第181話 不変物質2
白き世界が崩壊した後、現れたのは――見慣れないエルフ。
身体の筋肉量は少ないが、溝と凹凸が多い。いわゆる細マッチョタイプだ。
一瞬、男かと思ったが、女かもしれない。
いわゆる髪ブラ状態になっていて胸は見えないが、膨らみは見て取れた。ただ、それが脂肪なのか、それとも持久力にも長けたしなやかな胸筋なのかはわからない。
下半身はトランクスのようなゆったりした下着を履いている。もっこり具合は視認できなかった。
そいつは髪をかき分けてきた。
女のそれだとわかる、美味しそうな小ぶりのお椀――
「女だったのか」
「ジーサクン。女とは何だと思う?」
「いきなり何だ」
水中での発話にもかかわらず、地上以上にクリアな声が届いてくる。振動交流など朝飯前ってことか。
そいつは顔面や体型から声の高さまで、何から何までがグレンとは違っていた。
しかし、不思議とこれがグレンなのだと確信できた。寄生スライムとも既にお別れしたのだろう。
「僕は身体はこうだけど、女の子が好きなんだな」
なるほど、性まで偽っていたということか。
どうでもいいけど、エルフのくせに垂れ目なのがチャーミングだな。……いや、コイツ、半分くらい寝ぼけてないか?
「驚かないんだね」
グレンは構わず会話を続けてくる。
別に今すぐ吹き飛ばしてもいいが、せっかくの機会だ。狙いたいこともあるし、ここは素直に応じてみようか。
「別に珍しいことでもねえだろ。性は多様だからな」
とりあえずグレンの言いたいことはわかる。
要するにレズだよな。いや、レズとも限らないかもだが。
「たとえば性を決める要素だが、少なくとも四つはあるだろ? 身体に現れる特性、自分がどう捉えているかという自覚、自分が欲情するのはどれかという指向、自分はどう在りたいかという意思。仮にそれぞれ男と女があったとしても、十六通りある」
「――驚いたんだな」
グレンは一瞬、目を見開いてぱちぱちとまばたきを寄越したが、またすぐに眠そうにとろんとまぶたを下ろす。
よく見ると、グレンと白い物体はまだ繋がっていて、どうも眠気に比例にして強度が変わっているらしかった。
能力のからくりに絡んでそうだが、まあ後回しだな。
「ボングレーの引きこもりは博識なんだな」
「こんなの常識だろ」
「ジーサクンほどの見解は僕も聞いたことがないんだな。いいや、僕よりも詳しいかも」
まあ先人様の知識の結集だからな。
前世ではそれぞれ身体的性、性自認、性的指向、性表現などという。
性自認が女で、性的指向も女なのがいわゆるレズビアンだ。
しかしこのような分類――LGBTもまた不十分と言えた。
身体的性と性表現が考慮されていないし、性だって男と女の二値であるとも限らない。第三の性とか、どちらかいえば男みたいな濃淡とか、その濃淡が日々変化するなんてこともある。
そもそもLGBTのTは、性自認ではなく性表現を扱った概念だ。
そういうわけで、もっと包括に言及できる言葉としてSOGIなんて言葉もあったよなたしか。
とまあ、とにかくあの辺の領域は奥が深い。
同時にデリケートでもあるので、下手に知ったかぶりをすると蜂の巣にされる。ソースは俺。
ブログだったんだけど、ぼうぼうに炎上したなぁ。懐かしい。何個も魚拓取られたので、たぶんまだ見れると思う。
「ジーサクンともっと早く出会えていれば……」
「それなりに苦労したようだな」
「エルフは融通が利かないからね」
俺の不躾な視線が不快なのか、グレンは髪を魔法で動かして胸元を隠した。知り合いの恥じらいってなんかエロいな。
「僕のような少数派は最初から想定されていないんだな。我慢して耐えるか、自分を偽るか、冒険者として外に出るかしかない」
シッコクの言葉を思い出す。
――男のエルフは性交相手には困らない、というより管理されているでやんすが、半ば作業でやんす。
「管理されてるんだって?」
「男エルフはファームと呼ばれる場所で性の供給を管理されるんだな。彼らは
スタリオンって種馬じゃねえか。馬かよ。クソ天使のセンスだろうか。
それに注入ってまるで工場の作業みたいな響きだな。実際そういう管理をしているってことなんだろうけども。
「難儀なもんだな。要するにお前が素の自分を出した場合、性的関心のない男と性交することになるわけか。それが嫌だからと男を演じれば、女とは性交できるが、今度は管理される立場になる」
「そう。どっちを取ってもまともな性生活にはならないんだな」
「こっそりやればいいじゃねえか。ガーナの様子を見た限りでは、そういう余地はありそうだったが?」
「どうしてこそこそしなきゃいけないの?」
どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
「ジーサクンはおかしいとは思わないのかな?」
口調と声音はずいぶんと女っぽくて、ああ、コイツは女なんだなと思わせられる。
率直に言えばエロいし、やりたい。……などと、あえて正直に感想を言って怒らせることもできるのだろうが。
俺はもうちょっと話がしたくなった。
「別に思わねえな。つーかどうでもいい。性欲を楽しむ手段なんていくらでもあるだろ。それこそお前なら誰でも襲えるし犯せるよな」
「僕はシッコクンとは違うんだな」
「お前も負けず劣らずの変態に見えたが。エルフにちょっかい出したのは何回も見てるし、日頃の会話からもちょっとやそっとでは出せない気持ち悪さが出てたぞ」
「演技なんだな」
そうなんだろうなと思う。
シッコクはともかく、コイツの根はエルフだ。エルフ特有の生真面目さと言えばいいのか、矜持のためなら自分など平気で曲げてみせます、命だって惜しくありませんという圧が感じられる。
グレン・レンゴク。
この男――いや女は、とうに己の幸せなど捨てている。
「僕はただ性のあり方を、世の認識を、変えてやりたいだけなんだな」
「それはまた壮大なことで」
このジャースという時代水準ではずいぶんと先進的なものの見方ではなかろうか。一生かけても無理なんじゃね?
所詮は他人事である。
当事者の気持ちは、当事者にしかわからない。
「そのためにはシッコクンを始め、変態の協力が不可欠だったんだな」
「お前もちゃらんぽらんな変態だと思ってたよ。悪かったな、誤解して」
「悪いと思うなら、おとなしくしていてほしいんだな」
中々の語りたがりで助かる。コイツの人生について尋ねれば、もう少し会話時間を延長できるだろう。
が、それは他のネタが尽きてからやればいい。
今は俺の便宜を優先させてもらう。
「内容による。お前らは何をしようとしている?」
俺はここで勝負に出ることにした。
ちょうどブーガを使ってエルフと獣人の領土問題を解決したように、グレンという強者にも利用価値があるかもしれない。
もっとも、それはグレンとて同じことだ。
俺は気にしないぜ。利害関係は嫌いじゃない。俺の利を増やすような提案を、ぜひぶつけてくれよ。
「あの二人は女を貪りたいだけなんだな」
「二人?」
さっきからグレンと見つめ合っている。
オーラは感じないが、用心していないはずがない。
俺が何か行動を起こした途端、遠慮無く攻撃が飛んでくるだろう。あるいは逃げられてしまうかもな。
幸いと言えば、俺がまがいなりにもエルフの容姿に慣れていることか。これが五日くらい前だったら、たぶん集中しきれずに隙を見せていただろうが、今の俺ならいつでも反応できる。
多少お前が早く離れたところで、逃れることなどできやしない。
「シッコクンは自分を虐げてきたエルフ達で遊びたい。デミトトクン――将軍デミトトは、エルフというおもちゃを手に入れたい。それだけなんだな」
「……そういうことか」
眠らせていたエルフ達は誘拐するためだったか。
「ゲートでどっかに運ぶのか?」
「正解。眠らせたエルフ達は、もう届けたんだな」
事後のようだ。さっきの蠕動は、やはりエルフを運ぶものだったんだな。
にしても、思わぬビッグネームが出てきたな。
デミトトと言えば、ダグリン共和国の将軍の一人だ。
位で言えば皇帝ブーガの直下にあたる。会社で言えば役員みたいなものだし、アルフレッドで言えば王女や近衛、あるいはゴルゴキスタのポジションだろう。
ダグリンの将軍か……。
この先、俺とも決して無関係ではない人達だが、まあ今は置いておこう。
「それでグレン、お前は何が目的だ?」
「何度も言うように、性の正しいあり方を啓蒙したいだけだよ。今は僕の力がどこまで通用するかを確かめている最中なんだな」
「この白い物体か。みんな苦戦してたぞ。上出来だろ」
眠たげなグレンを見る限り、おそらく睡眠中にのみ発動するような魔法だかスキルなのだろう。
俺達の周囲には瓦礫が沈殿しているが、コイツ自身からは太いのが伸びている。ドームもまだ崩れてはいまい。
「でもジーサクンには破られた」
「破ってはいない。というかこれ、どうやっても壊せないよな? だからこそ術者のお前を叩くしかないと判断した」
「川の中なら安全だと思ったんだけど、甘かったんだな。さっきからバーモンも来ないし、ジーサクン――君は一体何者なの?」
俺は迷った末、
「お前の能力について教えてくれたら、俺も明かしてやるよ」
欲張ってみることにした。
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