第193話 サボり2
シニ・タイヨウ。
その名前がスキャーノ――ガートン職員の口から飛び出した。
「だからといってどうにかするつもりはないよ。基本的には傍観者に徹するつもりだし、同級生としては引き続きジーサ君とつるむつもり」
「……」
どうにかするつもりはない。
この発言は、シニ・タイヨウの扱いはルナに委ねると言っているようなものだ。
――ルナさんは好きな人はいないの? いるって言ってたよね。
――見つけたんだよね?
見抜かれている。
シニ・タイヨウを知っていて、好いていることが見破られている。
優等生の鋭い洞察を前に、ルナは苦笑を浮かべるしかなかった。
「言動にも注意するつもりだよ。アルフレッドの大罪人が、こうして堂々と学生をしているなどあってはならないことだからね」
シニ・タイヨウが何らかの目的で学園に忍び込んでいる可能性もあるが、王女ナツナを殺せるほどの実力者に限ってはそれはあるまい。
とすれば、国が意図的に庇護していると考えるのが自然だ。
もちろん、王女暗殺の大犯罪者を匿っているのはスキャンダルである。
この件を知ったことを国に知られれば、消される可能性も低くない。
もっともルナは王女であるため、その心配はないのだが。
ルナは自らの口元を指した。
自分にも喋らせろという合図だ。
「うん。いけそうだから、やってみるね」
スキャーノは防音障壁を張り直し、二人は鼻が接触するゼロ距離で向かい合うこととなった。
この場には多数の教員がいるし、眼下の壇上には有能なエルフとヤンデもいる。
盗み聞きを防ぐためには相応の密度と分厚さが必要で、防音範囲はその分狭くなるのだ。
「初めてだけど上手くできたと思う。どう?」
ルナはレベル47である。
格上であるレベル88の防音障壁の精度など測れるはずもないが、スキャーノは疑っていない。
これは儀式だ。
レベル以上の何かを持ってるよねと。
こちらもシニ・タイヨウという重大な見解を出したのだから、認めてくれるよねと。
互いに開示することを了承し合うための、儀式だった。
「そうですね。――問題ないと思います」
ルナも覚悟を決めて、受け入れた。
「ルナさんも、彼がシニ・タイヨウであることを疑っていないんだよね?」
「はい」
「そう考えた理由は何? ぼくは――」
スキャーノが己の考察を語る。
上司には気付かないふりをしていたが、彼女も無能ではない。ガートン職員として、日々発生する出来事を自分なりに収集、整理して考察することくらい朝飯前である。
その結果、ジーサはタイヨウである可能性が高いとの結論に至っていた。
王女ナツナ、アウラ、グレンといった第一級クラスの実力者を撃破するほどの爆発。
爆発が起きた時にジーサに不在であったこと――
彼女の根拠は、ルナとユズが出したものと同じ方向性だった。
つまり、断定するのは乱暴だが、偶然で片付けるには出来過ぎているという着眼だ。
「ルナさんはどうするつもり?」
「……」
「ルナさん?」
ルナは白夜の森にて、タイヨウと一緒に過ごしている。
彼がどういうからくりなのか、
他ならぬルナ自身、モンスター達とは家族のように過ごしてきた。一緒に鍛錬したり眠ったりしたときの感触――モンスターもまた生きているのだという確かな温もりは、昨日のことのように覚えている。
モンスターは問答無用で忌避される対象だ。
親しさを抱くなど信じられないし、ありえない。師匠である魔王も興味を抱いていたほどだ。少なくともルナ自身が持つレアスキル以上の希少性がある。
そんな離れ業をやってのける者など、二人といまい。
「私は、彼を見失わないようにしたいです」
恋心は既にバレている。
ルナは正直に、近衛と自分に言い聞かせるかのように語る。
「ずっと探していました。彼が今、何を抱えているのかはよくわかりませんし、彼に注目する勢力が一つではないこともわかっています」
アルフレッド王国。
ガートン。
今も姿を見せていないアウラとラウルもそうだろう。
スキャーノ曰く、二人はシニ・タイヨウを探すために教員になったそうだし、アウラは獣人領で大敗を喫したばかりだ。第一級冒険者として燃えているに違いない。
サリアが取り逃したシッコク・コクシビョウも、おそらくジーサの正体に気付いている。
ヤンデはどうだろうか。サリアはどうだろうか。
気付いているとすれば、それはすなわち
「それでも私は彼を――タイヨウさんを、手放したくない」
「……そっか」
「スキャーノは……いえ、ガートンは、私をどうするつもりですか?」
ルナがスキャーノを睨む。
仮にタイヨウの件で分かつことがあれば、友達であろうと関係がないという凄みであった。
「どうもしないよ。ガートンは情報屋として、シニ・タイヨウという情報の価値を最大化することしか考えてない。行方をくらまされて困るのはぼく達も一緒だ」
「恋路の邪魔は、しないですよね?」
「……ぼくは男だよ? どうしてそんなことを聞くのかな」
「何となく
終始ルナをリードしていたスキャーノだったが、ここに来てぎくりとさせられるのだった。
無論、態度に出すへまはしない。
「ガートンとして、あるいは冒険者として注目しているだけだよ。気持ち悪い冗談はやめてもらえると嬉しいな。あ、気持ち悪いは言い過ぎたかも……」
「構いませんよ。気持ち悪いのは事実ですし」
そう吐き捨てるルナの表情には、見たことのない親しさが宿っていた。ジーサを、あるいはシニ・タイヨウをそれなりに知っているのだろう。
「……」
その事を快く思わないことをスキャーノは一瞬自覚したが、気付かないふりをして。
「ルナさん、改めてよろしくね」
「こちらこそ」
「心配はないと思うけど、踏み込みすぎちゃダメだよ? ルナさんが死んだら、ぼくはきっと悲しむ」
「悲しんでくれて何よりです。私もですよ」
お互いを曝け出した二人は、改めて握手を交わすのだった。
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