第186話 惨事4
「アタシが死にそうなんですけどー。ほら、スキャーノも死んでるじゃない」
「かろうじて生きてるよ……」
ルナ、ガーナ、スキャーノの留学生三人組はひたすら回復役に徹していた。
その甲斐もあって負傷した生徒達――優秀で博識なエルフ達を早期に再起させることができ、残りの対応はもうエルフだけで回っている。
反面、魔力を使い果たした三人は、仰向けの大の字体勢でのびているのだった。
「おかげで負傷者の手当が軌道に乗りました。お疲れ様です」
ルナは体を起こし、周囲を誇らしそうに眺める。感謝を述べてくるエルフに「いえいえ」などと謙遜していた。
「なんて気持ちよさそうな顔をしてるのよ。わからないでもないけど」
寝そべったままのガーナが体をくねらせる。
今は回復役という功労ゆえに寝そべりも許されているわけだが、王立学園の制服を着た人間族代表であることに変わりはない。ちょっとくだけすぎじゃないかとスキャーノは心配していたが、エルフ達の態度はだいぶ柔らかい。
どころか尊敬と感謝が過剰で、恥ずかしくなるくらいだった。
回復魔法――人間にしか使えない聖魔法を惜しみなく投じたのは、結果だけ見れば正解だったと言える。
提案、というより行動したのはルナだったが、スキャーノはそこまで献身的になるつもりはなかった。
「……」
その意識の差が劣等感をくすぐり、スキャーノは密かに赤面。それを無詠唱の氷魔法で打ち消す。
魔力も存分にセーブした、器用な行使だった。この間、わずか数秒。
「人助けは悪くないと思っているだけですけど。何感じちゃってるんですか」
「美人から一目置かれて気持ちいいってことでしょ? わかってるわよ」
「色欲魔とわかり合えたことなどありません」
「冗談よ」
くすくすと笑いながら、ガーナが起き上がる。「でもアタシは体で気持ちよくなる方が好きだわ」早速本気でエルフを誘おうとしていたが、スキャーノにはもう止める気力もない。
幸いにもルナが足払いをきめてくれて、「ふべっ」ガーナは顔から足場に突っ込んでいる。
「足場と口づけできて良かったですね」
「ったいわねぇ……なんてことするのよ。ほら、乙女の武器、唇から血が出ちゃったじゃないの。罰としてあなたの唇を貸しなさい」
無論、レベル51のガーナが転んだ程度で傷付くはずもないし、無詠唱の風魔法で自分の唇を切ったのも見えた。
「スキャーノが貸してくれるそうです」
「面倒くさいからってぼくに振らないでよ……」
「んちゅー……んぐぇっ!?」
スキャーノは唇を尖らせて迫ってくるガーナの後頭部に手刀が叩き込んでおとなしくさせた後、目を閉じた。
それを合図に、ルナも「ですね」もう一度寝そべる。
上品な作業音や声音が届いてくる。
負傷者の救護と現地の復旧はまだ終わっていない。人間であればもっと荒々しくなるだろうが、今はむしろ睡眠のお供にできそうなほど心地が良かった。
ゆとりができてくると、直近の記憶が顔を出す。
――私はアナスタシア。女王直下の特殊部隊『フォース』の一人。
(もしかして、あの獣人領の侵入者と関係がある?)
スキャーノは成り行きでアナスタシアと戦闘になったが、逃がしてしまった。
エルフ達は死んだだの身投げしただのと評したが、そうは思えない。
(たぶん最初は自然に川に吹き飛んで死んだように見せたかったんだと思う。それが上手くいかなかったから強引に逃げた)
そう考えると、一連の動き方にも納得がいく。
つまり最初から川に入ることを想定しており、もっと言えば川の中で生存できる術を持っていたと考えられる。
そんな真似は、あのアウラでさえもできない。
スキャーノが唯一思い当たるのは一つ――先日獣人領で対峙した、あの正体不明の侵入者だけだった。
(ドームが崩れたのは、アナスタシアがグレンを撃破したから)
(それほどの人が、どうしてぼくなんかに苦戦したのだろう? 突出したレアスキルで勝負するタイプなのかな)
(一見するとエルフを救ったように見えるけど、爆発による犠牲も大きい)
ドームが壊れる直前に起こった大爆発――その爆心地は、川の中だと考えられている。
スキャーノ達は運が良かったが、近場にいたエルフは跡形もなく死んだ。ひょっとすると死傷者数はシッコクによる被害より多いかもしれなかった。
「そういえば、アイツはどうしてるの?」
「あいつ?」
「ジーサよ」
「ジーサ君……」
何かと自分を遠ざけようとするクラスメイトが脳裏に浮かんだ。
王女ヤンデ・エルドラと同じ
そういえば獣人領に駆り出された時は無断欠席していたし、今日も誰も彼の行く末を知らない。
そもそもシッコクやグレンとも行動していたし、どこか意気投合しているようにも見えていた。
「何か知ってるの?」
「……」
ガーナの問いは聞こえたが、あえて気付かないふりを決め込む。
「ガーナこそ何か知らないんですか? 一緒に演習してませんでした?」
「してたけど、スリープ食らっちゃったのよ。頑張って意識を保ってたつもりだけど、ほとんど記憶がないわね。ジーサとシッコクが何か喋ってたのは覚えてるわ」
「それで、その後ジーサさんはどこに?」
ルナは少々食い気味な様子だ。
ジーサに気でもあるだろうか。気持ちは分からないでもない――
(違う違う)
スキャーノは頭を振って、その気付きを無かったことにする。
「知らないわよ。食べられたんじゃない?」
「気持ち悪いこと言わないでください」
シッコクとジーサが愉しむ光景を想像したのだろう、ルナは「うえぇ」などと正直な感想を漏らしている。
「あらルナ、知らないの? 男同士で交わるのも珍しくないのよ」
「知ってますよ。ただ純粋にあの二人が気持ち悪いだけです」
「そう? 私は味わってみたかったわ」
「眠らされただけの人がよく言いますね」
ルナさんこそ、自分は安全なんだから呑気なものだよね――
と、思わず口に出かけたスキャーノだった。
ルナには『何か』がある。
それはシッコクが無闇に手を出せず、またアナスタシアが自らの身をシッコクから守るために利用したものでもあって。「ル……」もう一度喉まで出かけたが、もう追及するのは無理だろう。
あの時は勢いでやってしまったが、そもそも冒険者の能力を探るのはマナー違反。
上手く引き出せそうな言い分も思いつかないし、ルナとて優秀である。あんな大事でもなければ、隙などつくるまい。
「あ、あの……」
道行くエルフの一人が声をかけてきた。
エルフは基本的に凜々しいが、何事にも例外はある。二人の目にも珍しく映ったのか、ルナとガーナはもう体ごと向けている。
「私、知ってます……その、ジーサ様のこと」
「様なんてつけなくていいですよ」
「あなた、お尻触ろうとしてきたジーサを殴ってたわよね。エレスさん、だったかしら?」
「はい……」
エレスはエルフにしては立ち振る舞いが幼く、声の震えから人見知りなのもうかがえた。
反面、身体の安定感から実力の有無はわかる。ルナとガーナよりは上だろう。
もっと自信を持てばいいのに、と思いつつ、スキャーノ自身も人見知りだから内心では勝手に親近感を抱くのであった。
「ジーサ……様ですが、シッコクから勧誘されていました」
「勧誘? 拙者と性交するでやんすってこと?」
妙にリアルな声真似で聞き返したガーナの頭をルナが叩く。エレスは苦笑していたが、少し緊張は解けたようだ。
「いえ、仲間に引き入れようとしていたように思います」
「ジーサさんはどう答えたんですか?」
「断っていました」
「戦闘は起きたの?」
「起きていません。ジーサ様から攻撃を仕掛けた様子も無かったですし、シッコクはジーサ様をどこか買っているようでした」
「アタシもそう感じたわ」
後頭部をさすりながらガーナが同調する。
「眠っていたのに?」
「眠らされる前からそんな感じがしてたわよ。ねぇエレス?」
「エレスさん、正直に答えていいんですよ。ガーナはただ眠らされただけの役立たずでしたって」
二人に絡まれて困り顔を浮かべるエレスはさておき。
二人以上がどちらもそう感じたのなら、そうなのだろう。やはり自分の直感は間違っていない。
ジーサもまた、ルナと同じく何かを持っているのだ。
そしてその兆候を、少なくともエレスは見ている。あるいは知っている。
「エレスさん。一つ聞きたいんだけど」
半ば強引な横槍の後に、スキャーノは切り込む。
「どうしてジーサ君を敬っているの? 彼は君のお尻を触ろうとしたし、シッコクから誘われるほどの変態なのに」
「そ、それは……」
「ダメです」
突如として
間もなく着地してきたのは、リンダとモジャモジャ――ガルフロウ姉妹だ。
全身が汗ばんでおり、あちこちに玉の汗も見られた。
忙しなく移動を繰り返していたのだろう。防御力は体液にもある程度適用される。高速移動で汗をかいた後、停止すれば、高速移動時の耐久性をまとった汗がしばらく残るのだ。
「リンダさん。ダメとは?」
スキャーノが問うも、リンダは見向きもしない。エレスを射竦めるように睨んで、
「あの場で見聞きしたことは、絶対に他言してはなりません。これは勅命です」
エレスとてエルフだ。「はっ」とすぐに敬礼――左手を胸の前に置き、右腕の肘を突き出して頭を下げるというお決まりの姿勢を取っていた。
「大げさね」
「ガーナ様にも了承していただきたい」
「構わないわよ。ほとんど何も覚えてないけど」
ガーナはともかく、こうなってしまっては拷問でも口を割るまい。
平然と拷問という言葉が浮かんだことにスキャーノは胸中で苦笑しつつも。
(ジーサ君。だいぶ羽目を外したみたいだね)
今回の騒動でジーサが何らかの秘密を晒し、それを何人かのエルフが目撃したのは間違いなくて。
(もう少しで繋がりそうなんだけど……)
獣人領の侵入者、そして今回のルナやアナスタシアも含めて、スキャーノは何かを見出そうとしていた。
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