第187話 確定
夜になると、アルフレッド王国王都『リンゴ』は明暗のグラデーションを宿す。
北西の貧民エリアは塗りつぶしたように暗く、北東の平民エリアも控えめな光源がぽつぽつと生えている程度。対して、中央と南部は、同じ領地とは思えないほど
実力と権力の誇示であった。
中央の白き巨塔――ギルド本部は四六時中稼働する冒険者の礎であり、その光を絶やすことはない。
南部の貴族エリアでは、まるで競っているかのように色とりどりな光が夜空に自己主張を繰り広げている。
貴族にしては控えめな、とある小さな屋敷にて。
「それでは失礼致します」
その表情のつくりかたはよく知っている。
面倒くさい。
何で私が。
つーかゲートくらい覚えろよ。
お前ならできんだろ――
「便利な魔法だからと、安易に飛びつくから二流なのです」
ファインディは粗末な椅子に腰を下ろし、伝達役が寄越した手紙に目を落とす。
一見すると手紙には見えない。黒い微細な点が敷き詰められただけの、意味不明な模様でしかない。
しかし、これは極小の文字が記されたものである。
視力はステータスに含まれないため人が読むことはできないが、この文字には微かな凹凸がある。視覚的に見えずとも、空間認識に長けておれば識別できるのだ。
要するに一部の実力者にしか読めないものだった。
手元のそれは十秒もしないうちに着火し、「決まりですね」彼が呟いた頃には灰と化していた。
「ジーサ・ツシタ・イーゼ――彼がシニ・タイヨウです」
ファインディは大胆な結論を下していた。
「この
ガートンの正装である没個性的な黒スーツを着込んだファインディは、身じろぎ一つせず、まばたきもしない。
「彼は入れ知恵で動く男ではない。少なからずお土産があるはず。むしろお土産こそが本題でしょうな」
それでありながら、散らかった机に風魔法を適用して整理整頓を始めている。
元々事務仕事で成り上がった男だ。マルチタスクなどお手の物であった。
「獣人領の侵入者は彼が処分したとのことですが、その実、処分してはいない。彼ほどの男が手こずったのか、あるいはその前に見抜いたのかはわかりませんが、処分すべきでないと判断したのは確実でしょう。そして、彼にそんな判断を下させるほどの実力や話題と言えば、私には一つ――王女ナツナを殺した大罪人しか思い当たらない」
ファインディの魔法は、もう別の対象に着手している。
ふわふわと浮かび、洗われ、乾燥されて、畳まれているのは衣類だ。部下の女物も混ざっており、下着の裏地にも魔法を伸ばしているが、デリカシー無きファインディが躊躇することはまずない。
「たとえば私はシニ・タイヨウです、という暴露は何よりのお土産になるでしょう。シニ・タイヨウは無能ではない。自分の価値はわかっている。そしてそれはブーガ様も同じ」
くくっと不敵に笑うファインディは、傍から見れば変人の部類であろう。
昔からずっとこうであるため、彼を好意的に思わない職員は多い。
立場上、はっきりとぶつけられることはほぼないが、さっきのように表情や態度で示されることは日常茶飯事だ。もっとも本人は気にもしていないが。
「二人は繋がっている――と断定するのは乱暴ではありますが、他に見解もないので構わないでしょう。しかし困りましたな。ジーサ・ツシタ・イーゼに直接働きかけるのが難しくなった」
見方を変えればジーサ・ツシタ・イーゼはブーガの庇護下にあるとも言える。
アルフレッドが指名手配する大罪人と手を組んだのだから、ブーガの思い入れも相当だろう。下手に邪魔だと判断されれば、消されてもおかしくはない。
ファインディでは、ブーガには敵わない。
「やはり従来通り、気長に広げていくしかなさそうですね」
ファインディはコンテンツとしてのシニ・タイヨウに期待している。
先日、平民向け
ニューデリーでシニ・タイヨウを祭り上げる。
そうすれば世界中の民の目が――興味が、好奇が、猜疑が、シニ・タイヨウに刺さることになろう。
言わばファインディは、タイヨウをゴシップの対象に仕立て上げようとしていた。
ゴシップと言えばタイヨウのいた前世ではありふれた概念だが、ジャースでは前例がない。前例はないが、流行る確信がファインディにはあった。
「こういうのは焦ってはいけません。じわりじわりと、水面下で広げていくものです。焦ってはいけませんよ。ええ」
事務作業に家事と一通り終えたファインディは、あえて自分の足で歩き、自分の手で掃除を始めた。
実力者であろうと人であり、限界があるのだから、魔法は倹約するに越したことはない。
日頃から
ファインディという男もまた、隙のない冒険者であった。
てきぱきと済ませた後、続いて手に取ったのは――部下の書き置き。
「留学……ですか。さらに一皮剥けてくれそうですね。おやっ」
その部下がちょうど帰ってきたことをファインディは察知し、彼女が察知されたことに気付いたことも察知する。
間もなくスキャーノ――王立学園の制服姿で男装したスキャーナが入ってきた。
「ファインディさん。報告は後にしてほしいようで」
大冒険や訓練に劣らないほどの疲労は、見れば分かる。そんな任務は課していないし、自ら首を突っ込む性格でもないため、未知の出来事に巻き込まれたといったところか。
「スキャーナ。今後はジーサ・ツシタ・イーゼに絞って調査してください。彼の休学を黙っていた件は不問にします」
「あっ、ご存知だった、ようで……?」
「不問にすると言っています。くつろいでも構いませんよ。いつものようにだらければ良いでしょう」
「あうっ……」
スキャーナは上司がいないタイミングでだらけているつもりだったが、普通に見抜かれているのである。
顔を赤くし、意味がないと知りつつも両手で覆うスキャーナだった。
が、まだ思考力は尽きていないらしく、羞恥を取り下げてみせる。
「――ファインディさん。それは彼がシニ・タイヨウだと言っているようで?」
「そこまでは言っていません。単に分担をしようという話です」
元々スキャーナの仕事は、シニ・タイヨウについて探ることだった。
具体的にどこをどうするかは漠然としていたが、そんな中、ジーサを調べよと命令されれば、会社としてジーサを黒だと評したと考えるのは当然だ。
「シニ・タイヨウは一向に尻尾を見せないので、
「私はジーサく――ジーサに集中すればいいようで。すると、ファインディさんが王女ヤンデを調べるようで?」
ファインディはジーサがシニ・タイヨウだと仮説したばかりである。ワイド・サーベイをやめるなどという言い分は嘘でしかないが、スキャーナは上司の口車に乗り始めたことに気付けていない。
「いいえ。王女をどうやって探るかは未定です。何しろエルフの王女ですからねぇ。私も王立学園に入学してみましょうか――ってスキャーナ、どうしました?」
「いえ、ファインディさんと学園生活をおくるとなると、ちょっと、その……」
「率直な意見は大事です。遠慮無く言ってしまって良いのですよ」
「気持ち悪いと思いました」
「スキャーナは正直ですね。上司としては嬉しい限りです」
にこにこする上司を見て、スキャーナは心情を表情でも表現するのだった。
無論、そう誘導されたことには気付いてもいない。
「私はもう出かけます。しばらくは不在が続くでしょう。何かあれば本部に繋いでください」
ファインディは屋敷をあとにした。
数分後、上空を飛びながら、
「それにしてもジーサ君、ですか」
並の冒険者では生存すらできないほどの圧のもとで、くくっと相好を崩す。
「あの人見知り娘がずいぶんと変わったものです。シニ・タイヨウは人たらしなのかもしれませんね」
表情に反して、その声音は淡白としていた。
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