第192話 サボり

 ギルドの巨塔ほどではないが、王立学園の校舎群も高くそびえている。

 といっても、外から見えるのは最も外側のAクラス校舎だけだ。


 高貴な特別組ジェル用の施設も揃っており、最上階には国王専用エリアも設けられている。それほどの建物は顕示としての機能も持っており、麓からは難攻不落の要塞にしか見えない。

 タイヨウがいた前世の文明水準でさえも、容易には建造できないだろう。


「こんなところで何してるんですか?」


 そんな屋上の端で腰を下ろし、王女ヤンデの演説を聞いているスキャーノ。そこに声をかけたのがルナだ。


「……よく来たね」


 スキャーノが顔を上げる。



 ――ルナさん。アナスタシアさん。シッコクが言っていた『それ』とは何なんですか?



 昨日スキャーノはルナに嫌疑をかけたばかりである。


 ルナが第一王女であり、近衛という人類最強格の護衛をつけていることなど知る由もないが、冒険者として人に言えない秘密を持っているのは確かだと踏んだ。

 ルナにしてみれば、詮索を防ぐために距離を置こうとしても不思議ではない。


「私達は友達じゃないですか」


 ルナは優しく微笑むと、隣に腰を下ろす。

 肩がぶつかりそうな距離だった。横顔は少しぎこちない。その大胆な歩み寄りに「ありがとう」スキャーノは素直に笑顔を表明し、「いえいえ」ルナも改めて破顔した。


「クラスには打ち解けましたか?」


 二人並んで眼下を見下ろす。

 全生徒が一箇所に集まる光景は、たとえ高所からの見下ろしであっても威圧感がある。


「ぼくは話しかけられるから平気だけど、ルナさんは?」

「それがどうも避けられてるみたいで……」

「ルナさん、怖いもんね」

「そうですか?」


 苦笑するスキャーノに対し、ルナは素で首を傾げる。


 特別組ジュエルの生徒にも教員にも一切物怖じせず、セクハラする輩――ほぼガーナだが――も容赦なく吹き飛ばすルナは、言わば番長のような位置付けとみなされているのだが、本人はまだ自覚がない。


「あの二人……。いちゃいちゃしてますね。膝枕なんかしちゃって」

「ヤンデさんは完全に吹っ切れたみたいだね……」

「ねー。王女だからって少しは考えてほしいですよね。ああいうの見てると、殴りたくなります」

「殴るって。あはは」


 ルナが拳をつくってビュッ、ビュッと素振りをしてみせる。

 対抗心に飛び火したのか、スキャーノも真似をした。無論、レベル差は40以上もあるため、速さと重さは段違いだ。


「はぁ。自分の弱さが嫌になっちゃいます」

「気持ちはわかるけど、焦ったら終わりだよ。強い人なんていくらでもいるんだから」

「そうですけどー……」


 他愛のない話をしたり、黙して演説を眺めたりする二人だったが、ふと。

 

「――スキャーノって好きな人とかいるんですか?」

「急に何?」


 ルナはスキャーノを向き、自らの両胸に手を当てる。


「私が知る男性という生き物は、多かれ少なかれ性的な目で見てきます」

「ルナさんは美人だからね。ちょっと怖いけど」

「スキャーノからは一切感じません」


 サバイバル生活が長かったルナは、自らの美貌には無頓着だった。いや、無意識では薄々気付いていたが、悟られないよう振る舞っていた。

 それが王立学園の生徒になり、制服を着るようになって、隠し切れなくなって――オーラにも性的なものがあるのだと初めて知った。

 スキャーノからは、それを一切感じないのだ。


 ルナはスキャーノを引き寄せ、抱きしめる。

 自らの匂いを嗅がせ、胸や脚を中心とした感触も味わわせるような、計算された動作だ。実は師匠こと魔王の直伝でもあるのだが、タイヨウと同様、スキャーノの身体反応は乱れなかった。


「ぼくはガートン職員だからね」

「……そうでしたか」


 ガートンと言えば会社――国に属さず独立を認められた巨大組織である。

 それほどの組織にもなれば、教育も相当苛烈なものだろう。新入生にして桁違いの実力を持っていても頷けるととルナは考えた。


 スキャーノもまた、ガートンの名前にはそれほどの力があるとわかっていた。


「私、消されたりしないですよね?」

「平気だよ。別に隠すものでもないし。むしろ積極的に見せつけて、我々に小細工は通じないぞと表明することもあるくらいだよ」

「スキャーノも大変なんですね」


 スキャーノの横顔から見える、その遠い目は、底知れない苦労をうかがわせるものだった。

 ルナは思わず頭を撫でてしまう。


「こういうの、ダメですか?」

「うーん……人前でなければ、いいかな」


 スキャーノの正体は女――スキャーナであり、こうして接触されることは好ましくないのだが、彼女には隠し通せる自信があった。

 変装は得意分野の一つであり、上司のファインディからも認められているものだ。

 もっとも社交性は芳しくないため、潜入捜査には向かないのだが。


「私、人にこうして触れるのが好きみたいです」

「ガーナさんの相手をしてあげたらいいんじゃないかな」


 スキャーノの目線が少しばかり彷徨い、一箇所で固定された。

 同心円の外側――制服の着崩しと鮮やかな金髪が目立つガーナだ。珍しく誰も侍らせておらず、黙して聞いているようだった。


「嫌ですよ。貞操を捧げる気はありません。スキャーノも気を付けた方がいいですよ」

「大丈夫だよ。格下には負けない」

「その物言いには腹が立ちます」

「あはは」


 演説も後半に入ってきた。

 解散が頭をよぎる頃合いだ。


「……」

「……」


 二人とも呑気に雑談をしている心境などではなかった。


 そもそもこんな場所でサボっていること自体がおかしいのだ。

 号令には全員強制参加の含意ニュアンスがなかったため、サボること自体は実は問題ない。現に空を警備する教員からも叱られていない。

 しかし通常、号令にあえて抗う生徒などいない。


 優等生のスキャーノは、あえて抗った。

 そんな自分を隠密ステルスで隠しているが、中途半端なクオリティだ。たとえば、ルナのような鋭い者は気付けてしまう。

 実際、ルナは目敏く発見し、また抗いもして、こうしてやってきた。


 誘いを仕掛けた者と、その誘いに乗った者。

 これの意味するところは――。


「ガーナさん。なんだか元気がないね」


 スキャーノが仕掛けた。

 ルナの拘束も半ば強引に解いており、友達モードの終了を告げている。


「リンダさんに口止めされていることが関係しているのだと思います」

「何を言われたんだろうね」

「さあ。に聞いてみればいいんじゃないですか?」

「呼び捨て」


 普段さん付けするルナがジーサを呼び捨てたのは、ジーサはタイヨウであると断定しているがゆえのことだ。

 ルナ自身も気づいてなかった気の緩みを、スキャーノは見逃さない。


「……仮にも二週間、一緒に過ごしたわけですから。友達でなくても、呼び捨てるくらい良いでしょう」

「ぼくが知っているルナさんは、親しくない人とは一線を引く」


 とっさに素が出てしまったルナは誤魔化したわけだが、そんな小細工が通じるスキャーノではなかった。


「知ったように言いますね。私はもっといいかげんな人間です」

「さっきの質問を返すけど、ルナさんは好きな人はいないの? いるって言ってたよね。今も探してるんだよね。でも――見つけたんだよね?」

「……」


 面と向かい合えばわかる。

 ガートン職員として磨かれてきたスキャーノは、ステータス以外もただの学生ではない。


 ルナは舌戦で対抗する気にもなれず、こくんと頷くだけだった。


「ちょっと耳貸して」


 スキャーノは有無を言わさずルナを引き寄せ、耳元に口を近付けてから「防音障壁サウンドバリア」盗み聞きの対策を講じる。

 警備中の教員にさえ聞かせられない内容ということだ。


 近衛のおかげで誰よりも安全だというのに、ルナはごくりと喉を鳴らす。


「ぼくはジーサ・ツシタ・イーゼをシニ・タイヨウだと疑っている」

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