第172話 中宴2
数キロメートルは離れたというのに、激しい戦闘音が届いてくる。
ドームの影響もあるのだろう。屋外における戦闘とは違った聞こえ方がして、どうにも落ち着かない。
「ゼストさんはエルフでも五本の指に入る精鋭だよ。善戦はできると思う」
「守りに徹するんじゃなかったんですか?」
エルフの集団が司令塔無しでも機能し、一つの生物のように秩序立って動くことは散々見てきたばかりだ。
それでもシッコクには敵わない。ゆえにエルフ達は撃破を諦め、少しでも被害を減らし時間を稼ぐ方向へとシフトしていた。
この状態で、あえて撃破に走るような異分子がいるのはおかしいのではないか、とルナは言っている。
「ゼストさん含め、一部の実力者は独断が許されているんだと思う。たぶん彼女が自分一人で倒せると踏んだんじゃないかな――って何? ぼくの顔に何かついてる?」
「何でもないですよーだ」
そこまで読み取れなかったのが悔しいのだろう。
ライバル視は正直鬱陶しいから勘弁してほしいところだが、劣等感で腐るよりは良い。いつもどおりの友人を見て、スキャーノは顔が綻ぶのだった。
ルナはゲートでティータイムのセットを取り出していた。
ドームの外には繋げないから、敷地内のどこかに繋いでいるのだろう。学内の物を無断で使っているようにも見えるが、スキャーノはそこまで生真面目ではない。
「モジャモジャさんだったら、たぶん注意されてると思うよ」
「いないから拝借してるんですよ」
戦闘風景でも見ているかのような手先の早さで準備を整う。
木製のカップが置かれ、白くて濃い液体がとくとくと注がれる。微かな粘り気と、もんもんと立つ湯気が美味しそうだ。
「飲みます? ミルクリです」
「ぼく、ミルクリは苦手なんだ」
「おぼっちゃまは好き嫌いが多いんですね」
「おぼっちゃまはやめてよ」
王立学園で無難に過ごすべく、スキャーノは小貴族の令嬢という設定になっている。
家柄で入る
しばらくルナの一服を見ていたが、逆に凝視を受ける。
「どうしたの?」
「驚かないんですね」
ルナは再びこくこくと喉を鳴らしながら、空いた手でゲートを指す。物色は終えたらしく、間もなく閉じられた。
たしかに、
学園で披露しようものなら教員達も目の色を変えるだろうし、貴重なゲーターを手に入れんと各国が張り切る可能性も低くはない。
「ルナさんの凄さはもう何度も見てるからね。今さら何されても驚かないよ。たぶん」
「そうしてもらえると助かります」
まるで居酒屋で酒盛りをしている冒険者だ。彼女の周辺だけ切り取ってみれば、とても格上の敵に追い詰められている絶対絶命の状況下には見えない。
(実力もそうだけど、この達観ぶり――普通じゃない)
弱者は喜怒哀楽に振り回されるか、詰んでいることにすら気付けず無闇に足掻いて消耗する。
ましてシッコクという強者と、それによって犯され殺されたエルフ達を目の当たりにしたばかりなのだ。
「……」
スキャーノは逡巡した後、手を伸ばす。
ルナの視線が刺さる中、まだ湯気の立っているカップを手に取り、くいっと流し込んだ。
ミルクリの汁は好き嫌いが分かれる飲み物だが、スキャーノは後者だ。
たしかに味は天然とは思えないほど濃く、栄養も満点だが、粘性が強くて喉にまとわりつく感じと、何より生臭さが受け付けない。
「おぼっちゃまは舌も弱いんですね」
「ルナさんが強すぎるんだよ」
口内を冷却するための無詠唱氷魔法も見抜かれている。
「……ルナさんは、誰に鍛えてもらったようで?」
冒険者のルーツを探るのはマナー違反だが、それでもスキャーノは知りたかった。
「ぼくは上司に鍛えてもらったんだ。何度も死にかけたし、正直殺したいと思ったこともあったけど、おかげで今のぼくがある」
「奇遇ですね。私も似たようなものです。上司ではなくお師匠様ですけど」
口に白いひげをつけたルナは、空を見上げる時のような表情を浮かべていた。
「……憧れの人とは、別の人のようで」
「そうですね。不思議とお師匠様に恋慕は湧きません。たぶんそうなるようにコントロールされてるんだと思います」
「いいなぁ。ぼくの上司はコントロールされるまでもないから。そういうの絶対に湧きようがない変人だよ」
「上司って女性ですか?」
ここでスキャーノは己の軽率さを悔いた。
ファインディは男性であり、そのつもりで話していたが、スキャーナはともかくスキャーノは男である。
そして熱心で苛烈な指南役は男が担うものだと相場が決まっている。
このままでは男でありながら男に恋慕を抱く性癖の持ち主になってしまう。
別に変態というわけではないがそこそこ珍しい性癖であり、少なくとも
「……男みたいな女だよ」
スキャーノは一つ嘘をつくこととなった。
「貞操は大丈夫?」
「て、貞操って……」
「だってスキャーノ、可愛いもん。なんていうんだろ、いじめたくなる?」
「勘弁してほしいようで」
うっかりスキャーノは上司から誘われる光景を想像してしまい、吐き気をもよおしそうになるのだった。
気分を変えようと、水魔法でつくった水をカップに注ぎ、一気に飲み干す。
その間、一段と激しい戦闘の様相――光と風が届いてきた。
「スキャーノの言うとおり、善戦しているみたいですね」
「……そうだね」
ここまで届かせるほどの攻撃は尋常ではない。自分達が混ざれば原型さえ残らないかもしれなかった。
アウラや、それこそファインディでもなければ対抗はできまい。
「私達も、もう少し頑張ってみますか?」
だというのに、ルナは打開する気でいるらしい。
無論シッコクに挑むのは無謀だから、
しかし、白いひげをつけたままというのはどうにも締まらない。スキャーノは苦笑いしつつ、ちょんちょんと自分の口回りを示す。
気付いて、慌てて拭き取るルナの様子は、年相応の女の子らしかった。
「それで、どうするのルナさん? 川の中なんて入れたものじゃないよ」
「それでも考えるんです。何かしらの穴はあります。竜人じゃないんだから」
「あったとして、ぼく達の実力で突ける保証はないけどね」
「だとしても、突ける実力者に教えることはできます」
そうして二人が悪あがきモードに入ったところだった。
「二人ともくつろぎすぎだ」
「……モジャモジャさん」
生徒会長と、先ほど彼女を半ば強引に連れて行った
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