第178話 包囲3
全力突撃をスキャーノにいなされた俺は白いドームに吹き飛んで。
力を返さない性質に慣れないでいるうちに、エルフ達から手錠の集中砲火を浴びることになったわけだが――。
(強度が甘い)
ギガホーンなどアルティメットクラスなら戦意も喪失するが、ハイパー程度の魔法規模なら取るに足らない。
俺は力を込めて首、手首、手指、胴体、上腿下腿に足首にと何十個何重にもかかっていた錠を全て的確に粉砕した。
エルフどもが「なんだと」とか「馬鹿なっ!?」などと言っている。どうやら必殺のつもりだったらしい。
たしかに、これほどの錠を一つずつ破壊するのは骨が折れる仕事だろうが、俺の処理能力ならただの作業だ。
(前々から思っていたが、やっぱりボーナスだよな)
おそらく前世でパルクールによって鍛えた諸能力――正確で高速な空間認識と身体把握、身体制御あたりがボーナスとして加算されている。
俺が魔法を一切覚えない件も含めて、いいかげん考察したいんだが、まずはこの場を切り抜けねえとな。
せっかく岩の壁があるので、俺は今度こそ踏み込んで逃げようとするが、何かが真っ直ぐ飛来してきている。
スキャーノだ。
心得の無い俺とは違い、スピードを乗せたパンチを打ってくることがよくわかるフォーム。
気のせいか、赤と黄色の霧に包まれて……いや、気のせいじゃない。
(ステータス強化か)
冷静に認識できている俺だが、身体が追いつかない。追いつかないと一瞬でわかってしまった。
赤はアタックアップで攻撃、黄色はたしかアジリティアップで敏捷だったか。なるほど、俺が追いつける以上の速さをつくったわけか。いつの間に。
どうすることもできないまま、スキャーノの拳が俺の股間と首に着弾。
「あぐっ!?」
などと声を漏らしつつ、クロの演技で吐血もしつつも、俺は岩の壁を容易く貫通して、気付けば
空気をかき分けて逃げねばと思うが、もう遅い、追撃が始まった。「ハイパー・ファイア・スピア」炎の槍に、「ハイパー・サンダー・ブレッド」雷の弾丸に、「ハイパー・ウインド・マシンガン」たしかラウルも使ってた風刃の連射――
他にも何十という詠唱があるみたいだが、さすがに全部は聞き取れない。
「あああああああっ!」
安直な悲鳴をあげて苦しむふりをする俺だが、エルフ達は緩めてくれない。
火、雷、風、それ以外も含めて色んな属性を混ぜてやがる。何が効くかわからないから全部放とうってわけか。
放つ先もちゃんと区別していて、頭から足まで上手く分散して撃っているのも見て取れる。
(懐かしいな。グレーターデーモンを思い出す)
物量、密度、威力は比べるべくもなく、悪魔達が100ならコイツらは5、いや2にも満たないだろう。
まあ感覚が丸め込まれる俺にしてみればどちらも同じようなものだが、新入りの相棒はそうじゃない。
(大丈夫かクロ。容姿の維持は引き続きできそうか? たとえばこのペースであと五分は耐えられるか?)
心臓の左部分が握り潰される。鉄も圧縮するんじゃねってレベルのパワーで、クロの余裕をうかがわせる。
頼もしくて助かるぜ。
(しかしどうしたものか……)
言わば俺は魔法の連射を受けてドームに押しつけられている格好である。俺程度のパワーでは空気をかいても抗えない。
このまま苦しみ続けるのにも無理があるよな。不死身が露呈すれば、封印されてしまうし……。
話し合いや投獄に応じるほど、コイツらは甘くはないだろう。
俺はエルフの怖さ――統率と容赦の無さというものを痛感しつつある。
司令官に指示されたわけでもなく、皆で話し合うわけでもないのに、まるで一つの意思であるかのように連携してきやがる。
そこには遊び心もなければ慈悲もない。ただただ効率的に、効果的に目的を果たすために動き続ける機械にも等しい。
今のコイツらだが、俺を消すと判断しているのだろう。
シッコクとは別の脅威とみなされているのか。あるいは仲間とみなされているのかもしれない。
いずれにせよ、生かしておく道理がないわけだ。
スキャーノも上手く迎合しているようである。
何気にお前の魔法が一番強いんだよ。やたら股間に撃ってきたりと地味にセコいし。
ともあれ、このままではジリ貧だな。……仕方ない。前々から試してみたかった戦法を試してみようか。
(クロ。死んだふりをするぞ。死んだふりという言葉の意味はわかるか?)
ここで心臓の右部分にダメージが。否定の合図である。マジかよ……。
(実際は死んでいないが、あたかも死んでいるように見せることだ。つまりあらゆる部位の活動が停止したように見せかける。理解できたか?)
秒をおいて心臓の左側に応答があった。
(とりあえず容姿の維持だけ続けて、死んだふりを頼む。心臓など勝手に動く部分も無理矢理止めてくれ。なるべくでいい)
俺は身体にかけている力の一切を抜いた。ほぼ同時にクロも活動を停止したようで、自分の鼓動も聞こえなくなる。
さすがに心臓を止めることはできないらしく、無理矢理握り潰すことで頑張っていらっしゃる。悪いな、バグっているもので。
ああ、あと目は閉じておかないとな。生きている限り、瞳孔の大きさは変わる。
エルフ達が俺の脱力に気付いた。
魔法の大半が止み、両手両足の四隅への拘束だけが残る。あれだな、
二人ほど近づいてきた。
見えなくてもわかるのは、大気が振動してくれるおかげだ。
かなり近い、というか覗き込まれている。俺もレベルアップして鋭敏になった分、こそばゆさが半端ない。反射的に嗅ぎそうにもなるが、一ミリでも動かせばバレるだろう。堪えろ。
一人が首を縦に振った。
ジャースでも縦振りが肯定、横振りが否定の意として使われている。俺を殺すという目的があるとして、肯定したのだから、ターゲットの死亡を確認できた、といった意味になるだろう。
(問題はこの後だな。何とかして川に入らねば)
川に捨てて処分してくれるのが一番ありがたいが、もしそうせずにどこかに運ぼうとしたら抵抗せねばなるまい。
死体が動いたとなればびっくりされるだろうが、どこに運ばれるかわからない方に賭けるのはリスキーだろう。エルフの文化は知らないが、解剖でもされちゃ堪ったものじゃない。
絶えることのなかった爆音がぴたりと止んだ。
体が自由落下を感じる前に、両脇に硬い物を差し込まれた。土魔法でつくったフックといったところか。
移動が始まる。
クレーンゲームのように水平移動している。
複数のエルフが俺の処遇を巡って議論を始めた。処分する声が多い中、「解剖しよう」スキャーノはどうしてもアナスタシアを調べたいらしい。
「シッコクの脅威が迫っております。速やかに捨てるべきです」
「ブランチャさん。リンダさんから作戦は聞いていると思うけど、その作戦の発案者はこの女だよ」
「何と」
目を閉じていてもわかる、ブランチャ・リーフレのガン見。
「この女は、グレンが川の中に潜伏していると断定したんだ。
「リンダはその主張を信じたということですか?」
「そのようで」
そういうことか。
リンダは俺のことを伏せた上で、グレンが川の中にいるから捜索せよとの作戦を出したんだ。
リンダというお偉いさんの発言であれば、エルフ達は動かせる。迅速に動かすために、アナスタシアの存在をあえて伏せたわけだ。
「殺さなければ、もっと情報を引き出せていたよ」
「指示をくだされば対処はできました」
「そうだね。ぼくが生け捕りが強調するべきだった。手強そうだったから最悪殺すつもりで望んでほしくて、あえて言わなかったんだけどね」
さっきの解剖発言といい、もしかすると一番怖いのはスキャーノなのかもしれない。
正体は情報屋ガートンの職員だったよな。ただの学生、ただの優等生と侮っていると痛い目を見そうだ。つーか現在進行で見ている件。
「解剖はぼくとブランチャさんでやろう。他の人は引き続き捜索してほしい」
「了解」
ブランチャが了解した途端、場のエルフ達が飛び去っていく。扇風機のような風が何度か俺を撫でた。
脇から引っかけられていた岩のフックも取り除かれ、「
シッコクもまだまだ来ないだろうし、潮時か。
(クロ。そろそろ飛び込むぞ)
スキャーノか、ブランチャか、どちらかの体を思い切り叩くことで川に向けて反発する――これしかない。
俺の実力は既に知られている。
相応の防御力を想定するとしたら、俺を直接掴んで固定した上で切断しようとしてくるはずだが、
「スーパー・ウォーター・カッター」
スキャーノによる詠唱が走った。
直後、一般人くらいなら切断できるであろう、ホース幅の水流が喉に当たる。
「死後軟化の進行が遅いですね」
「ステータスが高いのかも。さっきもだいぶ耐えてたようだし」
死後軟化? 死後硬直ではなくてか?
その言い方だと死体が急速に柔らかくなっていくと聞こえる。そんなことがあるだろうか。
ジャースの理次第だろうけど、どうだったっけな。俺も既に何人か殺しているはずだが、内臓の精巧で生々しい感触以外は思い出せない。
ウォーターカッターは持続したまま、ゆっくりとずれていく。
衣服の襟に差し掛かったところで、「先に服を脱がそう」スキャーノの手が伸びてきたのがわかった。
(今だ)
大気の振動から正確な位置を算定して――
俺は掌底を叩き込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます