第180話 不変物質

「ちょっと尋ねたいんだが、さっきエルフが一人ほど川に入ってきたよな?」


 グロテスクという言葉でも生ぬるい、川底のバーモン達が首やら腕やら触覚やらを縦に振る。


(にしても、何回見ても気持ち悪いな……)


 バグってる俺に感情が降りてくることはないが、それでもだ。視界を埋め尽くすうねうねとぐじゅぐじゅを見ていると、色んな意味で酔いそうになる。

 場所は悪くない――抜群の透明度に沈む根の立体迷路って世界観が神秘なのに、コイツら住民が残念すぎるんだよな。「わかったからくっつくな」なぜか人懐っこいし。


「そいつの姿は今、見えるようになっているか?」


 これはノーが返ってきた。

 ということは、グレンは川の中に入った後、何らかの手段で姿を隠している。あるいは包んでいるはずだ。


「どこで見えなくなったのか知っている奴を連れてきてほしい。可能か?」


 またもや肯定してくれた。どこぞのダンゴさんとは違って頼み事にも寛容的だ。

 その割には、どいつもこいつもどこかに行く様子はなさそうだが、すでにやり取りはできているのだろう。

 たぶんモンスター達は電波だか念力だか何らかの手段を持っている。特にバーモンは伝達速度がマジで速い印象だし、信じていいだろう。


 待っている間、俺はウニやらヒトデやらイソギンチャクやら、先日戦ったばかりの奴らとじゃれつつ、他にも色々質問をぶつけて過ごした。

 少し気になって聞いてみたのだが、コイツらでレベルアップしまくった俺のことは全く恨んでないようだ。というより、恨みという感情が無いらしかった。


 数分ほどだろうか。黒いボディに大きなおめめを携えた、ゲンゴロウみたいなバーモンが三匹ほどやってきた。

 奇怪のオンパレードの中では癒やしと言っていい。思わず触ってみたが、「え、硬っ」さっきの戦闘で触れたスキャーノやクロとは比較にならない硬さだった。

 バーモンは第一級でも危ないというが、なるほどたしかに、これで突進されたらヤバそうだ。


 そいつらがミサイルみたいに飛んでいく。


「待て待て。そんなに早くは泳げん。三割くらいのスピードで頼む」


 それでもついていくのはあっぷあっぷだった。

 このゲンゴロウ達は川底を移動することを良しとせず、わざわざ根の迷路を縫って行きやがる。俺もだいぶ遊泳と、根を叩いて反作用でブーストする要領は覚えたつもりだが、足音にも及ばなかった。まだまだだな。


 一分もしないうちに、水中の景色が別の顔を見せてきた。

 色合いとして白が増えている。ドームと同様、力を返してくれない仕様は健在で、当たっただけでスピードがゼロになるから非常に鬱陶しい。


 数分ほどで現場に到着。


「――ここか。海底遺跡みたいだ」


 戦争の後に滅んだ文明をうかがわせる荒廃っぷりで、建物やら柱やら岩やらが散らばっている。しかし、表面はどこも汚れなき白色が占めていた。

 生物の気配はなく、魔法の兆候もないが、馬鹿でもまず近づかないだろうという謎の威圧感がある。


「あれか」


 グレンがどこにいるかは一目瞭然だった。

 直径十メートルくらいの球体が浮かんでいる。無数の白い筋が伸びていて、全ての白い物体があそこから派生しているのがわかる。

 あの中でエネルギーを供給し続けているのだろうか。


 とりあえず近寄ってみて触れたり殴ったりしてみるが、うんともすんとも言わない。

 バーモン達に聞いてみても、ヒビさえ入れられないという。毒や魔法も全く受け付けないそうだ。


「さて、どうしたものか」


 俺は球体のそばで寝そべった。


 バーモン達には既に撤退を指示してある。

 具体的には中のエルフを見かけても手出ししないことと、俺に近づかないことの二つ。たぶんリリースを撃つ展開になるだろうからな。


「……っつっても、待つしかなさそうだな」


 グレンはいつこれを解除するだろうか。

 最悪でシッコクの目的が達成された後だろう。それはおそらく閉じ込められたエルフ達が蹂躙され尽くすことも意味するだろうが、知ったことじゃない。


(スキャーノ達が怪しんだのはアナスタシアという架空の人物。ジーサとは結びつかないはずだ)


 少なくともシッコクと、あるいはグレンと対峙しなければ俺は安全だ。

 そういう意味では、こんな待ち伏せなどせずどこかに隠れた方が良い。何ならバーモンに守ってもらえばいい。


「でもなぁ、見逃さない方が良い気もするんだよな」


 俺の正体シニ・タイヨウを知り、寄生スライムも知っている人物はシッコクが初めてだ。

 たぶんグレンにも共有されているだろう。


 後々、俺の脅威になるとも限らない。

 特に寄生スライムは、アイツらにとっても隠し玉だろう。長年エルフ達を騙し続けてきた手段だからな。そのからくりを知る俺は脅威であり、排除せんと動く可能性も低くはあるまい。


(いや、でもシッコクはクロを託してきたしな……)


 素直に解釈すればシッコクにはもう寄生スライムを使う気がないと取れるが、こんな便利な手段を手放すだろうか。

 俺みたいに『シェルター』は使えずとも、レベル90のクロなら耐久性も悪くない。常用もできよう。


 そんな風にあーだこーだ考えること三十分くらいか。

 

 球体に繋がる管の一部が、ぐにゃぐにゃと歪み始めた。

 太くなっている。ちょうど人一人分が流れるくらいの太さだろうか。球体そのものが開く気配はない。


(……たぶんビンゴだ)


 コイツらの目的は二つあると俺は見ている。

 一つはシッコクによる蹂躙祭りであり、もう一つは今グレンがやっているであろうことだ。


(だとすると、隙ができるはず)


 ひたすら観察に徹する俺。

 その間も管の一部は蠕動のような運動を続けている。まるで何かを球体の方へと運んでいるかのように。


 程なくして蠕動が止まると、今度は球体――いや、目に映る白い物質のすべてにヒビが入り始めた。

 崩壊と呼ぶにふさわしい速度で、あっという間に瓦礫の山が形成される。


 球体の中には、見慣れないエルフがいた。

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