第188話 確定2
スキャーノが貴族エリアに帰った頃、平民エリアのとある一軒家では。
「ルナ。話がある。同行を所望」
へとへとになって帰宅したルナを待っていたのは、もう一人の金髪裸少女だった。
髪留めがついていないことから一号のユズだとわかるが、ルナはもう髪留めに頼らずとも判別できるほど馴染んでいる。
「まだ私の番」
現在ルナを守護する二号こと『キノ』が
見た目が瓜二つな少女が向かい合う。いつもは交代時に数秒ほどすれ違って終わるだけなので、意外と珍しい光景だ。
護衛の交代は原則護衛者――この場合はキノの行動から始まるものだ。他の近衛が勝手にやってくるものではない。
のみならず、ユズは友人として王女を呼称してきた。不自然に映るだろう。キノが警戒するのも無理はない。
「私が変わる。事情は後で話す」
「否定。まだ私の番」
キノに譲る様子はなさそうだ。
近衛の五人は見た目はそっくりでも性格は少々異なっており、ルナの所感ではキノが最も真面目で融通が利かない。
「ユズ。今すぐじゃないとダメですか?」
「肯定」
ルナ呼びしてきたということは、この行動はユズの独断だろう。
もっと言えば、王女としてではなく友人として、個人的にルナに何かを話そうとしている。
「王女様。ユズは最近不真面目。相手にしてはいけない」
「ユズはふつう。キノが不器用なだけ」
「王女様。ユズを潰す許可を所望」
「喧嘩しないでください」
近衛は王族階級と友人になることも許可されているが、キノはそれを良しとせずルナとも一線を引いている。
一方で、ユズはルナのみならず、国王シキにもフランクな態度を取るほど親しんでいる。そんなユズをキノは目の敵にしている節があった。
幸いにもルナは王女であり、特に従順なキノにとっては絶対者の一人だ。
「キノ。交代で構いません」
ルナの一声で、「承知」キノはあっさりと引き下がると、姿を消した。
既にその場も立ち去り、本件の報告にでも向かっているのだろう。瞬間移動はユズにしか使えないが、近衛にもなれば王都内など秒でうろつける庭でしかない。
「行きましょうか」
ルナが差し出した手をユズは握り、「テレポート」お馴染みの瞬間移動を行使――
味気ない板張りの内装が、次の瞬間には硬質な空間になった。
王女として何度も使っているため、ここがどこかの巨大な岩の内部であることくらいはすぐにわかった。
細部は毎回異なっているので、毎度使い捨てているのだと思われる。おそらく、このようなテレポートスポットを多数保有しているのだろう。
ルナが正座で座ると、ユズはその太ももに頭を乗せてきた。いわゆる膝枕だ。
だいぶ強引な行動をした件や、キノと仲良くしてほしい件など、小言の一つでも言おうとしたが、
「シニ・タイヨウを見つけた」
「……え?」
その一言を前に、全部が吹き飛んだ。
「ラウルとアウラから聞き出した。直感の域を出ない。でも、探る価値……ある」
「今、タイヨウさんと言いましたか?」
「肯定」
「シニ・タイヨウさん?」
「肯定」
ルナはしばし固まることとなった。
ユズが目の前で小さな手を振っても全く気付かず、次の応答が返ってくるには分を要した。
「……とりあえず水浴びしましょう」
「ユズも入る」
ルナは制服を脱ぎ、下着も脱いで裸になる。近衛相手なら羞恥はない。
むしろ常に素っ裸の近衛といると感覚が麻痺するので気を付けないといけない。王立学園やエルフ領でも実は何度かやらかしかけている。
膝から離れたユズは、少しそわそわしているようだった。
ジャースには湯に浸かる文化がなく、どころか身体の洗浄も魔法ですぐに済んでしまうため入浴という概念さえない。
しかし、水浴びしながらくつろぐという行動は知られていて、ルナは貧民時代に子供達や親子がそうしているのを何度も見たことがある。
既にユズとは何度か一緒に入っており、すっかり気に入られているのだった。
「
水と身体を浮かせるための空間をつくり、「ウォーター」そこに水をたっぷり注ぐと、ユズが先に飛び込んだ。
そのはしゃっぎぷりは貧民エリアの子供達と大差なく、ルナは微笑ましく思いながらも上品に入室。
「板についてきた」
「そうでしょう?」
本当は自分もどぼんと飛び込むタイプだが、王女の立ち振る舞いは一朝一夕にあらず。意識的に心がける日々である。
二人はしばし水遊び――といってもルナのレベル47基準であるため一般人から見れば風穴が空く程の高圧洗浄である――を楽しんだ後。
ユズが現状を共有し始める。
獣人領でアウラが戦った敵のこと。
獣人族に劣らない逃走術、衰える気配のない体力、バーモンを体内に従えるほどの
そしてアウラをも一発で落とした火力と、ファイアと唱えられた謎の詠唱――
「……話を聞く限り、私もタイヨウさんが怪しいと思います。あの王宮の大穴が思い浮かびました」
「ユズは逃走術が気になる。タイヨウは身体の動かし方が上手。おじいちゃんに匹敵」
「どうしてそこで
「ルナも上手。でも、タイヨウの足元にも及ばない」
「普通に私の圧勝でしたけど」
ルナはぷくっと頬を膨らませて、直後、王女らしくないと自覚して取り下げる。
ユズはというと、その一部始終を全部見ていたようだ。
「何ですか?」
「まだまだ子供」
「近衛にだけは言われたくないですねー」
念願のタイヨウに届こうとしているのだ。ルナは平静でいられず、「ほら。私の方が何倍も大人ですよ」自分の肢体を自慢気に見せつける。
ユズとじゃれることで気を紛らわせようとしているのだ。
「タイヨウは幼い体が好み」
そんな主の心持ちをユズも理解し、乗っかった。
「わかってないですねユズ。タイヨウさんは大きな胸が好きなんです。私は満たしてますよ」
ルナが自慢の胸をユズのそれに押しつける。
ユズははぁと見せつけるように嘆息して、
「わかってないのはルナ。体の一部で勝負するのは愚か」
「男はその一部に目が行く愚かな生き物なんです」
「否定。男は全体の様式に惹かれる。だからエルフも美しい。美しさではエルフには勝てない。でも、稀少にも価値がある。幼さは珍しさ――」
「私は一体何を説かれているんでしょうか」
ユズのよくわからない熱弁と罪悪感さえ感じる小さな感触を前に、ルナは別の意味で失っていた平静を取り戻すのだった。
改めてユズの年齢も気になるところだが、どうせ教えてもらえない。
落ち着いたところで、二人は議論を再開した。
三十分もしないうちに一通りの整理が終わる。
「――まとめますね。まず獣人領の侵入者に当てはまる特徴がそのままタイヨウさんにも当てはまってしまうこと。それからその特徴が非常に珍しいもので、他の該当者を考えにくいこと。この二つから、侵入者はタイヨウさんである可能性が高い。ここまでは問題ありませんよね?」
「肯定」
「問題はその侵入者がいつ、どこからやってきたかですが、深森林の閉鎖性と直近の出来事を考えればシッコクとグレン、留学生、ジーサさん、ヤンデさんに絞られます」
「肯定」
「この中で最も怪しいのが、ジーサさん」
アウラ達は直感でジーサだと決めたようだが、ルナは留学生としてグリーンスクールで過ごしている。
侵入者が猛威を振るっていた時間帯にジーサがいないことを知っているし、その翌日に無断欠席で処罰されているのも見た。
加えて、今日の騒動――おそらくグレンを倒したであろう大爆発の時も、ジーサの姿だけ見当たらなかった。
エレスを始めとする数十人のエルフ達とガーナは何かを知っているようだが、なぜかリンダの口止めが入っている。
「リンダさんの件は無視していいでしょう。口止めされたのなら、もう引き出せないでしょうし」
アウラ曰く、リンダを指導する機会があったという。
そこでジーサは要人であると嘘をつき、彼を探らないことと女王含む他者への口止めを徹底させたのだとか。
要人に関して下手に情報を知れば、それだけで命取りになる。知る者が多い場合、丸ごと滅ぼされる可能性もあるだろう。
被害を防ごうと、リンダが問答無用で口止めに走ったのは無理もない。
「ジーサ・ツシタ・イーゼが、タイヨウ……」
「そうです」
「ルナ。明日以降、しばらくは私にやらせてほしい」
「お父様に言ってくださいよ」
ルナにどの近衛がつくかは状況次第である。早い話、手持ち無沙汰の残り物が割り当てられることが多い。
「ルナからも説得を所望」
「嫌です」
父親であり国王でもあるシキは狡猾なのだ。何かわがままを言えば、その分、何かろくでもない交換条件を出してくるに決まっている。
「ユズのその珍しい、幼い体で頑張ればいいんじゃないですか?」
「国王様がユズを食べる光景?」
もちろん、ここでいう食べるとは性的な意味である。
「いえ、やっぱりなしで。吐きそうです」
「ルナが水浴びに誘えば、万事解決」
「絶対に嫌です」
苦虫を噛み潰したような顔を浮かべつつ、ルナは後片付けを始める。
十秒とかからない予定であったが、ユズが手を出したことで二秒で終わってしまう。「あー……」あまりの手際の良さ、そして実力差にルナは苦笑したが、これほど頼もしいパートナーもいない。
「今日はもう寝ましょう」
早速明日も学園生活が待っている。
ジーサとどう付き合うか。シキにはどう言い訳して何のお願いをぶつけるか――。考えることは山積みだったが、まずは疲労を取らねばならない。
あえて早寝に倒したルナの慧眼は悪くないもので、
「承知」
ユズも満足そうに頷くのだった。
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