第179話 包囲4
伸びてきたスキャーノの手に向けて掌底を打つ――
言わば防御力の高い部位に全力の打撃を放った格好だ。スキャーノは風魔法で耐えるだろうから反作用はそれなりに期待できるし、空気台の耐久性は誤差みたいなものだろう。
俺は川への墜落を確信したが、発生したのは衝撃波だけだった。
「やっぱり生きてた」
両手ともスキャーノに掴まれてしまっている。
何気に恋人繋ぎだが、加わる力はちっとも可愛くない。思わず全力で振りほどく俺だが、すっぽんのように離れてくれない。
「ブランチャさん。作戦を変えよう――これをシッコクにぶつける」
「……悪くない手です」
「伝達を急いで。ここはぼくがやる」
言葉遣いから一切の敬意が消えている。もうアナスタシアはエルフではない。
俺は飛び去るブランチャは無視することにして、スキャーノを引き寄せた。そのまま頭突きを見舞ってみるも、空振りに終わる。
(クロ。口の中に石を――)
高速詠唱の要領で指示を出そうとする前に、スキャーノは器用に俺を空の方へと向け、蹴りを放つ。「ぐっ」あのウサギ獣人を彷彿とさせる威力だ。
秒と待たずに天井のドームにぶつかり、慣性が吸収されて一気にゼロに。
そう気付いた頃には、もうスキャーノが飛び込んできていた。
このままでは拘束ルートまっしぐらだ。
飛行ができず、コイツよりパワーもない俺は、ドームにはさまれてしまったら為す術がない。
俺とシッコクをぶつけるだと?
封印よりはマシだが、マジで勘弁してほしい。格上のシッコクとわざわざ戦うことなんてねえんだよ。
抵抗しようと両手を構えようとしたところで、
(――でかしたぞクロ!)
口の中に鋭利な物体が生成された。俺の意図をわかってくれたらしい。位置と向きも完璧で、怖いくらいだ。
悟らせないために俺は両手はそのまま動かしつつ、スイカの種飛ばしをイメージしてそれを吹いた。
レベル90の硬さをまとった弾丸だ。ピストル、いやライフルにも等しい。
スキャーノにはもろに着弾した。顔面にヒットする軌道だったが、腕で防がれている。
勢いは殺すには至らず――俺達は掴み合った。
ステータスはともかく、格闘面では俺は素人だ。取っ組み合いでは足元にも及べない。
幸いにもクロはよくできる子らしく、もう次の弾丸が口内にセットされていたので、これを発射しようとして「んぐっ」口の開閉を封じられてしまった。
頭と顎を両手で押し潰されている。
全力を込めて
体力だけじゃない。コイツは俺を掴んだままドームから離れつつ、俺のパンチやキックに当たらないよう身体を俺の頭上に移動させている。
馬鹿力のくせに器用で、迅速だ。
「……」
スキャーノはゴミを見るような目で俺を見下ろしていた。
軽口を叩く様子もなければ、何かを追及してくる気もないらしい。
どころか無慈悲な無言と、隠しもしない威圧のオーラでプレッシャーをかけてくるまである。隙がねえなぁ。
俺は口をこじ開けようと力を加えつつ、スキャーノの両腕を力任せに殴り続けた。「うっ……」声が出る程度にはダメージが通っているようだが、拘束はちっとも緩んでくれない。
ドームに囲まれた小さな空を、一直線に横切っていく俺達。
遠目には激戦の模様が見える。点の一つが、残りの何十という点を蹂躙しているのがすぐにわかるほど形勢は相変わらずらしい。
あそこに放り込まれる前にコイツを何とかしなければ。
(リリースを放つ、か……?)
獣人領の侵入者と繋げられるリスクこそあるが、シッコクの相手をするよりはマシだろう。
『ファイア』の詠唱だけならミリ秒も要らない。ほんの一瞬、口に隙間をつくるだけでいい。隙間ならもう何度もつくれている。
(あるいはクロに頼って何かできないか)
クロは寄生スライムとして非常に優秀だ。エルフ自身を騙せるほど物質を取り繕えるし、さっきも弾丸をつくってくれた。
この物質生成能力を生かせないか?
喧騒の音と光が一段と増してきた。
エルフの悲鳴と嬌声、それにシッコクの雄叫びも聞こえる。振動交流による指令も混ざっていてカオスだな。
タイムリミットは近い。どうする? どうすればいい?
などと余裕ぶったり慌ててみたりするが、俺は全く動じなかった。
前世ではスリルを愉しんだ方だと思うが、今はまるで感じられない。完全に暗記した映画を見ているかのように、無味乾燥としている……。
何を今さら。
俺には無敵バグがある。
段階的な安全装置がある。
あらゆる感覚は丸め込まれて、喜怒哀楽にも、快にも不快にも至ることがない――
(クロ。最悪1ナッツをぶっ放すからそのつもりで――いや、まだだ)
半ば諦めて最悪の選択肢を想定した途端、それが俺の脳内に振ってきた。
(そういうもんだよな)
人に相談し始めたところで急に自己解決できたり。
肩の力を抜いたところで急に打開策を思いついたり。
最初からそうしてくれよと毒突きたくなったのも一度や二度ではない。
人間はそういう風に出来ている。ある日突然、いきなり出てきやがるんだ。
(面白えよな。笑えるぜ)
バグっている俺にも、まだそういう人間味が残っている――
その事がひどくおかしくて、なんだか愛おしかった。
戦線との距離はもう目と鼻の先だ。一分と待たずに着くだろう。
スキャーノは変わらず俺を運び、俺も変わらず腕を殴り続けている。
俺は殴打を続けながらも、クロに提案した。
(スキャーノから逃げる手段が一つある。コイツが掴んでいる部分の髪と肌を切り離すんだ)
そもそも
触覚や皮膚呼吸など諸々の問題をクリアする精巧さはもはや意味不明だが、ともかく、外部からの刺激は全てコイツら寄生スライムが引き受けているわけだ。
(切り離す部分を仮にカットパーツと呼ぶぞ。お前はカットパーツで俺の身体を弾いてくれ。もちろん川に落ちるように、だ)
つまりスキャーノが触れている部分――
(できるか?)
クロはすぐに心臓の左部分を握り潰してくれた。自分の細胞を犠牲にすることも厭わないその姿勢は感嘆に値する。惚れるぜ。
以前ダンゴには拒否されたけど、後で交際を申し込んでみよう。
と、ふざけるのはあとにして。
(じゃあ頼んだ。クロのタイミングで構わない)
わずか数秒後、クロによる切り離しが始まった。
スキャーノが右手で掴んでいる頭部の髪と地肌、同様に左手で掴んでいる顎の皮膚が俺から外される。
かさぶたが取れるというよりは、細胞レベルで分裂したような挙動っぽい。もっとも、そんな珍しい感触を味わう暇などない。スキャーノの膂力が、カットパーツから外れた俺を弾く。
「なっ!?」
スキャーノの驚愕という貴重なシーンを一瞬だけ確認しつつも、俺は想定通り吹き飛ぶことに成功する。
だが角度がライナーだ。
これでは川に入る前にドームに当たってしまうし、その前にスキャーノに捕まる。
ちょうど仰向けなので、俺はそのまま両手を広げて、少し引く。
(クロッ! 次は手のひらを薄く切り離せ!)
「逃がさないっ!」
追従してくるスキャーノに。
「加勢します!」
シッコクにやられたのか、ちょうど吹き飛ばされてきたエルフ達による加勢。
それと鋭意戦闘中のエルフ達から、命中を優先させた光速の雷撃も届いてきてるな。あいにくダメージはたかが知れているが。
クロはまたもや俺の意向を汲み取ってくれた。
両の手のひらから強烈な推進力が放たれたので、俺も全力で押し出して反作用を合成する――
今日一番の加速をもって、俺は川に突入した。
(もういいぞクロ。避難してくれ。ダンゴは誘導を頼む)
空中を錯覚するほど透明な水中にて、俺は細い根を掴むことでスーパーボール状態を防ぐ。
根を中心にぎゅるぎゅると回転が始まる中、意識を集中させてゾーンに入った。
間もなく全身の細胞にねじこまれる感触が。
これで避難完了だ。クロもダンゴも、俺のバグった肉壁の中にいる。つまりは無敵である。
もうバーモンだろうが、シッコクだろうが、誰に何をされようともダメージが及ぶことはない。
代わりに俺もシニ・タイヨウの容姿を晒すことになるわけだが……って、回転が全然止まねえな。ハンドスピナーかよ。
「0.03ナッツ。オープン」
「オープン」
軽微なリリースを回転方向とは逆方向に何度か放出することで、ようやく止まった。
「3ナッツ」
用心のために過剰な火力をセットした俺は、
「お前ら。ちょっと来てくれ」
グレンを探すべく、川に住むバーモン達を呼ぶ。
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