第173話 中宴3
「もーもーも少しは見習うべきですね」
「もーもー?」
スキャーノがオウム返しをすると、「はぁ……」モジャモジャが嘆息する。
「彼女は私の姉上です」
露骨に呆れています感を出しているが、ほんの少し赤面している。普段の高圧的な態度は見る影もない。
スキャーノはルナと顔を見合わせてくすっとしたが、ルナはすぐに真顔、というより露骨にひいた顔をつくり、
「リンダさん、でしたっけ。あなた、大丈夫なんですか?」
「これはルナ様。と、仰いますと?」
「その欲情の宿った瞳、見覚えがあるんですよね」
ルナの指摘を受けて、スキャーノも「ああ……」合点がいく。
何度も襲われかけているからよくわかる。
「ルナ殿。心配は要らない。姉上が執着しているのは私だけだ」
「大丈夫なんですかそれ? 襲われてない?」
「二人きりのときはよく触られるが、場面は弁えるさ――って何を言わせるんだ!」
「ちょっと! 格上エルフの攻撃は洒落にならないから!」
「怒るもーもーも可愛い」
リンダが妹狂いであることをあえて示したのは、場の緊張を解くためだろう。
彼女もゼストと同様、独断が許されているほどの立場に見える。こうして帰ってきたということは、何らかのお土産――打開策があるはずだ。
間もなく、一人のエルフが高速で接近してきた。
じゃれ合いを瞬時に解除し臨戦態勢を取るスキャーノ達を前に、リンダが手を挙げて制止する。「お二方の保護を遣っている者だそうです」とのこと。
スキャーノはルナに視線で問うてみたが、覚えはないらしい。
「私はアナスタシア。女王直下の特殊部隊『フォース』の一人。本件は他言無用」
暗殺者でもしていそうな雰囲気のエルフから、抑揚のない言葉が飛び出す。
(この人も強そうだ……)
肉体派なのだろう。飛行に頼らない移動といい、この立ち姿といい、優れた獣人を見ているかのような安定感がある。
その割には肌の露出が少なく、四肢で言えば手首足首くらいだった。
「私の任務は二つ――二人を守ることと、この場から逃がすこと」
アナスタシアによる状況共有が行われる。
打開策として、グレン・レンゴクの妨害を考えているらしい。
曰く、これほどの規模には少なくない副作用があるはずだと。そしてそれはグレンが姿を見せないこととも関係があるはずだと。
「私もそう思います。身動きが取れなくなったり、自分の命を削ったりする魔法やスキルもあると聞きますし」
「ぼくも同感だけど、グレンにはぼく達の目をかいくぐれるほどの実力がある。仮に身動きが取れないとしても、それを悟らせない小細工はお手の物だと思うよ」
「かいくぐる?」
アナスタシアがちょこんと首を傾げてみせる。ルナは「似てますね……」とよくわからないことを呟いている。
「ルナさん。共有しますか?」
「ええ」
スキャーノは自分達の持ち札――グレンが自らをカモフラージュした上で川の中に入ったという事実を共有してみせた。
「川の中でやり過ごす……そんなことができるのか?」
「魔力がいくらあっても足りそうにないですね」
リンダはそんなことを言いながらも、胸の前で両手を組むモジャモジャを凝視している。露骨だが、本人に気にした様子はない。
場を和ませるのはついでだったのか、とスキャーノは内心苦笑した。
「姉上。バーモンの攻撃は、そもそも魔法で防げるものなのですか?」
「第一級クラスなら、できるのではないですか」
リンダほどの実力者でも確信は持てないらしい。が、スキャーノには覚えがあった。
「無理だと思う。アウラさんと一緒に狩りをする機会があったけど、あの人は決して川に入ろうとはしなかったからし、ウミヘビにも近づかなかった」
そんな風に、しばし見解が飛び交わせていたが。
ふとリンダが口を止め、ルナの方を向いた。
猜疑のオーラが込められた不躾な視線で、スキャーノを含め場の全員もつられてしまう。
「ルナ様。そもそもグレン・レンゴクが川に入ったのは事実なのでしょうか?」
「嘘をつく理由がありません」
「いえ、そうではなく、川に入ったという観測そのものもカモフラージュによるものではないかと言っています」
「いいえ。川に入ったのは事実です」
「ルナさん……」
ルナがどうやってグレンを見破ったのかはスキャーノも知らない。
おそらくレアスキルの類だろう。無論、冒険者としては自身の機密を他者に教えるわけにはいかないが、ここはそうしなければ信用が得られない場面だ。
「私は彼女に同意」
そんな中、アナスタシアがルナを指してみせた。
なぜ名前で呼ばなかったのかとスキャーノは考える。
エルフの作法では、リンダがそうしているようにお客様扱いするはずだ。指差しという動作で注目を集めるためか。それとも名前で呼びたくない別の理由でもあるのか。
(これはまずいようで……)
自分の中でも疑心が増している。これでは協調などあったものではない。
格上を相手にしているのだ。優れた冒険者パーティーとまでは行かずとも、一心同体を形成しなくてはならない。
しかし、スキャーノは場を統率するリーダーシップなど持ち合わせていないし、友人にレアスキルの公表を強いるほど割り切ることもできない――
「グレン・レンゴクは、川の中に潜伏。これは確定」
「説明を要求します」
「時間は貴重。無事に生還できたら、後で実施」
特殊部隊のエルフでさえも己の生存を疑っている――
場の緊張を再来させるには十分な台詞だったが、「わかりました」説明を求めていたリンダは淡々としたものだった。
「では、私達はドームを攻撃している部隊を解体して、川の捜索にあたらせます。構いませんか?」
「肯定」
「姉上……」
「もーもー、行きますよ」
ルナに何か言いたそうな妹とは裏腹に、姉はさっさと飛び立っていく。間もなくモジャモジャも追いかけて、二人の背中はあっという間に点となった。
「スキャーノ。どうしたんですか?」
「なんでもないようで……」
並の人間であれば、己の持論に固執する。自分が立場を持っていて、相手が得体の知れない存在であるならなおさらだ。
にもかかわらず、ころっと了承してしまえるところに、リンダの恐ろしさを感じるスキャーノだった。
「私達も行動を開始、する」
アナスタシアがそんなことを言いながら距離を詰めてくる。
暗殺者の雰囲気を少しも崩さないため、かなり怖い。ルナも「普通に怖いんですけど……」などとひいていた。
「二人は私に密着する必要、ある」
「……はい?」
ルナが顔を見合わせてくるが、スキャーノにもわからない。
「確実に守るため」
アナスタシアは背を向けると、何かを背負うようなポーズを取った。
「おんぶ、ですか?」
「肯定。どちらかが私に乗る。もう一人がさらに乗る」
「二重のおんぶですか? 意味がわからないんですけど」
どうやらおんぶを要求しているらしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます