第191話 王女《クラスメイト》3

 お披露目が終わった後、俺達はそのまま居残って本来の時間――実技を行うことになった。


「ぐぁっ!?」


 脳天に岩のハンマーがぶつかり、俺は地面をのたうち回る。


「だらしないわね。これくらい避けなさい」

「レベル10で扱えるスピードじゃねえだろ……」


 よろよろしながら起き上がる俺だが、内心は慣れた家事でもするかのようだった。


 ヤンデも中々に役者だ。

 俺の指導役を自ら買って出て、レベル10を前提とした訓練を課している。

 さすがエルフの血を引くだけあって、加減は抜群に上手い。所々レベル12、13くらいの攻撃を混ぜてくるのはウザいけど。


 この様子は同じく訓練中の他の生徒にも見えている。手を止めている者も少なくない、つか二人に一人はちょいちょい止めてるぞ。


「ほらほら、よそ見するな」


 上裸で棍棒を携えたアーノルド先生が生徒達に活を入れている。今の俺ならわかるが、風魔法で肩を叩いているようだ。

 そんな先生に、何人かの生徒が近寄る。というか詰め寄っている。


「先生、いいんですか?」

「何がだ?」

「生徒の指導は先生が行うものです。王女だからといって生徒のはず。優遇は不公平なのでは?」

「オレもそう思うよ先生」


 珍しい光景だな。学園では教員の立場は絶対であり、反抗は許されない。

 慈悲組ジャンクの生徒が他種族の王女でした、というイベントはそれほどイレギュラーってことか。


「ヤンデ様の処遇は検討中だ。決定を待ってくれ」

「様って……」

「見損なったぜ先生」

「何を検討するのですか? 一生徒として扱えばいいじゃないですか」

「そうそう、彼女自身も普段通りで良いって言ってたじゃん」


 そういう騒ぎにもかかわらず、ヤンデはハンマーを振り下ろしてくる。

 俺がどこまで演技しきれるのかを試したいらしい。周囲には我関せずといった感じで、童心のこもったきらきらした眼差しをただただ俺に向けている。


「そういうわけにもいかないんだよ。他国、それも他種族の王女様だ。外交問題になったらどうする? 目上の発言を真に受けて下手な行動を取ったら、墓穴を掘りかねないぞ。自分の命程度で済むとも限らない」


 アーノルド先生もやるなぁ。特に貴族は家柄に弱い。家にも迷惑がかかるとわかれば、引き下がるしかない。

 情けないと言えばその通りだが、大事なのはプライドよりも命、そして家だ。


 熱心な説得により、生徒達の反発は次第に和らいでいった。

 その様子を俺はもぐらになりながら見ていた。無論、レベル10を逸脱した観察力だとバレないように。「器用なものね」ヤンデのお墨付きももらえたので、俺の演技は問題あるまい。


 一時間を過ぎた頃には、すっかりいつもの光景が戻ってきた。


「ねぇジーサ」


 ヤンデが手を止める。手元のハンマーがさらさらと砂にかえる中、防音障壁サウンドバリアを張られたのを俺は感じた。


「あなたの演技は、その同居人さんのおかげなのでしょう?」

「……ああ」

「そうとわかっていても見抜けない出来は、大したものだわ。お母様も珍しく驚いていたから」

「そんなこと話していいのかよ。誰かに聞かれたらどうするんだ」


 防音障壁を張ったことに、少なくともアーノルド先生は気付いてたぞ。見逃してくれるようだが。


「私がそんなへまをする女に見えるの?」

「見えるかどうかは知らんが、人は失敗する生き物だからな。絶対は無い――っておい」


 目に雷を撃つのはやめてもらえるか。威力は静電気程度だから、まあ痛がらなくても大丈夫か。


「そこは信じなさい」

「俺は思考停止したり盲信したりするほどお人好しじゃない。お前もあまり俺に依存するなよ」

「そう言って離れようとしても無駄よ。私はもう、あなたを手放す気はない」

「へいへい――ってちょっと待て」


 未来永劫ヤンデと付き合う気はないので、依存しすぎないように立ち回っておく必要はある。優秀なパートナーとの絆が枷になる例は枚挙に暇がないからな。

 それはともかく、聞き捨てならねえことが一つあるな。


「俺、サリアさんに見せた覚えはねえんだが?」


 エルフ領に入国した時に、レベル10という設定で行くという話はした。だが戦闘シーンは見せていないはずだ。


「シッコクよ」


 ヤンデが地べたで正座する。露骨なサボりだが、先生はまたも見逃してくれるようなので大丈夫だろう。


「シッコクはお母様よりも強かった。体つきもエルフらしくなかったわ」

「そうらしいな」


 昨日も一通り教えてもらったが、やはりそれほどの実力者だったか。

 まともにぶつかってたら、俺は今頃封印されていただろう。


「実力と容姿を私達も騙し通せるほどの練度で偽装するのは不可能よ。特別な手段があるとしか考えられない」

「そうだな」

「それがあなたも使っている手段――その同居人よね?」


 サリアはシッコクと戦闘したそうだ。その時に寄生スライムの話でもされたか、何らかの作用でも見たのだろう。


「俺は寄生スライムと呼んでいる」

「モンスターなのかしら」

「ああ」

「魔素は出ないの?」

「わからん。出ないのかもしれないし、出てるけど押さえているのかもしれない」

「どっちよ」

「知らねえよ」

「ジーサって意外と詰めが甘いわよね」


 痛いところを突いてくれるな……。

 自信があったのか、ヤンデもしてやったりな顔をしている。


「……」


 端整だが変化に乏しいエルフ顔なのもそうだし、コイツはデフォで気怠そうな表情をしているから、そういうのを浮かべられると際立つんだよ。

 婚約者なので別にガン見してもいいし、可愛いだの愛しいだのといった気持ちを表明してもいいんだろうけど、癪だと思う俺もいて。


「聞いてみればいいじゃないの」

「意思疎通ができたら苦労はしない」


 さくさくと会話を進めてくるのがかえって有難かった。


「以心伝心に見えるけど?」

「以心伝心?」

「言わずとも気持ちが通じ合っていることよ。詰めが甘い上に、無知ね」


 今に限った話じゃないが、前世の四字熟語が飛び出したから引っかかっただけだ……とは言えず。

 いくらヤンデであっても、さすがに崇拝状態ワーシップまで教える気にはならないので誤魔化さねば。


「信じられないかもしれないが、寄生スライムの知能は凄まじいんだよ。たぶん俺より賢い」

「でしょうね。レベル10にしか見えないもの」


 あっさり信じてくれるな。疑われるよりはマシだが。


「寄生スライムはもういいだろ」


 エルフはこの先何をするつもりなのか。

 俺達は今後どう立ち回るべきなのか――。


 ようやく真面目な話に入ることができた。


 意外なことに両首脳――シキとサリアの接触機会はほとんど増えていない。配下の者達の裁量で色々と交流や連携を図るらしい。

 だからといって暇を持て余しているはずもなく、シッコクを始めとする脅威の対処に注力するのだとか。取り逃がしたシッコクの捜索隊、シッコクとグレンの生い立ちを探る部隊、高精度な容姿偽装の手段を研究する一団など、既に多数の組織を結成しているという。

 動き始めた隊もあるのだとか。行動早えな。


「で、俺達はのんびり学生生活を謳歌してろ、と」


 ちなみにシキ王からも『学生を謳歌していれば良い』と言伝ことづてを授かっている。エルフのご機嫌を損ねるな、とも言われたが。


「週一で手伝わされるけどね」

「それ、俺も行かなきゃダメか?」

「当たり前じゃない。お母様も熱望していたわ」

「勘弁してほしいんだが」


 シキ王以上に人付き合い荒らそうだし……。


「いいじゃないの。好きなのよね? お母様の生足が」

「嫌いではない」


 正直に申した瞬間、ビンタが飛んできた。曰く「気持ち悪いわね」。全くもってその通りだと俺も思う。


(しかし参ったな)


 俺にはブーガの頼まれ事がある。



 ――満了されなかった場合、あるいは他言した場合、私は全力で貴殿を封じる。



 ブーガは本気だった。

 皇帝として吐露してはならない本心を漏らした。そんな機密中の機密中を聞いてしまった俺は、言わば運命共同体。

 断ることも、逃げることもできやしない。


 期限こそまだまだ遠いもの、容易く達成できる任務では決してない。

 今からでも熱心に考え始めないといけないだろう。いや、もう今朝考えてみて情報不足だとわかったので、行動していきたいんだが……。


(時間を捻出して現地に足を運ばないとな。もちろん、コイツらにバレちゃいけない……)


 俺は頬をさすりながら、胸中で特大のため息をつくのだった。

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