第177話 包囲2
「
「そもそも特殊部隊などという部隊は存在しません」
「私は
しれっとおばあちゃんエルフがいやがるけど、声も見た目も他のエルフと大差ないから恐ろしいな。今はそれどころじゃないが。
とりあえず俺を囲むエルフの数は十、二十、――数えるのは一瞬で諦めた。
黙っていてもジリ貧だ。この中で一番偉そうなブランチャとかいうポニーテールのエルフを向いて、俺は弁明を続ける。
「フォーカスは女王直下の秘密組織。女王以外には知られていない」
「そんな話は聞いておりません」
「聞かせていないのだから当たり前」
「サリア様は人材の運用に関しては大らかです。隠し事はしないはず」
「それは表面上のこと。元首は幾重にも用心を重ねるもの」
「信用できません。アナスタシア様――あなたはエルフからあまりにも外れすぎている」
しかし息つく暇もねえな。あっちからこっちから一瞬で返答が返ってきやがる。
弾劾裁判ってこんな感じなんだろうか。
「当然。フォースはほとんど外部組織。立ち位置はギルドに近い」
「ならばスキャーノ殿にもそのように説明すれば良かったはずです」
「事態は一刻を争っている。正確な説明は難しい」
とっさだから嘘のキレがしょぼい。
いや元々ショボい説もありそうだし、たぶんそうだろうが……うん、まあ、俺はこういうの得意じゃねえんだよ。根は陰キャなんだ。
「おかしいですね。ならばなぜ呑気に弁明などしておられるのです? 仮にフォースなる部隊が実在するとなれば、位階は我らより上のはず。命令すれば良いはずです」
たぶん同じ第二位の中にも序列があるのだろう。
特殊部隊として立ち回らせるのであれば、当然相応に高くするはずだ。アルフレッドでいう筆頭執事ゴルゴキスタのようなものか。なるほどな、だからコイツらも言葉遣いは丁寧なわけだ。
そしてそれほど高位であるはずのアナスタシアは、なぜか身分の力を行使せず言葉で説明してばかりである。
はいはい、そうですね。舌戦は俺の負けだ。
「弁明は以上ですか?」
ああ、と言いそうになったが、まだ諦めるわけにはいかない。
俺は本気で
「アナスタシアさん。説明してもらうからね」
一段と強い衝撃波が俺を撫でた。仕掛け人が到着なさったな。
俺の視線を受けたスキャーノが、「雷魔法で応援を呼んだんだ」などと言う。
(経験値の差だな。冒険者としての)
エルフが集えば詰むところまではわかっていた。
だから俺は不自然な戦闘を生み出さないよう、スキャーノから距離を離し続けていたわけだが……それが甘かった。
スキャーノは最初から俺と戦うつもりなどなかった。
逃がさない程度に俺を追いつつ、雷魔法――おそらく光に近い速度を出せるような薄い魔法を放つことで注目を集めていたのだ。
おそらく振動交流による説明も並行している。校内放送の広域アナウンスはモジャモジャでもできていたから、同程度のコイツがこなせてもおかしくはない。
(そういやアウラとウサギ獣人もそんな戦い方だったな)
戦力の到達を待つための時間稼ぎ――
そうか、それが未知なる強敵と戦う際の常套手段ってわけか。気付くのが遅すぎだな俺。
「シッコクの脅威は続いている。包囲の撤収を所望」
「まだしばらくは大丈夫だよ」
コイツらが包囲を解く様子は全くない。
他のエルフが体を張っているってことか。もっと言えば、体を張る役を引き受けたエルフ達がいるというわけで。
(どうすればいい。俺が今、成すべきことは何だ?)
川に入るしかないのは確定している。
川に入る。グレンを探す。倒す。それで白いドームが解除されれば、もう勝ちだ。
あとはどうとでもなる。バーモンの力を借りて地上の隙をうかがいつつ、適当なエルフを新たにこしらえればいい。
だが、この衆人環視の中で川に入るわけにはいかない。
獣人領の侵入者は既にニュースとなっている。そうでなくともジャースは自殺という概念が希薄っぽいし、川の中で生きていける術もないとみなされている。
エルフに変装できるということに、川の中でやり過ごせるということ。
これら二枚のカードは俺の生命線だ。
バレたら対策されてしまう。対策されればアドバンテージとして機能しなくなる。
俺はバグってこそいるが、このジャースでのうのうと生きていけるほど強くはない。
死守できなければ、未来はないのだ。
「逃げるのはナシだよ。手加減はできないから」
スキャーノがファイティングポーズを取る。
胸を張り両手を広げている格好で、まるで俺に抱きついてこいとでも言わんばかりの滑稽さだが、浮遊時の揺れがピタリと止んでいる。
(強いぞこれは……)
つーか闘争心のオーラが痛いほどに突き刺さってきてんだよな。周囲のエルフもびくっと震えてるくらい。
……そうか。そっちがそのつもりなら、俺も。
なんてことはない、コイツに便乗するだけだ。
(クロ。わざとやられたふりをして川に吹き飛ぶぞ。不自然さをなくすためには、ある程度戦闘を激化させる必要がある。負傷する演技、できるな?)
即行で肯定の返事――左心臓部の圧迫が返ってくる。頼もしい限りだ。
クロもシッコクの相棒として擬態し続けてきたわけで、この手の演技はお手の物だろう。任せるぞ。
すーっとスキャーノが近づいてくる。
カーリングの石よりも滑らかな移動は、不気味ですらあった。
(拘束されたらアウトだが、俺のパワーなら大丈夫だろう。肉弾戦に持ち込ませるぞ)
早い話、物理的にボコられる展開に持っていく。
その中で吹き飛ばされて川に墜落すれば、死んだと解釈されるだろう……と口で言うは
(スキャーノは殺すつもりでいく)
学園の鬱陶しいクラスメイトを消せると思えば悪くはないし、この場ではリーダー格になっているっぽいから、コイツを殺せば場にプレッシャーを与えられる。
俺は死なない。怖いのは拘束だけだ。
(行くぞ)
ぐぐっと幹を踏み込む。
エルフ達が一段を警戒するのを自覚しながらも、俺はスキャーノ目がけて自らを射出した。
ミリ秒でも捉えられないほどの刹那。
しかし、俺は確かな認識を得ている。
景色はぼけている。深森林の緑陰も、エルフの緑髪も、広大な青空も、せいぜい色がわかる程度。
一方で、目前のターゲット――スキャーノだけは鮮明さを失っていない。
両手を繰り出そうとしているのがわかる。
上体を逸らそうとしているのもわかる。
距離差が詰まって、縮まって、手を伸ばせば届くところまで迫ったところで、こりゃ追いつかれるなとわかった。
俺は頭突きをしている格好だが、おそらく上方向に流される。
空に投げ出されてしまえば、跳べない俺は不利だ。
(くそっ)
何とかしたいのに、身体が動かない。いや、動かせはするが、間に合わないと瞬時にわかる。
脳内がぎゅるぎゅると稼働しているのもよくわかった。
計算中のコンピュータか、あるいは局面を読んでいる棋士のような感覚。無意識で動いているっぽくて、自分が自分じゃないみたいだ。
先に接触したのはスキャーノだった。
コイツの両の手、その掌底が俺の顔面を打つ。打ち方は器用なもので、野球で言えばホームランでもヒットでもなくファール狙い。
案の定、俺は軌道を逸らされる形で空に飛び出した。
ふと鳥人が頭をよぎったが、今は白いドームに包まれている。ぶつかって、弾かれるだろう。
頭から何かにぶつかった。
白い面が見えている。ドームの壁で間違いないが、時既に遅し。
(慣性が消えやがった……)
慣性が瞬時にゼロになったのがわかった。なるほど、力を無視する効果を持つ物体とぶつかるとこうなるのか。
俺のエネルギーがどこに行ったのかが不思議で仕方ないが、今考えることじゃない。早く逃げなければヤバそうだ、と首を振って壁を頭で打つも、俺は吹き飛ばない。
浅はかだった。
力が返ってこないのだから、蹴ったり打ったりしても意味はない。ここは虫みたいに腕を高速で振り続けて空気をかき分けるべきだった。
「ハイパー・アース・ハンドカフ」
「ハイパー・アース・ハンドカフ」
どうやらこの展開は読まれていたようで、もう追いついてきたエルフ達が魔法を連発してくれる。
俺はいつの間にか地上から伸びている岩の壁に押しつけられ、
そうだよな、力を返さないドームの壁でロックすることはできないから、こうしてロックする面は自製するしかない。
しかしまあ、この短時間でここまでつくりきるとは恐ろしいものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます