第190話 王女《クラスメイト》2
30.12.58――
空には日時を示す数字が浮かんでいる。
新年から30日目つまりは
ぼーっと見上げていると、数字が59に切り替わった。
(いよいよか……)
学園から号令――重大発表があると知らされたのが今日十二時のこと。
場所としてここ北西の演習エリアが指定され、今は、というより五分前の時点で全校生徒が一同に集まっている。
人数は数百を超えて千に近く、小さな街の祭りやライブハウスくらいか。
前世の全校集会を思い出す。
社会人となった今では情報共有すれば済むだろと思うが、あれはあれで色んな生徒の存在を感じられるから悪くなかった。
といっても軽く十年以上前の話だ。美化されているかもしれない。
違うと言えば、並び順である。
特に指定がなく自由なのだが、ここは王立学園。円柱型の壇上を囲むようにまず貴族の生徒と実力者が並び、その後に平民がクラス順に並んでいくという位置取りに収まった。
どうでもいいけど、囲むの好きだよなこの学園。
一方、教員勢は空に浮いている者が多かった。警備だろうか。
「そういえば俺、
俺はいうと、最も外側に押し出され、かつ周囲も十メートル以上が空洞だった。
前方、Eクラスの連中がちらちら見てくる。ヤンデやスキャーノがいないからか、いつもより露骨だ。
女子達のザ・生理的に無理です的な目だけは嫌いじゃない。後ろ姿も嫌いじゃない。
(ダンゴ。クロ。もう体臭は無いんだよな?)
後頭部の単打と心臓左部分の圧迫が同時にやってきた。肯定の返事だ。
どうもクロがダンゴの不養生を食い止めているらしく、俺はもう悪臭を発していない。にもかかわらず、この扱いなのだから、慈悲組のレッテルは素晴らしい。
「……時間になった」
空の表示が59から0に変わる。
さて、どんな風に登場するのかと思ったら、「普通だな」普通に高速飛来してきた。方向から見て、校舎棟の最上階だな。お偉いさん専用エリアでもあるんだろう。
やや遠目だが、円柱の周囲には四人ほど緑髪の麗人――エルフが浮いている。貧乳だとわかっていても、つい目が吸い寄せられてしまうな。
「エルフだ!」
「おおっ」
「すげえ……」
やはり珍しいのか生徒達の色めきがここまで届いてくるが、それらは間もなく当惑と失望に変わっていった。
円柱の上で堂々と正座しているのは、緑ではなくライトグリーン頭の少女。
この学園でそんな髪色をしている者は一人しかない。俺以上の悪臭、というか体質を持ち、忌み嫌われているもう一人の
「改めて自己紹介させていだたきます」
悠然とはこの事を言うのだろう。
清涼とはあのような顔つきを指すのだろう。
母親の教育のおかげか、ヤンデは王女として様になっていた。他の女子と同様、制服姿なのにな。大したものだ。
しかし、それは俺だけのようで、生徒達は早速態度や言葉で不快を顕わにしている。
慈悲組ってそんなに地に落ちた身分なのだろうか。これがシキ王の狙い通りだとしたら、大した手腕だが。
「私語が止んでないな。ヤンデだけに」
「後で覚えておきなさい」
「うおっ」
俺が呟いてみると、急に
鼓膜の抉り方が特にエグい。レベル10が耐えられる負荷を超越していて、岩くらいならくりぬけそう。たぶんダンゴ細胞も結構死んだ。
ヤンデさんは壇上からこちらを睨んでいたが、ふふっと微笑んだのが見えた。
同時に、空を守っている教員の何人かが「おやまあ」みたいな反応をしたのもわかった。
「――おかげで吹っ切れたわ。堅苦しいのはナシよ」
自分に言い聞かせるようにヤンデが呟いた途端――
場のざわめきが、はたと消え失せた。
まるでテレポートのように。あるいは時が止まったかのように。
「おっかねえな」
止まったのではない。止められたのだ。
ヤンデが展開した風魔法によって、物理的に。この場にいる者全てが。
ジャースは良くも悪くも実力社会である。見せつけられたとなっては、さすがの生徒達も黙るしかないらしい。
舐めた態度を取る者は、もういなかった。
一方で、空を警備する教員達はアイコンタクトだか何だかですげえとかやべえとか交わし合っているもよう。楽しそうだなアンタら。
「改めて自己紹介するわ。ヤンデ・エルドラと申します。
衝撃のカミングアウトを経ても、場はしーんとしたままだった。
内側の貴族勢と実力者連中はさすがに肝が据わっているようで、率直な感想を漏らしているようだ。最後尾だからよく見えないけど。
「それと、もう一人だけ紹介しておくわね」
ヤンデがそう言った瞬間、なぜか俺の身体が浮く。
おい待てと呟く暇もなく、引っ張られた。速度はたかが知れている。外野が犠牲フライのランナーを指す時のボールくらい。
ヤンデさんは俺を受け止めることなく、そのまま魔法で俺の頭を自身の太ももに向かわせて。
俺は膝枕に頭を乗せる格好になった。
……え? 何これ? 何て羞恥プレイ?
前世の俺なら赤面は必至だったろうが、今の俺はバグってる。何も感じないのだから面白い。いや笑えない。
俺の頭を撫でながら、ヤンデが愛おしそうに言う。
「彼はジーサ・ツシタ・イーゼ。私の婚約者よ」
これには生徒達も黙れなかったらしい。「えええ!?」とか「うそっ!?」みたいな露骨な反応があちこちから湧いている。
そんな中、最前列では、
「えー、バサバサの約束してたのにー」
「このバカッ! 御前でしょ!」
グラマラスな鳥人が縦ロール女に引っぱたかれていた。叩かれた振動でもぶるんぶるん揺れる胸。エルフとは比べるべくもない。
引っぱたいた女――ハナ・シャーロットだっけか、そいつは恭しくつむじを見せてくる。前会った時と態度が真逆なんだが。
さらにその隣、護衛と思しきツンツン頭の男はさして興味無さそうな顔をしていて、やはりハナに引っぱたかれていた。
「皆にも警告しておくけれど、この男は変態だから気を付けなさい」
ヤンデさんも全校生徒の前で何を言ってるんですかね……。
公開処刑されてる俺に構うことなく、ヤンデは自らの、そしてエルフの意図を話していく。
一言でまとめると、人間のことをもっと知りたいし仲良くしていきたいとのこと。
俺を
たぶんコイツの体質のせいだな。ハナを始め、実力者は堪えられているようだが、特に周囲の貴族達には嫌悪や憤怒を隠さない者も多い。
「――私達は引き続き、
いや気になるだろ。
ただでさえアルフレッドは階級社会で、ヤンデは学園にこんな臨時イベントを開かせるほどの天上人だ。
そんなこんなで、ヤンデ王女のお披露目は無事に――俺の尊厳はさておき、見た限りでは無難に終わったのだった。
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