第185話 惨事3

 力を失ったシッコクが墜落していく間も、サリアは油断しなかった。

 脳を撃ち抜けば基本的に即座に絶命に至ることを知っているし、運悪くそうでなかったにしても、脳が壊れた時点でスキルや魔法が使えなくなることは知られている。

 できることと言えば、がむしゃらな足掻きだけだ。実力の拮抗した相手であれば取るに足らない。

 が、それでもサリアは冒険者の基本として、最後まで気を抜かなかった。


 十秒――。

 これだけ待てば確実に絶命する。

 その後で死体を回収すればいい。この脅威はジャース全土に知らせるべきであるため、まずはブーガに届け出ることになるだろう。


「……行きましょうか」


 十秒経ってもシッコクの反応はない。遠ざかった死体はもはや点だ。

 回収しに行こうと、サリアが下降を始めた時のことだった。「――ト」高速詠唱の末尾とわかる振動を感知する。

 トで終わるスキルか魔法だとわかった頃には、上下逆になったサリアの足元つまりは足の側にシッコクが出現していた。


 既に腰を突き出すモーションになっているのがわかる。

 的確に差し込まれてしまう角度と威力であることも。

 そして、自分の反応速度では避けることも防ぐこともできないであろうことも。


 サリアは恥辱を確信するしかなかった、が――


「おぉっと!?」


 突如として強烈な横薙ぎが割り込み、挿入直前のシッコクが回避に転じる。


「危ねえ


 どういうからくりか、ヤンデであった。サリアでも認識が怪しいほどの速さだが、シッコクには見えているようだ。


「殺す」


 ヤンデは有無を言わさず追撃を試みたが、「テレポート」シッコクが瞬時に消え失せたので空を切る。

 爆音と衝撃波が空に拡散する中、


「油断してんじゃないわよ」

「……助かったわヤンデ」


 油断というよりは無知であったが、何にせよ不手際でしかないためサリアは苦笑するしかなかった。


「にしても、よく持ちこたえたわね。お母様より格上に見えたのだけれど」

「不変物質だけではなかったみたいね」

「……と言うと?」


 シッコクの消えた虚空を見つめながら、サリアは見解を整える。


 とりあえずは一件落着だ。実力に長ける者は線引きにも長けている。シッコクほどの者ならばヤンデにあえて挑むリスクは犯すまい。

 そうでなくとも、貫かれた脳を回復させるために奔走しているはずだ。


 もう一人の大罪人――グレン・レンゴクについても、ここまでの状況と振動交流越しに集めた情報から考えれば、死亡済とみて間違いない。


 サリアはヤンデと一緒に降下しながら、


「シッコク・コクシビョウは、我らの目さえもかいくぐるほどの精度で外観を整える能力も持っているようです。回復魔法とは違った身体組織の改変ができるのでしょう」


 さすがに初耳らしく、ヤンデは無言のまま続きを促してくる。


「おそらくですが、そこに不変物質を混ぜることもできるはずです。先ほど貴方の蹴りを避けたのは、そうした後のシッコクなのでしょうね」

「身体の成分をいじることでパワーアップを図った、ということかしら?」

「ええ。おそらくは」


 最初から使わなかったのは、自身にとっても相応のリスクがあるからだろう。

 しかし、ヤンデの攻撃に対しては即座に使ってみせた。切り替えも高速詠唱に勝る無詠唱だったから、今後暗殺するにしても不意打ちはできまい。


「いいかげん服を着てほしいのだけれど。女王の露出狂は洒落にならないわよ」

「……前代未聞すぎて、ちょっと頭が追いついていないのです」

「しっかりしなきゃね」

「本当ですね」


 急降下しつつ、娘に指摘された股間部分の露出も直しつつも、サリアは大きなため息をつく。


 オリハルビームを受けた後、シッコクは死んでいなかったのだ。

 不変物質で即座に破損部位を防ぎつつも、その回復能力で修復させていったのだろう。同時に、怪しまれないよう出血も再現している。

 サリアは微塵も疑うことができなかった。出血がなかったり、量や吹き出し方が不自然であれば気付けただろうに。


「……」


 恐るべき能力、いや練度である。

 一体どれほどの鍛錬を積み重ねてきたというのか。


 それほどの存在が、野に放たれてしまった。


「怖いの?」

「侮辱はやめなさい。ただ恐ろしいだけです」


 王は民のために、種族のために、世界のために在る。

 己の命など惜しまないし、格上に狙われる程度の恐怖心などとうの昔に失せている。


「ヤンデ。貴方も注意しなさいね」

「わかってるわよ」

「悪いけど、この後も働いてもらうわ。状況を教えなさい」

「切り替え早くない? 私は休みたいのだけど」

「貴方が見たものを貴方の言葉で語りなさいと言っています。これは教育でもあるのですよ」

「蹴られたばかりなのに元気なものね。少しは休んだら?」

いたわりと見せかけたサボりは許しません」

「はいはい」


 娘の嘆息とげんなりした横顔を見て、サリアは微笑んだ。

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