ばかりだ。


「どうするも何も、まずは貧民と打ち解ける他はないだろ」

「打ち解けてどうするのよ? めぼしい女でも探すのかしら?」

「なんでだよ。行動を変えてもらうためには、どうすれば変わるのかを知る必要があるわけだが、俺達は何も知らない。実際に聞いたり過ごしたりしてみて現状を知っていくしかないだろ」

「言い方もやり方も回りくどいわね。従わせればいいでしょ」

「良くねえよ」

「どうしてよ。全員が相手でも秒で片付くわよ?」


 そうじゃなくて、と言いたいところだが、レベル社会だからこそ命令脳に染まっているのかもしれない。


「行動するのは貧民なんだから、貧民の都合を考慮しなきゃいけねえんだよ。貧民の、貧民による、貧民のためのやり方を用意するのが俺達の仕事だ」

「……よくわからないわね」


 リンカーンの名言をもじってみたのだが、まだピンと来ないか……。

 こりゃ意思疎通には相当苦労するかもしれんなぁ。ヤンデさん、こんなに物分かり悪かったっけ。


(ルナやユズの時はそうでもなかったような……。つか、アイツら、今頃何してるだろうな)


 スキャーノや一部の先生方アウラとラウルもそうだが、演説の時から今まで一切姿を見ていない。

 何かが水面下で動いてそうな気がする。


「いい時間ね」


 ヤンデは理解を諦めたようで、そう口にする。

 俺も学園の敷地を見てみると、30.17.56――あと四分もしないうちに今日が終わるな。


 降下し始める中、俺はふと疑問に思って、口に出してみた。


「なあヤンデ。一般人はなぜレベルを上げない?」

「死にたくないからでしょ」

「レベルを上げない方が危なくないか?」

「ジーサにはわからないでしょうね。レベル上げに挑んだ人のうち、三人に二人は死ぬのよ」


 たしかに無敵の俺にはわからないし、ヤンデも俺が耐久性をウリにしたタイプであることはとうに勘付いてる。

 この言い方だと、俺の耐久性はレベル1時点で存在していたもの――つまりレアなスキルだと見ているっぽい。残念ながら違うけどな。


 もちろんバグなどという事情を話すつもりはない。

 俺はブーガに対しても話さなかった。こんなメタな話、そもそも通じもしないだろうしな。これだけは墓場まで持っていくつもりだ。


 と、考え事に耽っても怪しまれるので、俺も口は止めない。


初心者によるトドメフィニッシュ・バイ・ビギナーは?」

「そんなの成功するわけないじゃない」


 ルナさんはミノタウロス相手に見事成功させたが、そうか、これも結局俺が無敵だからこそできたことだ。


「とすると、貧民にレベルを上げてもらうのは厳しいか」


 ヤンデに無知を怪しまれるのもアレなので表には出さないが、脱・一般人するのがそんなにリスキーだったとはな。いい勉強になった。


 フリーフォール顔負けのグラビティで降下した俺達は、間もなく学園敷地内に着地。

 闘者バトラー志望で模擬戦中の生徒達にちらちら見られながら校舎に入る。


(当たり前だが目立つな)


 本来は外に出るのはおろか、無闇な飛行さえ禁じられているのだから、特別待遇も良いところだ。

 ヤンデは全く気にした素振りがなく、「今夜は何を食べようかしら」などと言っている。


 五重の廊下を抜けると、いつもの透明なFクラス校舎が見えてきて。


 違うと言えば、教室に先客がいたことか。


「ルナとスキャーノがいるわね」

「打ち解けてるみたいだな」


 ルナはハナと淑やかに談話しており、スキャーノはツンツン頭から暑苦しそうな会話を吹っかけられているようだ。

 ミライア先生もいて、ぽつんと読書に耽っている。


 ……このまま回れ右したいところだが、帰る前に教室で先生から点呼を取られるのがルールだ。


 教室に入ると、「お疲れ様でした」ミライアはすぐに腰を上げ、会釈とともに出て行く。

 俺も便乗して出ようとしたのだが、全身が石化のようにロックされた。この『擬人化した空気』に拘束されているかのような感覚はよく覚えてる。


「おい、スキャーノ」

「ジーサ君。付き合いも大事だと思うよ」


 何を考えているのかは知らないが、相変わらず鬱陶しい奴だ。

 もう加減する気も起きない。俺はヤンデの力も借りて強引に拒絶しようとして、


「皆様をパーティーにお誘いしたく存じます」


 金髪縦ロールハナがそんなことを言い出す。


「このメンバーだけよね? いいんじゃない?」

「おい、ヤンデ」


 何乗り気になってんだよ。


「私はエルフの王女としてここに来ているのよ?」


 知ったことじゃねえよ、と言うわけにもいかず。

 約束は覚えてないのだろうか? 俺と二人で旅しようって言ったじゃねえか。ハナの誘いは何のメリットにもならないし、むしろ正体がバレるリスクが増えてデメリットしかない。


「あなたも私の婚約者なのだから、相応の場数を踏む必要があるわ」

「……お前、サリアさんに影響されすぎじゃね?」

「何とでも言いなさい」


 母親への敵意がまるでなくなっているし、王女の自覚も芽生えてやがる。


「これは惚気られているのでしょうか」

「仕方ねえよ。出来たてはどこもこんなもんだ」


 ルナとツンツン頭もいつの間にか雑談する仲になっているようだが、二人とも目線は俺達を向いたままだ。

 冒険者として一目置いているぞ、注視しているぞという圧を隠しもしない。


 ……嫌な予感しかしないんだが。


 ヤンデと打ち合わせなかった俺のミスだな。

 たぶん今日から一緒に暮らすだろうから、今夜早速話し合わねえと。


「わかったよ。同行させてもらう」


 ごねて俺一人になることも不可能ではなかったが、ヤンデと離れるとかえって危険だろう。

 俺は了承するしかなかった。


「きんにくんも来るの? いいねぃ」


 鳥女がまたもスキンシップしてくる。正面から堂々と胸板に頬ずりしてくる胆力を前に、ヤンデもため息しか出ないようだ。


 早速、一同で教室をあとにする。


「なあ、その呼び方はやめてくれないか。俺にはジーサという名前がある」

「わたし、ミーシィ。よろしくね」

「離れろ」


 歩く俺を阻害しないよう、器用に飛びながら抱きつき続けるミーシィ。レベル10超のパワーなので俺が引き離すのは不自然だ。


「照れてるの?」

「あー、照れてる照れてる。頭がおかしくなりそうだ」


 実力行使すればひいてくれるだろうと思い、隠れ巨乳のルナ以上に大きなミーシィのそれを鷲掴みしてみる。


 うぉ、弾力やべえな……。

 このサイズ――前世で言えばGカップやHカップと呼べるほどのでかさにもなると若くて健康的な女子にありがちな張りは失われていわゆるマシュマロと形容される柔らかさに収束していくはずなんだがグミみたいな弾力をしてやが「ひゃぁ!?」……ひゃあ?


 胸元を見下ろすと、両の羽根で体を抱き、顔を赤くしたミーシィさんが。


「最低ですね」

「最低だね」

「ルナさん? スキャーノさん? 彼は、こういうお人ですの?」


 先行する女性陣からジト目を浴びる俺。

 ルナとスキャーノはさておき、ハナもか。……これは大して効いちゃいねえな。

 女がひく時はもっと露骨に嫌悪か、恐怖か、さもなくば冷淡を示すものだと思うが、コイツらが宿しているのは呆れと疑問だ。


 ちなみに、さっきから無言無表情なヤンデは見なかったことにする。


「騙されちゃいけないよ。ジーサ君は、こういうことをして距離を置きたがるんだ。でもあるのかな?」

「ハナさんも気を付けた方が良いと思います」


 含みのある言い方じゃねえかスキャーノ。

 あとルナ、俺はさすがに貴族の令嬢にセクハラするほどバカじゃねえ。


「ジーサさんよ。完全にやらかしたぜ」


 俺達の後方で、頭の後ろで手を組んでるツンツン頭が憐憫の眼差しを向けている。


「レコンチャン、だったか。どういう意味だ?」

「鳥人は惚れやすいんだよ。んで、ミーシィはアンタに惚れてる。惚れてる相手に触ってもらえたんだ。びっくりもするし、嬉しくもなるさ。なっ?」


 目の前のミーシィがこくこくと頷く。

 羽根にかぎ爪というフォルムはまだ慣れないが、それを差し引いてもしおらしくて可愛らしい。……くそ、余計な刺激をもたらしやがって。


「ちょろすぎないか? どうせそうやって色んな男を食ってきたんだろ?」

「ミーシィさん。真に受けちゃダメだよ」


 黙ってろよスキャーノ。とっさに嫌われる作戦が台無しだ。


「ふーん……」


 ルナは何やらわざとらしく納得している。目を合わせると、ぷいと逸らされた。何なん。


(居心地が悪すぎる)


 どいつもこいつも何か考えてるかわからねえし、俺の想定通りに動きやがらねえ。

 人数も多くて情報処理に忙しいっつーか、ああ、だるいなと思ってしまう。


崇拝状態ワーシップなら楽なんだがな)


 隠密ステルスモンスター達が。

 グレーターデータン達が。

 川底のバーモン達が。


 つい最近のことなのに、早くも恋しかった。

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